見出し画像

2022年度角川短歌賞応募作

連作50首 車社会


煙吐く乗り物がすき 汽車 鯨 誰より息が真っ白いひと

春に咲く花が黄色い理由とかペットの体調とかを聞かせて

Tシャツが生乾きの僕ベランダで春と世界の連結を見る

春に生まれたひとのこと考える 牡羊座の人皆愛おしい

春の夜のスティッキーな長椅子で桜浴びつつ接吻をするのだ

レトルトを食べてニキビが増えていく 明日デートでもレトルトを食う

不規則な噴水の管理を怠って僕はせっせと恋をしている

珈琲屋はコーヒー豆をリリリリリ知らない機械にリリリリリリリ

このソファ思ったよりも深いよと返事がなければもう一度言う

しあわせが自転車を漕いでいた頃の話を聞いて自転車になる

語「お互い」 まつ毛の波動をぶつけ合いあめつちの成り立ちを夢見る

光色の光るカーディガン身に纏いひかりは光りながらも光る

窓ぎわで子どもが地球儀触ってる 今日の北極日当たりがいい

大きい犬に戯れつかれているような海風 コートはばふらんばふら

緩やかに知っている曲の鼻歌を助手席で聞く 免許が欲しい

翠色の健やかな眉を暖める木漏れ日のごと前髪がある

五年前のカーナビの地図を指差して「ここに銭湯あったんだよー」

用もない国に出向いて出来もしない大道芸をするから見てて

それぞれがオノマトペを持つその国でも君は女王か町娘だよ

信楽焼の解釈が食い違う 僕はその目を怖いと思う

この町の全部を味方につけているひとをこの町から連れ出したい

トレインの魅力はついに伝わらず車社会の女むつかし

トロフィーを壊したというトロフィーを受け取るようなお別れをする

あと残り四分の三 ぽぽぽんと三段跳びのように生きたい

この町に来たこと全部がだめだった 信号待ちの犬と目が合う

あっ、これはせり上がるタイプの夜だ 白鷺の脚はみるみる伸びて

この町の出入り口でこの町を三日で出ていく人を眺める

電車旅の途中で降りたくなっている 駅とかじゃなく、ほんと、途中で

左手に海のある道は帰り道 正しい配置を忘れないこと

三月も石油ストーブが必要な故郷 ティッシュは温く揺られて

妹の中にある語彙僕の中にある語彙の枠はみ出していく

びっくりしたりびっくりさせられたり 青いパインのごと寝癖立つ

どこにも行きたがらない僕の兄が働き始めた朝の空港

新聞を生まれて初めて買いました 少ない求人情報を読む

故郷で死んじゃった人の情報を抱えたままに南下していく

三日前にすれ違ったはずの皆さんとまたすれ違ってこの町に入る

この町の天地はいつも曖昧でつま先の向きもわからなくなる

歩き出す場所が湿地であることがいつも靴選びを困らせる

お花見の才能がない たんぽぽ 記念撮影に協力する

何度でも死ねる遊具の内側に子どもが五人、七人もいる

子どものためのヘルメット眺めてる ヘルメットを買うためのお金

よく知らない町のよく知らない偉人 小鳥撮影士・捕鯨先駆者

僕の町にいない小鳥の重心が見えた気がした 君を許すよ

歌みたいな靴を一足買いました 歌のようにこの町を行く

思い出せ世界が美しかったこと 思わず撮った写真ほど光る

生活の場となれ春よ 僕のため桜散れ散れ散り果てるまで

咲けるときに咲いたらいいよ 物語に登場しないその他の草花

ひとびとは遠く遠くで生きている たまに近くに息をしに来る

我が歌は管制塔を振り切って何を見つける、何を見つめる

光あれ 光ってる場所光ってる人光ってるひと 光あれ

(第68回角川短歌賞応募作品)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?