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ルノアールでマルチにハマりそうな人を救えなかった男の話

僕は5年前にフリーランスWebライターとして独立した、32歳独身男性だ。

5年間、地道に記事を書いては納品を繰り返した結果、いまではWebライター講師として活動する機会も増えている。

Twitterのフォロワーは5,000人、Instagramは4,900人。彼女は0人。
……別にSNSで彼女を探している訳では無いが、さすがにフィルターが目詰まりしすぎているのではないかと感じる。
誰だフォロワーが多いとDMが届きまくるっていったやつ。

……そんな地味な生活を送る僕はもっぱら、カフェで仕事を進めることが多い。「これからはおうち時間が大事っしょ」と思って自宅にモニターを用意したり、いい椅子を買ったりしても、マジで集中できない。いつも起きて速攻でカフェに向かっている。

「おうち時間の権化」ともいえるコーヒーメーカーの上にはホコリと、向こう1年間は毎日飲んでも無くならないレベルのカプセルが鎮座している。

日が昇りきった14時、今日も僕はカフェへ向かう。最近の行きつけはルノアール。コンセントあり、空調あり、コーヒーがうまいなど、リモートワーカーにとって重要な「居心地」が揃いまくっている。

さて、今日は締め切りの1記事を書いて、3記事編集して…
1日のタスクを14時から設定するというクソ体たらく状態ではあるが、納期に間に合わせればどうということはない。サッサと片付けて、夜は飲みにでも行こうか。


しばらく仕事を進めていると、隣の席に若い男女が座った。
どこか少し頼りない雰囲気の漂う、少しサイズ感の合っていないジャケットに身を包んだ青年。
もうひとりは背が高くキリッとした顔立ちで、少しオーバーサイズのTシャツにデニム姿の女性。年齢は2人とも25~6くらいだろう。
そしてぶっちゃけ女性はめっちゃかわいかった。代われって1万回思った。

そんな2人だが、明らかに仲は良くない。お互いに敬語だし、会話の内容も表面を撫でただけの当たり障りのないものが中心だった。
途中の会話から、今日はじめてマッチングアプリを通じて出会った男女だということがわかった。

女性は航空系の会社で接客業をやっていて、男性はシステムエンジニア。女性の高校時代の部活動はバレー部、大学はバレーサークル。旅行好きで学生時代は海外にも良く行っていたらしい。好きなアーティストはSHISHAMOとチャットモンチー。


こいつめっちゃ横の人の話聞いてるじゃんキモって思うかもしれないが、これには理由がある。

男は話を広げるのが、お世辞にも上手ではなかった。完全なる一問一答、Q&A。質問ばかり投げかけているのと、声は通っていたので、隣に座っていた僕も必然的に覚えてしまった。就活の面接にいきなり同席させられた新卒社員みたいな空気を味わったよ。

とはいえさすがに聞きすぎだろ全然仕事進まねえ……と思ったので、100円で買ったノイズキャンセリングとは程遠いスカスカのイヤホンをつけて仕事に集中しようとしたところ、女性から出たとある言葉が耳に飛び込む。


「私、将来はWebライターになりたいんですよね~」


男性の質問に対してのアンサーとして出た、Webライターになりたい。僕の手がピタっと止まる。

「海外が好きなので、できれば場所にとらわれず仕事がしたいんですよね」

わかる。僕は別に海外は好きではないが、場所を選ばず仕事がしたくてWebライターを選んだ節はある。いまはぜんっぜん仕事進んでないけど。

「そうなんですね。ライターって稼げるんですか?」
「あまりイメージが沸かないんですけど、稼ぐ人もいるみたいですよ」

隣りにいます。なんやかんや5年間活動している人が隣りにいます。
もちろんスキルは必要ですが、コツコツやれば生活できるくらいには稼げますよ。
さあ、もっとその話掘り下げてちょうだい!!!

「そうなんですね。」

いやお前毎回リアクション薄いんだよ。代われよ。僕も別にトークは得意じゃないけど、もう少し話を広げる自信はあるよ。えっとマッチングアプリなに使ってるか教えてもらってもいいですか?

……仕事の手を止めて、そんなことばかり考える僕。どうせ男は次の質問にうつっちゃうんだろうな。Twitterフォローしてくれないかな。とガッカリしていると

「なんか」

男がゆっくりと口を開く

「僕が尊敬している社長が色々なビジネスを手掛けているので、もしかしたら力になれるかもしれません

え?社長?

