低気圧の蟻

近いうちに、引っ越す。
少しづつ荷物を、段ボール箱に詰めてゆく。大した量ではない。それよりも膨大なものは、段ボールに詰められることもなく、過去に捨て去られていったものだ。けれど、自分が一体なにを捨てたのかは最早覚えていない。かろうじて自分を現在の自分たらしめているものは、どうにか捨てられず残り、いま段ボールに詰められて新居に持ち込まれるもの。過去は自分を保証してはくれない。
荷造りもまだ半ばなので、これからまた捨てるものも出るだろう。新生活には相応しくないもの。
例えば、首が余りにも伸びているTシャツはこの際捨てる。
ちいさな穴が空いたパンツなんて、もってのほか。
私は昔話を好まないから、持って行くものは未来に開かれたものに限りたい。

様々なものを種々選別しながら、持ってゆくべきか悩んだものども。
ごく個人的な感覚で、段ボールに詰めるか、ゴミ袋に突っ込むかを逡巡する。
結局決めるのは、いまの自分だ。

ところで、そのいまの自分は空っぽだから、ただ思ったことを記したい。

いや、記したいようなこともない。空っぽだから。

考えはまとまらず、からだの代謝は落ちて、ポタリポタリと重い汗は吹き出て。

空っぽ。やっと空っぽになれた。
それはそれで、癪に触るけれど。

いや、癪に触るから、何も捨てないで引っ越そうか。新居をいきなり汚そうか。

腰の曲がったばあさまが、ゆっくりとつきだしを運んできた。
同僚の左右田が怒鳴り散らす。
『ばあさん、遅えよ。震えてっけどなんか突っ込まれてんの?酒も早くして』
じいさんは厨房で、おれたちの注文をこしらえながら、ばあさん以上に震えている。怒りで。
おれは全部無視。
つきだしをつまみながら左右田はブツクサ。喉乾いちまったよ。まず先にビールだろ?ドス黒く厚い唇につきだしの煮物が吸い込まれて行く。けつの穴に下痢が逆流していくみたいだ。
おれはこいつを殺そうと思っていたが三年が過ぎてしまった。
こいつはばあさんをいたぶるように、三年前に入社したおれをいたぶった。
けれど今はうやむやになり、お互い古くからの同僚ってツラして一緒に晩飯を食いにきてる。
店に置かれたテレビが、ニュースを伝える。
遠くで地震があった。
そとの道から叫び声が聞こえる。
四車線道路の真ん中で、男が倒れこんでいる。
モニターに映る津波をみて店中が活気だつ。うわ、すげえ、ギャハハ
おれたちは別別のルートで今朝から北九州に来ていた。さっき合流してこの店へ。

なんだろう いっつも
この時期 騙されたように
ふんわり 薄ピンクで
時間なんて 戻っても良いって
許されたように 過去だって愛でて
少しづつずれていってしまった
現在を
ブルーシートの上で
ご破算にしようと

もし晴れていたら 空も
ブルーシートのように 適当に犯す
久しぶりに 首をうえに向けて

花なんて本当は関係ない
上をちらりと向きたいだけで

飛行船は
もう飛ばない

ほら あれが葉だ
そしておれは
ひとだ

ひとであれ ひとであればいつか
薄いピンクを
目にするよ

コンビニ前 ベンチ 電話するおじさんの手帳から しおり 照井つぐみ お別れ会 各種手配をしている。

いま、馬は走っているだろう。勝とうが負けようがどうでもいい。金は賭けたけれど、どうでもよい。それより、今日の天気が良いかどうかのほうがずっとギャンブルだった。おれは勝った。今日はひどく天気が良くて、夏みたいに暖かいから南原さんはクルーザーに乗って海にいる。つまりおれは南原さんに会わないで済むし実際携帯のなることもなく、昼近くまで眠れた。

コンビニ 駐車場 ベンチ 酒のむ 調子悪いやつが座ったり 立ったり 一秒前にあったエモーション忘れたり あえて捨てたり ローカル さっきおれ 何考えてたか 公園の延長 ミニバンから親子があらわれて 路石体で シーソーをする
距離と時間 車のナンバー 2度と訪れない街と似ている 。

ずっとそうやって暮らしてきた。いや、錯覚かもしれないけれど、昔のことは曖昧で、おれはここ何年かを、ずっとだと思っている。
結婚して、こどもがうまれて、おれは仕事、同じ仕事をしつづけているからずっとと思ってしまうのかな。こどもがふたり生まれても、変わったり、変わらなかったり。

