満天の星空

世の中
勝つか敗けるか
らしい

そして敗者には
王冠は用意されないらしい

それは 嘘だ
なぜなら
栄光につつまれ
王冠をかぶるにふさわしい
偉大な敗残者もいるからだ

あらんかぎりの力を尽くし
されど颯爽と
敗けてしまった者たち

本当はみな
愛してしまう

偉大な敗残者に
おのれを親づけて

「ちっぽけな敗者たるわたしも
ひょっとして
栄光につつまれた者ではないか」

と 思いたくて

敗けっぱなしの自分を
慰撫するように

敗残者だとしても
栄光は勝ち取れるのだと

おのれを擦り合わせる

気高く美しい
敗残者に

そして
素朴な王冠を
用意するのだ みんなで

oh

けれど 勝者や
偉大な敗残者の
その傍に

本当の
本物の 負け犬が
いる

本当の
本物の

誰の目にも触れず
卑怯に逃げて
力を出し切らず
ただ 足下の半径 数十センチをたよりに
栄光なんて世迷言として
ただ余命 数十年を鑑みて

だらしなく
負けたことすら忘れて
明日には口笛を吹く

そんなしょぼくれた
負け犬が
いる

1965年 ローツェ岳
標高7100メートル地点にも

いたのだ !

本当の
本物の負け犬が

国を代表するような
優秀な山岳隊
そのひとりが
ローツェの頂上に向かうさなか
滑落した
片目は潰れ 骨は折れ
指は凍傷で 黒くなってゆく

その友を助けるため
またひとりの山岳隊員が
命を投げうちザイルを張って
近づく そして
一晩固く 抱きしめた
死なないように

woo

その偉大な敗残者たち
山に敗けた山岳隊員たちを
崖の上から眺めて

シェルパと呼ばれる彼は

バックれた

けれど行き場もなく
コソコソと
第4キャンプのテントに戻り

震えながら 茶をすすった
朝日が昇ることに怯え
自分の罪が濯がれるために
いっそ敗残者たちの死を望みながら

金勘定と保身と
山の麓の家で眠る
妻のおまんこを思い出して

シェルパという民族名が
そのまま彼の俗称となる

彼は異国から訪れる
富裕な山岳隊員ではなく
渇いた皮膚を持つ
地元で生まれ育った
ただのシェルパ

名は残らず
名を残さず
民族の名が穢れようが
かまわない
自分の命を惜しんで
山盛りの言い訳を
ブツブツと呟く
「なぜなら今いるこのテントだって
『わたし』の故郷を穢して
建てられているのだから」

たったひとりの第4キャンプ
テントのなかからはみ出て
シェルパの呪いの言葉は
山嶺に吹き渡る

「この山の
『わたし』以外の全てに
雪崩が
おきますように

『わたし』だけは
『わたし』だけは

救われますように」

彼は本当は
立派な名前を持っている

『わたし』

そして
どんなにがんばっても

『あなた』

とは
名乗れなかった ずっと

渇いた皮膚に走る皺は深く
涙が満たしても
日に焼けた肌の色を反映して
泥まみれの川のような水流

テントの外には
降るような星の光

けれど彼は テントから出ない
掌に抱えたミルクティーの渦しか
見るべきものなんてないから

おれは
そんなやつが
好きだ

美しい山を穢す
垢混じりの川

ちいさくちいさくちいさく
自力で運命をひらけなくて
勝手に選ばれた運命のなかで
翻弄されて あらがえず
でもどうにかすべてを愛そうとしながら
結局いじけるばかりの

『あなた』にはなれない
『わたし』

そんなみっともないやつが

好きだ

なぜなら『わたし』も

負け犬だから

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?