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【これは恋なのか?】INFJ / HSP25歳女、自分の恋愛の在り方がわからない

みなさま、こんにちは。
わくわこ です。

急に冷え込んできましたね。
寒いのは苦手ですが、冬の匂いは好き。
わくわくすることがたくさん待っています。

さて、今回のテーマは恋愛やセクシャリティについて。
これも私の苦手分野です。今の私の中にくすぶっているモヤモヤした気持ちを、思い切って吐き出してみました。

今回はあまりINFJ / HSPと関係ないかもしれません。ごめんなさい!
興味があれば読んでみてくださいな。


恋愛下手ゆえ自分のセクシャリティに迷う

私はブログの中でよく「いわゆる『普通』の人生が送れない」という話をしますが、これは仕事に限らず恋愛にも言えることなんです。

性の在り方も多様化している現在ですが、だからこそ「自分がどこに属しているのか」が曖昧になってしまう。自分で決められるという自由は不安定と隣り合わせのように思えます。

上手くいかなかった過去の恋愛のこと

私の恋愛観に関する記事は過去に書きました。

私の人生のプランの中に「結婚」はマストで組み込まれているわけではないのですが、絶対にしたくない!と決意しているわけでもありません。

というかあまりにも恋愛下手過ぎて諦めかけているというのが実際のところです。

高校生くらいまでは何の根拠もなく漠然と、私もいつか運命の人と出会って結婚して子どもを産んで、幸せな家庭を築くんだろうなと思っていました。

しかしその兆しは一向に現れず。
あまりにもモテないため、自ら気になる異性を食事に誘ってみたり2人で遊びに行ったりということもやってみました。

しかしどれも上手くいかず、上手くいかなかったことに対してもそこまでのショックを受けませんでした(失恋というよりは「彼氏をゲットできなかった」という残念感が強かった)。

友だちとの「恋バナ」にもいまひとつ興味が持てず、自分の「告白する前に振られた」みたいな情けない体験談も話したくはなかったので、そういう話題になると人知れず気分が萎えていました。

周りのカップルたちを「いいなぁ」と思いつつ自分には何も起きぬまま数年。大学卒業間近というタイミングでいよいよ恋愛未経験な自分に嫌気がさしマッチングアプリを始めました。

本当はマッチングアプリも「最初からそれ狙い」な感じがなんとなくいやだったのですが、背に腹は代えられなかったのです。

そして結論から言うと、マッチングアプリを通じて2人の男性とお付き合いをし、どちらも1年足らずで破局してしまいました。

共通して「相手と自分の気持ちに大きな落差を感じてしまったこと」が原因。
つまり、向こうは私のことを本当に好いてくれていたようなのですが、私はどうしても同じだけの愛情を返せなかったのです。

好きだと言われることや身体的な接触に、違和感を覚えてしまう。恋人らしい雰囲気になると体がむずがゆくなり、「私たち何やってるんだろう」と客観的なことを考えてしまう。街中で自分たちが「恋人同士」と思われることを恥ずかしく感じる。相手のことを好きかと聞かれても即答できない。

上手く言えないのですがこんな感じです。それで相手と自分の気持ちにどんどん差が開いてしまい、最終的にはお別れするという流れでした。

もともと私は「恋愛でいちばん大切なのは気持ちがそこにあるかということ。私を愛してくれる相手ならばどんな人でもいい」という考え(のつもり)だったので、自分の高慢さにも落ち込みました。

そして自分のセクシャリティと向き合う

そんな、過去の恋愛にあまりいい思い出のない私。
最近まではそれも「まだ自分にぴったりの人に出会えていないからだ」と思っていたのですが、先日ふと違う考えが浮かんで以降、頭から離れなくなってしまいました。

それは自分のセクシャリティに関することです。私は自分が恋愛感情も性的欲求も持っている異性愛者だと信じ込んでいましたが、そこに違和感を感じるようになりました。

「恋愛感情がどんなものかわからない」という話は過去の記事でも少し書いたと思います。これも今までは「これからの未来で好きな人に出会うはずだ」という気持ちでいましたが、最近は「自分はそういうセクシャリティなのかもしれない」とも思い始めました。