家を買った。
実家の近くに。おれは帰ってきたら全裸になってシャワーを浴びる。晩酌を始める頃にはこども達は寝て、ビールをちびちびやりながら、かみさんの話に相槌をうつ。

そんなおれは、来週、ひとを殺そうと思っている。
窓に結露。

安心してくれ。ずっとは続く。人は殺せないだろう。ずっとを続かせる為にも。

ただ、おれの弱さはずっと変わらず、
さっきだって、ああ

ただ歩いてしまった
ずっとそうやって暮らしてきた。いや、錯覚かもしれないけれど、昔のことは曖昧で、おれはここ何年かを、ずっとだと思っている。
結婚して、こどもがうまれて、おれは仕事、同じ仕事をしつづけているからずっとと思ってしまうのかな。こどもがふたり生まれても、変わったり、変わらなかったり。

家を買った。
実家の近くに。おれは帰ってきたら全裸になってシャワーを浴びる。晩酌を始める頃にはこども達は寝て、ビールをちびちびやりながら、かみさんの話に相槌をうつ。

そんなおれは、来週、ひとを殺そうと思っている。
窓に結露。

安心してくれ。ずっとは続く。人は殺せないだろう。ずっとを続かせる為にも。

ただ、おれの弱さはずっと変わらず、
さっきだって、ああ

ただ歩いてしまった

職場の妻から電話が入った。もとは保育園から。15時。検温。息子熱あり。早めに迎えに来るよう要請の電話が妻へ。そして公園で日を浴びていたわたしへ、妻からの電話。急ぐ。病院へも行くよう指示が保育園から妻へ。そしてわたしへ。息子を迎えにいく。抱く。病院はもうすぐ閉まる。バス停へ走る。バスが来る。財布には一万円札しかない。運転手にしりぞけられてバスに乗れない。小銭か電子定期で、と。あたりを見渡す。札を崩したい。八百屋に入る。薄暗く、陰気な八百屋。初めてはいる。離乳食に使えそうなバナナを買う。細かな釣り銭をもらい、ようやく次のバスに乗れた。病院につく。診断。処方箋。またバスに乗り帰る。夕飯を整える。息子は揺籠へ。妻が帰る。離乳食をつくる。バナナを見る。釣り銭を崩すために買ったバナナはひどくしなびておかしい。妻は八百屋をなじるが、それは自分をなじられたように感じる。妻は正論を述べている。わたしはバスに乗るための労苦を伝えたいが伝えられない。妻は正しい。バナナと八百屋は糞だったと気づく。わたしは怒る。あのときの選択肢。良かれと思い不本意ながらバナナを買い、バスに乗った。やがてその矛先は妻へ。正しい妻へ。理由はない。息子は泣く。

そんなおれは、来週、ひとを殺そうと思っている。
窓に結露。

安心してくれ。ずっとは続く。人は殺せないだろう。ずっとを続かせる為にも。

ただ、おれの弱さはずっと変わらず、
さっきだって、ああ

ただ歩いてしまった

あらたな町のランドスケープ
認知症の編集者
コインランドリーの女王
生活保護の女
団地のラッパー
脳性麻痺者
葬儀屋
アダルトビデオの監督
老舗文具屋の息子
出稼ぎの南米女
飲み屋の娘
アル中の男
NHKの集金
画家
焼けた工場の争議
殺人介護者

ダイナースブラック アメックスセンチュリオン

たとえば今日は

洗面台が 白くなるよう磨いて
蛇口わきの黒カビを
古い歯ブラシでこそいだり

別段きれい好きってわけじゃない
水呑み百姓 の 叡智 さ

でも だから ささいなことが
気になる

たとえば明日に

きみが
取り返しのつかないと思えるほど
打ちのめされたとき

もし 家に帰って

洗面台の
細い鎖が白銀のように
輝いていたら

こう思えるかもしれない
まだ わたしは大丈夫だと

けれどもし 洗面台の
オーバーフロー穴が
くすんでいたら

あるいはきみは
不眠に 陥ることもある

だからせっせと
アロンソのように

ささいなことが
物事を決定していくから

スポンジ 摩擦 爪は厚く
多肉植物のように

おれは そんなことにばかり
目がいって

大きなことは 忘れてしまう

だから ささいなおれの大問題は

目下 キッチンシンクの水垢と

歳とった親父の感情の行方

それと 金がいるんだ キハーノよ

それか 名誉か キハーノよ

rip rip ドン

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