「社長……?」
「ええ。社長は本当にすごい人で、~~~~という会社をやっていて、すごくお世話になってるんです。
僕も今はシステムエンジニアなんですけど、将来的には社長みたいになりたくて~~~~」

急に饒舌になった。なにこれ。
尊敬する社長の話になると、今までの盛り上げ力が嘘だったかのようにマシンガントークを繰り広げる。
社長は昔こんな人だったとか、今はこういうことをしているとか…

ほぼ一方的に情報を相手にぶつける男。女性は少しビックリしていたが、さすがは接客業。黙って話を聞きつつ「すごいですね」などの合いの手を忘れない。

「~~~~で、よかったら社長に会ってみます?

数分話した後、ようやく話が帰結した。
つまりは「自分が尊敬する社長の話を聞いてみたら?Webライターのことは知らないかもしれないけど何か学びがあるかもよ」ということだった。

「社長は凄く忙しい人なんですけど、僕の知り合いだったら時間作ってくれると思います。本当に飛び回っていて、たまたま東京にいるみたいなんです。会えること自体かなり貴重なんですよ」

そして緊急性・限定性の訴求も忘れていなかった。すごい。まるでセミナーで「こう話しなさい」と叩き込まれたかのようだ。

「どうします?」
「う~ん…」

……僕は32年生きてきて、わかったことがひとつだけある。

この類の話は絶対に断った方がいい。

その社長がどんな人なのかは知る由もないが、少なくともWebライターを始めるにあたって、社長と会う必要はまったくない。

家で本を買って勉強して案件を受注すればいい。そこに社長という大物が関与する余地はなく、僕も5年前は1冊の教本からライター生活をスタートさせたんだ。

まあ彼女も最初はポカン顔だったし、断って解散だろう。


「そうですね…せっかくなら会ってみようかな

会うんかい。フットワーク軽すぎるだろ。
旅行好きの性が出てるよ。見知らぬ海外の見知らぬゲストハウスでも楽しく過ごせるタイプの方だこれ。

「あ、じゃあちょっと電話して、今から時間取れるか聞いてみますね」

そういって席を外す男。結果は目に見えていて、10000%時間は取れる。むしろ男は、社長の予定が空いている日にアポを組んでいる。

……彼女はおそらくこのまま社長の元へ行き「ライターなんて微妙だよ」と否定された後に、稼げるマルチ的なビジネスを紹介されるだろう。
相手の考えを拒否してから自分の土俵に上げる。これは怪しいビジネスの王道パターンだ。なぜわかるかというと、僕も引っかかったことがある。


男性は席を外しているので、隣の席にはスマホをいじっている女性がひとり。

これは、言ってあげたほうがいいのか…?

「どうも。突然すみません。Webライター5年目の者です。隣で聞いてたんですけど、社長に会わなくてもライターにはなれますよ。5年間やってる僕が断言します。社長は怪しいです。何なら僕が教えます。どうですか社長に会わずに僕と飲みに行きませんか

とかいえば、これから怪しいビジネスに落ちそうな彼女を救えるのだろうか…?

まだ20代半ばに差し掛かったばかりの彼女を助けるためには、僕が勇気を出して話しかけるしかないのでは……?

人生で多くは訪れない、自分がヒーローになるチャンスはここなのか?そして出会いにつながるのか?

頭の中で思考がぐるぐる巡る。

伝えるべきか、やめておくべきか…?


・・・・・・・


「いま偶然近くにいるらしいので、いきましょう!」

そういって席を立つ男女。偶然の必然。僕は何もいわず、パソコンを叩くフリをして2人を見送った。

さすがに「ここでいきなり口出すのキモすぎだろ」と思ったのと、話を聞きすぎたせいで締切の仕事がまったく進んでいなかったからだ。

ああ、僕はヒーローになりそこねたのかな。

……いやでも、いまは何が正解かがわからない世の中だ。
もしかしたら面接官みたいな質問しかしない彼が、彼女にとってのヒーローかもしれないし、これから会う社長が英雄になるかもしれない。
そして彼女も社長の教えをうけて、誰かのヒーローになっていくのだろう。

そんなことを思いながら、閉店ギリッギリの22時まで半泣きになりながら仕事をして、家に帰ってとりあえずマッチングアプリのTinderをダウンロードした。

課金して数百人に「いいね」や「メッセージ」を送ったが、返信はない。
さすがにフィルターの目が詰まりすぎているのではないか。

24時半、ようやく返ってきた1通のメッセージを見る。

「ビジネスを始めて、独立して自由な生活を送りませんか?」

僕はひとりで小さく「キモっ」とつぶやいた。


※この話は僕がキモいこと以外は、事実をもとにして脚色しています。


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