恋愛感情と、家族や友人を大切に思う感情との明確な違いがわからない。区別ができない。
他者に対して、キスやそれ以上の身体的接触をしたいと思わない。する必要性を感じない。しても何とも思わない。

このあたりの傾向が気になります。不勉強のため明言は避けますが、こういったセクシャリティもあるようですね。

正直「自分のセクシャリティの問題である可能性」と「まだ本当に好きな人に巡り合えていない可能性」は五分五分かもしれませんが、私はそういう人間なんだと思うことで納得できる部分も少なからずあります。

それでも憧れる「生涯のパートナー」の存在

ということで、恋愛感情というものが自分の中に必ずしもあるわけではないかもしれないという結論に至ったのですが……

なら生涯独身を決心してもいっか!
とすんなりいかないのが難しいところ。

人生を共有する存在への憧れは捨てきれません。

たとえばそれがすなわち恋愛・性愛的な関係でなくても「生涯のパートナー」とお互いに呼び合える人がいるって、すごく素敵なことだと思うんです。

となると別に、自分や相手の性別にこだわる必要ないのでは……?

というわけで、私の中にまた新たな悩みが生まれます。

人生を共にしてみたいと思うひと

ここからが今私をいちばん悩ませている問題です。

私にはひとりの親友(同性)がいるのですが、最近、この子に対する自分の気持ちが「友だち以上の特別な何か」なのではないかと考えるようになりました。

そう思う根拠としては
・その子と一緒にいることが他の誰よりも心地よい。ずっと一緒にいたいと感じる
・その子に恋人ができると寂しく感じる
・その子が自分以外の誰かと仲良くしているのを見るとモヤモヤする
・嬉しい出来事があるとまずその子に共有したいと思う
・悲しい出来事があるとその子に慰めてほしくなる
・街中でその子が好きなものを見つけると「プレゼントしてあげたいな」と思う

こんな感じ。でもこれが「友だちの中でも特に仲の良い友だち」だからなのか、私がその子に恋をしているのかがよくわからないのです。

その子とキスやそれ以上のことをしてみたいと考えたことはありませんが、それも「その子に対する気持ちが恋愛感情とは違うから」なのか「私がそういうセクシャリティだから」なのかわかりません。

ちなみにその親友も恋愛については紆余曲折ありましたが今は独り身で、恋人を作るより私と一緒にいる時間を大切にしたいと言ってくれます。「わくわこという絶対的な存在がいる限り私に恋愛はできないかも」とまで言います。
そしてそれがどういう気持ちからくるものなのかわからずドキドキしてしまう自分がいるのです。

この悩みを包み隠さず親友に打ち明けるべきなのか、絶賛葛藤中。今の関係を居心地よく感じますが、友だちという関係のままではいつかその子が私以外の誰かと結婚してしまうかもしれないと思うと焦ります。

しかし一方で、そうなったらそうなったでその子の幸せを祝福できるような気もします。

この、自分の気持ちの正体はいったい何なのか。
私はどうすべきなのか。
なかなか答えにたどり着くことができません。

自由って難しい

正直なところ一昔前であれば、親友に対する自分の気持ちも「身体的接触をしたいと思わないから恋ではないな」と一蹴していたと思います。

性や愛の、多様な在り方が広まりつつある今だからこそ「こんなセクシャリティもあるのか」という納得感と「じゃあ私って何なんだ?」という不安定な気持ちが混在してしまうのです。

今回は特にヤマなしオチなしの文章になってしまいましたが、もし同じように自分のセクシャリティについて悩んでいる人がいたとして、私の記事が「こういう人もいるんだ」という安心感(?)につながればいいなと思い書いてみました。

あとは単純に、自分の中にあるモヤモヤをいったん吐き出して整理してみたかったのです。
みなさま、なにかアドバイスがあれば助けてください……

というわけで、今回はここまで。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
日々自分の在り方を模索するみなさまへ、愛をこめて。


わくわこ

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