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コザの夜に抱かれて 第13話

 黒のキャンパス生地のスニーカーを、みゆきは右足から履いた。特に彼女の中に意味があるわけではないが、気がつくとそれが習慣づいていた。
 沖縄も二月末。寒いには寒いが、みゆきが前着ていたような黒いダッフルコートはいらなかった。みゆきはジャージで家を出た。アイポッドをシャッフルにする。ヨーシーの<タイムリミット>が流れ出した。みゆきはなんとなく、たまには職場に差し入れでもしてやるかと思い、途中のスーパーで<レッドアイ>を買った。
「おはようございます」
「みゆきさん! 大変ですよ!」
 店につくと、岬がすごい形相でみゆきに近寄ってきた。
「なにか、あったんですか?」
 みゆきはつゆ知らず、といった無表情で事務所の冷蔵庫に買ってきたビールをいれた。岬はその後ろでイライラしながら立っていた。
「幸枝が! 店の金持ち出したんですよ!」
 それを聞いても、みゆきにはなんの感情も湧いてこなかった。
「みゆきさんもあいつに金貸してたじゃないですか! あたしもなんですよ! これは許されることじゃないっすよ!」
「そうですね」
「……そうですねって。じゃあ、みゆきさんは幸枝にいくらぐらい貸してるんですか?」
 みゆきは人差し指をあごにあて、すこしだけ悩んだ。
「百万くらいじゃないでしょうか」
 岬が絶句する。
 すると、事務所の奥から店長がのそりとあらわれた。
「おう、きたかみゆき」
「おはようございます」
「幸枝のことは心配するな。今さがさせている。さ、二月いっぱいはバレンタインデーの強化月間だ。みんな、よろしく頼むぞ」
 それだけ言うと、店長は片方だけ切れた蛍光灯の事務室にもどっていった。
「みゆきさん、さっそく予約はいりました!」
「はい、だれでしょう?」
「えー、一鉄さんです」
 げ。岬は麻雀の準備をしながら嫌な顔をした。

 銀縁の大きなメガネに、安物の灰色のスーツ。短い真ん中分け。一鉄の風貌はそんな感じだ。今日も指名はみゆき。オプションは<体操服>である。
 一平はドキドキと胸を高鳴らせ、受付でみゆきを待っていた。壁に張ってある写真をながめる。
(やっぱりみゆきさんが一番綺麗だよなー)
 するとみゆきが受付にあらわれた。ブルマである。
「こんばんは」
 一鉄の胸が跳ね上がった。顔が赤くなるのが自分でもわかった。そのままみゆきに手を引かれ、エレベーターに乗った。一鉄の彼自身は今にもはちきれんばかりだ。
 いつも通りの単調なセックス。行為が終わるとやはり時間がすこしあったので、ふたりで談笑していた。すると一鉄はこんなことを口にした。
「ぼくね、殺したいひとがいるんだ」
 その言葉を聞いて、みゆきは目を丸くし、そのあと薄く微笑んだ。そして――、なにも言わなかった。一鉄はなにも言われないことが、心地よかった。
 仕事が終わり、すこしだけ休憩をもらえたので、みゆきは買ってきたビール片手に、屋上でタバコを吸うことにした。ドアを開けると、この街とみゆき、ふたりの関係のような風が吹き抜けた。月がニヤリとみゆきに笑いかけた。

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