薔薇の華美羅を添えて②

 人を殺してしまったかもしれない
ふとそう思った。朝食にパンとコーヒーを摂りながら。
 母はテレビを見ながらニュースに文句を言っている。殺人事件のニュースが流れた。逮捕された男は二十代の大学生らしい。

「あら、あんたと同い年じゃない。包丁で何度も刺したんだって、あんたは止めてよねそんな事。」
「する訳ないじゃん。」

僕が殺人の罪悪に苛まれていることを母に見透かされはしないだろうか。

 記憶を辿ってみる。たしかに僕は人を殺してなんいない。夢の中での出来事だ。ただこの取り返しのつかないことをしてしまったという後悔の念は何だろうか。すべてが永久に取り去られるものに見えてくる。日常が近い将来無くなり、無味乾燥の監獄に永遠に幽閉される。そんな気がどうも収まらないのだ。

 人の目が気になって仕方がない。今の僕は事が明るみになっていないものの、いつ捕まるかわからない、いわば泳がされた罪人なのだ。いつだって自由を取り上げられうるか弱い存在なのだ。電車の中では顔を隠さなければという衝動に駆られた。

 大学に着くと、いくらか気持ちが和らいだ。学生は自分とその周りのことにしか興味がなく、その髪型、服装からも世間の出来事に関心を払っていないことが明らかだからだ。

 講義を受けながら、いろいろな思いを巡らせた。
 この罪人の感覚は何かの比喩である。僕の深層心理が持つ悩みがその感覚と一致しているのだ。となれば解決は簡単だ。喜びによって手を上に挙げるという人間共通の仕草のメカニズムが、逆に手を上に挙げることで人に喜びの感情を与えるボディランゲージの性質と同じように、感情を克服することによって、この不明な原因は自動に解決される。


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