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新しい環境(37 話)


惣菜売場に配属になって新生活が始まりました
職場のチームは皆良い人ばかりでした。

一般的な仕事を何度伝えても理解できない事に対してイライラしていましたがそれはそうでしょう。

18歳という年齢もあり、一切の人見知りをしない私を大きな心で受け入れてくれました。

ズバズバ言う私と同じチームで同じ契約社員の南北さんからは「あんた、これが25歳になったら通用せーへんで(笑)あんたと一緒の給料ってのが納得いかへんわー(笑)」とか色々言われてましたが大好きな人でした。

唯一いるパートの加護さんは何でも私を庇ってくれる存在でした。

加護さんと私と池村係長もわけもわからない私を怒らずに楽しく過ごせるようにと親のように関わってくれました。

最初はゆっくりゆっくり手取り足取りの教育が始まりました。

物覚えが悪過ぎる事に周囲は気付き始め教育側は根気と忍耐、自分との戦いが必要だったと思います 我、振り返ると本当に感謝です。

沢山の致命傷はありますが計算機を使っても計算ができない、、、

最終にレジ内のお金を合わせることができない、

1人でできない、

約3年程働かせて頂きましたが一度も合った事がありません。

そして、
最悪なのが一週間の内に一度は寝坊による遅刻、
遅刻した時は毎回顔面蒼白、
逃げたい!
死にたい!
消えたい!
休みと勘違いしてしまおう等戦っていました。

それと、安定のお漏らし、、、
言い訳をするのに必死になって、
ない頭をフル回転して
「うどん出汁がこぼれちゃいましたのでストッキング脱いできます!」「傘の水滴で滑りました」等、、、

漢字、カタカナ、読めない、、、書けない。

歩く事はスムーズでした。
なぜならヒールの高いパンプスを履いていたからです。

私達チームの担当は地下食品売場の全テナントの集計だったりトラブル等が起これば対応することだったり一週間事に変わる催事の集計や売場づくり等も私達惣菜生鮮チームがします。

本当に役立たずの疫病神でした。

例えばお客様を悪気なく怒らせてしまったり、
計算ミスや勘違いで催事場の人とトラブルになり
しまいには「早くしてくれない!お客様が会計待ってるんだけど!!頭大丈夫!!!本当にアホだねー!!!!辞めたら!迷惑!」と催事の少し仲良かった人に言われてしまってギクシャクしたり、毎日が辞めたいの連続でした。

今思えばビックリですが、嫌なことがあって母に辞めたいと相談をしてもそれを許してくれませんでした そんなときは母が職場の地下の売場に来て私が泣き止んで落ち着くまでずーっと見ていました。

私自身、辞めたくなると仲の良かった池村係長に泣きながら辞めたいと直ぐに口にしていました 今思うと申し訳ない、、、

そして、怒られても機嫌が直るとすぐに忘れてご機嫌になる事も悩みの種だったと思います。

つづく

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