澱学について

澱学(おりがく)って新たな学問知ってる?
まずお前らみたいな白痴どもは知らないだろう。

はじめに。
今の学問なんか即刻やめろ。

母なる地球をこれでもかと傷つけて、傷つけて、それでも平然なツラをして文化の発展だ科学の発展だと、ほざいている。それが資本主義であり、その根底にあるものが今の学問だ。
本当の学問は退廃的でなければならぬ。後ろ向きでなければならぬ。それが人間というどうしようもない不浄な生物が成し得る精一杯の地球に対する忠義である。

今の学問は不善である。地球への不義理である。


それを踏まえて、新たな学問「澱学」について説明する。

澱学とは、存在の裏側にある澱みに光を当て、そこに隠れた美学や哲学を探求する。変化しないこと、発展しないことに美と価値を見出すものである。社会の隅々に潜む停滞、人々が忘れ去った価値観、埋もれた記憶、失われた感情の残滓に対する愛着を育む。澱学者は、古びた文学、衰退した都市、廃れゆく風習など、世界が見過ごす不要なものに魅了される。その澱みは、かつての栄華を映し出す鏡であり、過ぎ去った時代の詩的な証言だ。

しかし、そこには生命の躍動や革新的な刺激を求める者にとっての行き場のない苦しさも同居している。
この学問が関心を寄せるのは、むしろ衰退の中に見いだせる哀愁や、衰微の中に息づく情緒。
澱学は、世界の隅に静かにたゆたう、忘れられた時間のかけらを集め、その退廃的な美を讃える学問なのだ。



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