東京怖い
今日はいつもお世話になっている企業さんの新年会のために、大阪から夜行バスを使い、東京へ降り立った。
どんな服装がいいかもわからなかったのでスーツを着用するなど、安牌な身なりを心がける。
これでとりあえず、パーティーに参加する準備は完了した。
あとは新年会の時間まで時間を潰すだけだ。
せっかく東京に来たので、普段会えない人との時間を作ろう。
そう思い、友人をお茶に誘う。
久々に会った友人と他愛もない話をしながら、楽しい時間を過ごしていた。
が、ここで問題が。
名刺が無い。
確実に存在を忘れていた。
これは初めて参加する新年会にあるまじき行為ではないだろうか。
焦りの感情がぼくの体を包む。
……いや待てよ。
今回の集まりはフリーランスが主体なので、そもそも名刺交換は行われないのでは?
いやでも主催者は会社だし、ぼくがサラリーマンで営業をしていた時は、名刺忘れ=死を連想するくらい名刺の用意を叩き込まれていた。
やはり名刺が無いと、冷たい目で見られてしまうのではないだろうか。
しかしもう集合時間まで1時間しかない。
いまから用意するのは無謀に近いのではないだろうか。
ぼくは半ばあきらめつつも「東京 名刺 即日」と検索窓に打ち込む。
あった。
即日15分で名刺発行。
15分?15分て何?そんなスピードでできるの?
半信半疑になりながらも、印刷会社へ電話をする。
「名刺って15分で作れるんですか?」
「はい、やってますよ。」
まじか。
きた。
作れる。
幸いにも新年会まで1時間も余裕がある。15分で作れるのであれば、ゆっくり鼻歌を歌いながら歩いてもお釣りが来るくらいだ。
名刺がいるのかどうかは半信半疑だが、最悪の事態を想定するならば、名刺は作っておくに越したことはない。
そう思い、お茶をしていた友人に別れを告げ、印刷会社へと向かう。
・・・・・・
池袋。
もはやテレビでしか存在を認知していなかった池袋。
この池袋がぼくを救ってくれる。
ありがとう池袋。
仕事終わりのサラリーマンとすれ違いながら、意気揚々と印刷会社へと向かう。
・・・・・・・
混んでる。
明らかに3人くらい待っている。
時計に目をやる。時間はあと45分しかない。
15分×3組=45分??
まさか……間に合わない?
一瞬焦りを覚えたが、結論から言うとぼくの考えは杞憂で、先に待っていた2人はそこまで時間をかけずに店を出て行った。
さあ、あと1人だ。この初老の男性がスムーズに名刺を作成できれば、確実に間に合う時間帯だ。あと40分もあるからな。
「いや3年前に作ったから!ちゃんと確認してくれ」
「3年前だとデータが見つかりづらいんですよね~」
メガネの店員と、初老の男性との言い合いが聞こえる。
なんだ?何を言っている?
「とにかくもっかい探してくれよ。3年前だよ」
最後に作ったのは3年前なのに、なぜ今日再発行した?
名刺なんて消耗品だから、定期的に無くなるはずなのに。
なぜ今日、急いでいるぼくの前で、3年前の名刺を探しているんだ。
「あ!ありました!見つかりましたよ。」
あなたが神か。
そのシンプルなメガネの奥に輝く瞳は全てを見通す目だったのか。
とにかく彼の鋭い洞察力によって、ぼくの窮地は救われたのだ。
「領収書の宛名はカタカナで頼むよ」
うるさいジジイ。これ以上余計な仕事を増やすな。空白でいいだろうが。
そんなこんなでぼくの番になった。時間はまだ30分近くある。
30分と言っても、池袋から新宿の会場までは10分かかるので、その時間を考慮するとギリギリの状態だ。
ぼくは素早く名刺のレイアウトを決め、印字したい文字を記入する。
当然店員には「急いでるんですけど……」と念を押すことを忘れない。
まあメガネの彼なら、ぼくが焦っている雰囲気を感じ取ってくれるだろう。
そうしてほぼ滞りなく名刺作成は進んだが、完成までに20分もかかってしまった。
完全にギリギリである。
駅までダッシュする時間を2分、そこからスムーズに改札を通り、電車に飛び乗るまでの時間を1分で済ませば、何とか間に合うはずだ。
ぼくは名刺を受け取り、早足で店を出た後、一気に駅に向かって走り出す。
幸いにも人通りは少なく、駅もすぐに見つけることができた。
地下へ続く階段を1段飛ばしで駆け下り、あらかじめ手に持っておいたSuicaを改札にかざす。
人が左右バラバラに立ち並んでいるエスカレーターをうまく走りぬけ、ようやくホームにたどり着いた。
ホームには2台の列車が到着している。
なぜ同じ時間に似たような電車が?
これだと、どっちが新宿行きかわからないじゃないか。
少しくらいダイヤをずらしてもいいんじゃないか?東京メトロ副都心線さん。
と愚痴っている時間はない。
発車時刻はもうそこまで来ているのだ。
右か左か。
左か右か。
自分を信じろ。確率は50%だ。
今まで幾度となく乗り越えてきた、薄い確率の勝負に比べるとたやすいはずだ。
右か左か。
・・・・・・・右だ!
エスカレーターの段階からトップスピードをキープしていたぼくは、急速に右に旋回を行い、閉まりかけの扉を間一髪駆け抜けた。
ふう。間に合った。
これで名刺も完成し、時間も予定通りだ。
全力で走ったせいで火照る体をクールダウンさせれば、違和感なく会場入りできるだろう。
「え~次は小竹向原~小竹向原~」
・・・え?
こた・・・え?
なんて?
え?なに?
すぐさま電光掲示板に目をやる。
液晶パネルにはハッキリと「小竹向原」の文字が。
その次に表示された進路図に書かれている「新宿」の文字は、その役目を終え、暗く消えかけていた。
どうやらこの電車は新宿からやって来たらしい。
左だった。
ぼくが乗るべき電車は間違いなく左だった。
50%の勝負に完全敗北してしまった。
遅刻だ。
これはもう、こたけなんちゃらから戻るしかない。
最善を尽くす。
いまぼくにできることはただそれだけだ。
時計は定刻の5分前を表している。もう間に合うことはない。
でもやらなくては。
「小竹向原です。」
ドアが開いた刹那、反対側の電車に飛び乗る為に猛スピードで走りだす。
反対側の電車にかけていく中、不思議な違和感を覚え立ち止まる。
何かがおかしい。
ふと後ろを振り返る。
ぼくが降りた電車の向こう側。
向こう側にも明らかに、2車線のホームが存在する。
なんでこの駅だけ4車線なんだ。あほか。
あれだけ有名な池袋でさえ2車線だったぞ。どうなってんだ東京。なんなんだ小竹向原。
当然、新宿方面という文字も向こう側に見える。
向こう側に行くには一度階段を上らなければならない。
うろたえる28歳、運動不足。
先ほどからの猛ダッシュで足はもうガクガクだ。
それでも、少しでも遅れを取り戻すために走るしかない。
言う事を聞かない足を強引に進め、反対側のホームへと走った。
・・・・・・・
こうして、新年会には15分遅刻した。
更に言うと、名刺は使わなかった。
なにこれ。
東京怖い。
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