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Kpopコンテンツはなぜクリエイティブで世界を圧倒できるのか


「2015-6年ごろ、アーティストや会社の成長スピードに、コンテンツを製作するプロセスが全く追いついていないと気がついた。これに対応すべく、様々な実験を通し、会社組織を作り変えた」

2018年、JYP Entertainmentの創業者であるJ.Y.Parkの言葉である。

 この言葉はKpopの特徴を非常にわかりやすく捉えている。彼らの戦略的要衝はオンラインプラットフォームにあり、そこに投射する戦力たる質的・量的にハイクオリティなコンテンツと、それらを生産し届けるための兵站となるクリエイティブ・プロセスこそ、Kpopの勝利の立役者なのである。


■グローバルマーケットの重要性

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・Kpopにとって、およそ収益の半分以上が海外となる。そこでは「音楽と同じくらい、ダンス、デザイン、ファッション、振り付け、キャラクターといったビジュアル要素が重要である(Won-Mo氏:PSY,EXOなどのミュージックビデオを制作するDigipedi創業者)」


■クリエイティブの意味と例

・Kpopにおけるアーティストは、ブランドに近い。1つのアーティストがオンラインプラットフォームをメインに送り出すコンテンツを、ブランドという観点で見れば、そのクリエイティブの重要性とコントロールの必要性が理解できる。

・ミュージックビデオは最も重要なコンテンツだ。オンラインのプラットフォームにおいて、最もパワフルにファン/潜在ファンにリーチしうるからである。平均予算は数千万円〜億円。撮影後の編集を含めたポストプロダクション工程のこだわりから、製作全体に3〜6ヶ月もの時間がかかることもあるという(How to make an iconic K-pop music video, dazed)。オンラインで注目を引くために、独特な配色や、強烈に明るい照明、欧米の2-3倍多いカット数など、さまざまな工夫がなされる。

K-pop videos flicker into an art form
・"How K-pop music videos are made / Meet legendary MV maker Zanybros" インタビュー映像
K-POPの向かう先は?  BLACKPINKの生みの親 SINXITYとオカモトレイジ(OKAMOTO’S)二人の目利きが初対談 


■コンテンツ展開の例

・ミュージックビデオ以外の、いわばサブコンテンツには、ダンスや歌といった要素をより細かく訴求することで魅力の理解度を高めたり、1人1人の共感できるストーリーや、身近に感じられる仕掛けがしてあり、より深い愛着へと進む。これらの導線は丁寧に用意され、オンライン上にコンテンツが絶妙に配置してある。

・例えばJYPの例を用いれば、TWICEの「Feel Spacial」では、1つのコアコンテンツ(ミュージックビデオ)に対し、公式Youtubeチャンネル上だけでも50本超のサブコンテンツが製作・アップロードされた。各種予告編、ダンスバージョン、掛け声のガイド、個々人のミュージックビデオの撮影風景やドキュメンタリー、ライブ映像まで。

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・当然すべてのコンテンツはミュージックビデオのコンセプトに従い、徹底したデザイン・トンマナの統一がなされている。Youtubeの機能を用いて、日本語・英語・中国語・タイ語などに翻訳し、字幕をオフィシャルで提供。メイキングビデオは、タレントの反応をフォローするアニメーションや、テロップで韓国語の字幕が配置される。タレントに近いマネージャーにはモザイクがかけられるなど、細かい部分も徹底している。

・コアコンテンツへの導線を貼るべく、サブコンテンツが活用されることもある。Red Velvetの「Monster」では、約2週間に渡り、Instagram Storiesで70近い画像の投稿が行われた。そのすべてが、楽曲のためのランディングページのリンク付きだった。

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・これだけの数のコンテンツを各SNSや言語に合わせて製作するサイクルを、年間何十回も繰り返すのは尋常ではない(もちろん、他にも生配信やライブ、イベントのためのコンテンツや、パッケージ商品やグッズのためのクリエイティブもある)。


■彼らが何をしたか
彼らはビジュアルに戦えるアーティストブランドを再現性を持ってスピーディーに作り上げるための改革を、最も重要な経営課題として取り組んできた。グローバルで見ても、何歩も先をいく水準ではないだろうか。

