見出し画像

Amazon Kindleにて「枯渇」若月香

(とりとめのないことをつらつら書いています↓)

「枯渇」https://www.amazon.co.jp/dp/B0BSVSG562

この作品はいろいろあって長い間、暗黒トラウマだったのですが
やっと向き合うことができました。(じつに6年かかりました)
わたしは2019年に「四度目の夏」を書いて以来、小説は書いていません。
正直なところ書く自信がなくなったのです。
これが端的で明確な理由です。

出版社に採用されることがなかったというのも理由の一つにありますが(その都度浮上するのに時間とエネルギーを要した)、自身が書きたいものと好まれるものに大きな乖離があると思ったからです。

kindle出版しようと思ったきっかけは、個人でされている校正さんに、「四度目の夏」を校正していただいたことです。2022年の春のことです。
赤ペン先生のように原稿に校正していただいたその際に、その校正さんは「良いものを読ませてもらった」と書いてくださいました。

何気ないその一行に、わたしは動けなくなるくらい感動してしまいました。

わたしはもう、お金(料金)を払って自作を読んでもらわないと申し訳がない、くらいに思いつめていました。(この場合校正してもらうので料金発生は当然なのですが)

わたしが書くものは、読者の方への「ギフト」になっていない、と長い間思っていました。
自分が書きたいものを書いてきたので、それはつまり自分しか喜ばないものを書いているのではないか、読者置いてきぼりで、独りよがりになっているんじゃないか、とずっと思っていました。
ならば商業的に受け入れられなくて当然なんだと思いました。
6作くらいの没のあと、自然と書けなくなりました。

一時は一生のライフワークだと信じていたけれど、実際のところ書かないほうが心の平安を得ました。否定される(没になる)のはほとほと苦痛だったのです。恐怖でもありました。

ところで、わたしはプロットが作れませんでした。
一行目から順々に書き出してようやく物語が動き出すので、最初からあらすじを作ることができません。そもそも浮かばないのです。
このプロットが作れないというのは、商業的には致命的だったようで、
丸一作書き上げて、時間と労力を費やして没になるので、非常に不健康です。
同時に多忙極める編集さんに丸一本作品を読んでいただくことになるので、商業作家としては不利です。この「プロット作る、作れない」というのも、わたしにとって難解な問題でした。

何年物間の様々な感情を経て、「書かない」ことにしました。
わたしは一読者になり、ただ純粋に読書を楽しんで、映画を見て、漫画を読んで、平和でした。
コロナで家にこもることが増えると、絵を描くようになりました。
創作する、出来上がったものをじっくりと眺めることの気持ちよさを思い出しました。創作の過程で思うようにいかないことや、生みの苦しみも思い出しました。

でもやっぱり見てくれる人への「ギフト」の意味がわからないでいました。
だって、自分が救われたくて書いて(描いて)いるのです。わたしは、きっと。
初めて小説を書いた時、誰に見せるつもりもあてもないあの初めての物語は、間違いなく、自分を救うためでした。そのためだけに生まれた作品でした。

その続きで、ずっと救われたくて書いてきました。

でも心のどこかで、これを読んで、同じように救われる人もいたらいいな、と思っていました。
もしそれが叶うなら、わたし自身がこの世界に生まれた意味もあるんだろう。

そうだといいな。

ただその連続で

夢を食べて生きてきた感じです。
(結局は夢なので、つねに空腹です)

「夢は諦めらめなければいつか叶う」という言葉をときどき聞きます。

叶った後にもその夢には続きがあって、
甘くはありません。
自分の経験でいえば、わざわざ「諦める」と決断しなくても
心が自然と離れてしまう、ということもあるようです。
諦めるための涙を流す必要もなく。。(その過程では大泣きましたけど!)

わたしは敗者なのだろうか、と自問することがあります。

でも正直、そもそも最初からだれとも戦っていませんでした。
立ち向かってはいたと思うのですが(挑戦という意味で)
誰かに負けたということではないように思います。

kindleで出版することは、その挑戦に敗れたということか?(自問)

うーん、、これも違うような。。(自答)
ありがたいことに、こういう出版の方法の選択肢がたまたまあったということなんだと思います。
ただ正直ここに活路を見出したとも思っておらず、かといって、何もしないで過去を思い返すような未来よりはいいのかな、という感じです。
あと、自由に書いて出せるっていいな、と思いました。一瞬は。
でもそれはすぐに撤回しました。
誰にも批評されずに世に出すというのは、すこし怖いことのように感じました。THEひとりよがり。これは確かに危険な気がします。
それから、私の場合のこの自由は、チームも味方もなく、出版社に認められたという太鼓判もなく、責任重大?で、強い孤独を感じました。

読みたいと言ってくれるファンがいるわけでもないのに、
なにやってるんだわたし。
うおお。。。
と、夜中にうずくまって吠えたりします。
(読者さんと交流できません。。。どうやったらできますか涙)

話はそれましたが、このたびの「枯渇」は先の校正業者さんに褒めてもらえました。それを読んだ真夜中、わたしは泣きながら小躍りしました。

命というエネルギーと時間を費やして全力で書き上げたものを褒めてもらうというのは、本っっ当に幸せなことですよね。
みなさんもそうですよね。わたしもそうです。
だから日記のようにしまったままにしないで、発表したくなるんですよね。

つまりそれが直接のきっかけで出版するに至りました。
(お会いしたことのない校正様、その節はありがとうございました!)

出版して、わたしのなかから手放して、世に放ってみて、
やっとなにかが消化(昇華?)した気がします。
なにやら葛藤はありますが後悔はないので、これからも過去に書いた作品を
出していこうと考えています。
よろしかったら、もう少し、お付き合いくださいませ。

ああ、長々と書いてしまいました。

最後まで読んでくださったあなたはわたしの心の友です。
そう言わせてください。


あなたは、わたしの心の友です。




最後まで読んでくださってありがとうございます! 書くことが好きで、ずっと好きで、きっとこれからも好きです。 あなたはわたしの大切な「読んでくれるひと」です。 これからもどうぞよろしくお願いします。