・高い優先順位付け
 前述のように、クリエイティブを経営として重視することである。BTSを擁するBig Hitは"Chief Brand Officer"という役職を作り、元SM役員でビジュアルディレクターのミンヒジンを迎え入れた。YGにも経営レベルでクリエイティブの統括を行う役職が存在する。
※全体を通じて...だが、ここにおけるクリエイティブは、決して楽曲製作にとどまるものではない

 SMでは、ブランドを送り出すシステムを"Culture Technology"= CTと呼んで推進してきた。Casting、Training、Producing、Marketingという発掘から育成までを含めた大きな概念である。中でも "Producing"は、最も重要と位置付けられる。自社のクリエイティブプロセスを指し、グローバルな競争力のあるコンテンツを生み出す。コンテンツは、当然に音楽だけでなく、衣装や振り付け、ミュージックビデオを含むことが強調されている。

・グローバルな人材の登用
 例えば作曲において、Kpopは古くから海外作曲家との共同作業に取り組み、Co-Writingの土壌を作り上げてきた。SMがソウルで開催するソングライティング・キャンプには、北欧を含む世界の作曲家が集まり、作曲に取り組む。例えばTWICEの「Dance the Night Away」は、グローバルな7人の作曲家が作曲しているが、このようなケースはKpopの大半を占める。振り付けでも、グローバル水準の追求する。仲宗根梨乃やトニー・テスタといった世界的な振付師も度々起用されている。

・製作プロセスの内製
 JYPでは、それぞれ複数のダンスやボーカル、演技トレーニングスタジオからプロデュースルーム、レコーディングブース、ミキシングルームまでが一つの自社オフィスに内包され、楽曲作りの全工程を同じ場所で、かつ複数同時並行に行えるように設計されている。また、TWICEをはじめ、1つのアーティストのためのマネジメント/マーケティングの専門チームが作られ、推進する。
 ビジュアルにおいても、多くの事務所が、映像の編集やデザインを自社で行う体制を整える。
 つまり、製作プロセスの改革だ。自社でスタジオを内製し、スピードとクオリティを担保した。コンテンツをコンセプトから狂いなく展開するためのクリエイティブコントロールもしやすい。

・ディレクションのケイパビリティ獲得
 前述のように、各事務所は相当量のクリエイティブ内製リソースを有するが、実作業を考えるとそれでも到底間に合わない。
 優秀なクリエイティブ人材が、自社のディレクターとしてビジュアルのコントロールと外部とのコーディネーションを担っている。例えばSMでは、楽曲からMV、プロモーション、パッケージ、ライブまで全体のクリエイティブを統括するビジュアルディレクターという役職がある。彼らの多くは、元々ファッション業界のエキスパートだった。

Minji Kang - Esquire や Cosmopolitan などの元ファッション編集者。Red Velvet, Taeyeon などSM女性アーティストのスタイリング統括。
Soyeon Kim - 韓国のブランド Bellboy の元スタイリスト。2019年よりNCTのスタイリング統括。
Ellena Yim - Vogue Korea や W Korea の元ファッション編集者。NCT 2018期のスタイリング統括。現在はフリーランス。・プロセスの内製
※引用:K-POPのデザイン8: 続ポスト・ミンヒジン


■つまり

・彼らは、世界で通用するクリエイティブをどう作るべきか?そのクリエイティブをどう届けるべきか?という2点から、ひたむきにクリエイティブ・プロセスの進化を推し進め、驚異のレベルに到達した。

・海外のクリエイティブなネットワーク構築、自社におけるプロセスやディレクションのケイパビリティの洗練、韓国内のクリエイターのレベルアップは、当初より意識的に行われなかったものも含めて、およそ10-20年近い進化を経てきている。グローバル市場をオンラインから攻略するために磨き上げられた、一種のオペレーションエクセレンスであり、これこそが彼らの競合優位の一つだと思う。

・Kpopにおける、例えば"トレーニング"や"SNSの運用”や”ダンスのクオリティ”や"キャッチーなサウンド"や”ラップ”は表層的な要素でしかなく、それぞれを各個撃破しても意味はない。ダンスが上手い、可愛い、といった要素は、バラバラで存在してもコモディティに過ぎない。オンラインプラットフォーム自体の趨勢も変わるし、検索やレコメンドのアルゴリズムも日々変化する。変わらないのは、丁寧に積み上げられたアーティストというブランドと、魅力的なコンテンツの価値である。

・その価値と、その価値を最大限に発揮する方法の重要性を、Kpopはよく理解している。


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