暑中お見舞い

何年ぶりか、熱が出た。もともと平熱の低い身体にとっては38度を越えればつらい。関節や筋肉が痛むけれど、意識ははっきりとして、何年か前、インフルエンザで熱が出たときとは違う。夏風邪。ヘルパンギーナ。保育園に通う息子からうつったのだろう。食欲はある。
冷凍されていた御飯を解凍し、冷蔵されている惣菜で腹に入れる。体力の回復を待つ。時間しか解決しない。しんどければ横になり、あわよくば浅い眠りにつく。
夢をみる。たわいのない話だての夢。起きては小便をしてスポーツドリンクを摂り、また眠る。
太陽が南中し、西へ傾きだす。路地の中華屋や蕎麦屋、定食屋は賑わい、昼食を摂り終えてみな三々午後、職場へ戻る。人いきれが冷めてゆく。13時、酒場が扉を開く。矩形のカウンター。表に面した一辺は焼き台になっている。店員は炭を熾す。開かれた扉から、狭い路地を通り抜けた風が入り込み、炭を赤くする。積まれていた簡素な丸椅子がカウンターにそって並べられると、開店を待ち侘び、路地の陰に身を隠していた客がちらほらと入店する。せいぜい二坪ほどの店内。椅子は少なく、たちまち半分は埋まってしまう。炭火が確実に熾り、店の態勢が整うまで、客たちは静かにメニュー表を睨む。清潔に拭かれて乾いたカウンターの木を撫ぜる。灰皿やダスター、煙草やライターを、適切な距離に置く。椅子と身体を基準として、他者を侵さない狭い範囲を縄張りにする。みなひとりでいる。
焼き台から熱があがり、それを透かして路地が撓んで見える。空気がゆらめく。それを合図に、おずおずとしかしぶっきらぼうに、確信をもったボリュームで客たちが注文を始める。まずは酒から。瓶ビール。焼酎水割り。はなから日本酒を頼む者もいる。ついで始まりに、胃にいれやすい摘みを注文する。菜の花。とり正肉。じゅん菜。ちいさな紙の切れ端に、店員はオーダーを記入する。
平日の昼のさなか、みな老いている。常連は焼き台近くに座り、そうでない者は、やや奥に座る。カウンターが落ち着く。やがてまず思いおもいの酒が運ばれて、乾杯する相手もないのでみな勝手にひと口啜る。
常連がポツリポツリと焼き台の店員に呟く以外声はない。常連は声を出したことに後ろめたさを感じる。静けさが規律となる。古い空調の音のみが響く。常連か一見かは問われない。アルコールを介して個人になってゆく。
みな、路地の光をぼんやりと眺め、酒で意識が弛緩しないよう、メニュー表を見返したり薄暗い店内を見渡すが、結局は路地から漏れ入る昼下がりの陽光へからだが向いてしまい、銭湯に浸かったような奇妙な感覚、他者に囲まれ無防備な自分への防衛本能と、暖かい共和的な幻想をもたらすアルコールにもたれてそのまま縄張りから溶け出してしまいたいような誘惑の狭間を往き来するなか、どうにか個人を保とうとする頃、ひと口目のアルコールは染み入り、最初に頼んだ摘みが供されてどうにか身を立て直す。
たとえば鯵の叩きの脇には若布と生姜がたっぷりと添えられる。たとえばカレーコロッケの脇には糸のように細いキャベツの千切りが添えられる。安価な摘みを楽しみながら、この店の倫理に背筋を伸ばす。
焼き台では串が焼かれる。一本単位で、塩かタレか、間違えないように。焼き鳥や焼きトンが小さな皿に乗ってカウンターに配られてゆく。

小一時間もすれば徐々に客が入れ替わってゆく。時おり若者もやってくる。夜の仕事前に一杯やろうとやって来た若者は如才なく、常連客と意気投合して華々しく盛り上がり、腕時計を見て無言で俯き唐突に消えた。灰褐色に染められた髪。若者が帰ると、話し相手となっていた常連客も居場所を失い、小声で会計をして消えた。ふたりでは大きな声。ひとりではちいさな声。

ゆるやかに太陽が大きくなり落ちる。
目が覚めたわたしは頭痛をやりすごし記憶を辿った。部屋の片隅に蹲踞し、長い指でしっかりと覆った支給品のマグカップから啜る音をさせて白湯を飲み、あなたも飲まないかと促す男は艶のある髪をかくように持ち上げその下には整った貌がある。なにも口にいれたくはない。男は自分の、血の繋がった祖父を重たい枝切り鋏で殴ったのでここにいると述べる。くいものにしていた女との関係、それにあまんじてふらふらしていた自分を祖父が咎めた。腹が立ったから殴った。マグカップを抱え息を吹きかけ白湯を飲む。西区堀江の留置所。48。糞をこらえるため飯は食わない。ゴワゴワのズボン。

もうすぐ日付が変わる。特段記念日でもない週のなかばの平日夜。いま見えたり匂ったり、理由もなく不穏だったり明るかったりという気が否応なく周囲を歪めとらえるフィルターになるが目の前のことをつたえて。物量が、あるものごとを浮き上がらせることがあるとしたら、これから描写するものはなにも直接的な効力を持たず、ただあるものを浮き上がらせる為のパーツに過ぎないから、幼時から罹患した歯科を浮き上がらせるついでに。

故郷を離れたという、退屈で前時代的な物語を重ねた寝室には、眠る女と、赤ん坊がいる。

妻の友人がおとづれ我が家のキッチンをつかい鍋をつくる。それを囲み酒をのむ。

直立し、与えられた時間給のためにいる警備員を見ながら紺色のツナギを

なにかのメモにしようとしているのか。

ひとを差別する。大嫌いで不潔な連中。

差別を赦さない。野蛮で大嫌いな不潔な連中を赦さない。

観光バス。醜く臭い。わたしの被る帽子は11歳の誕生日にねだった白いもの。
行先は温泉宿。バスは走る。それ以降のはじまり。世紀を擦り合わせること。異形のものが乗り、仙台駅を発車したバスの清らかな空気が濁り張り詰める。

あの頃。女の格好をした男。

なかば、いくらでも。くだらないやつら。くだらないおれ。くだらなくないやつら。くだらなくないのか。

チラシを撒く
中野5-26から41付近
練馬区関町南4-13付近 青梅街道沿い
武蔵野グリーンパーク付近
関町北1-2付近青梅街道沿い
関町ドンキ付近
中野区新井交差点近辺
中野区上高田4丁目団地付近
中野6-32付近
中野住宅(青梅街道沿い 101〜422
中野中央3〜2 青梅街道沿い
南田中団地
桃井原っぱ公園
沼袋団地周辺
野方団地周辺(6.8.9.12号)
上鷺宮4
丁目 3丁目 大通りそい、中村歩道橋より中野側
上石神井アパート 2 10 9 12 13 15 14 11 3 5
新青梅沿い 江古田 (ファミリーマート沼袋より東側
ヤマト陸橋 早稲田通り交差点周辺
南台 南台交差点付近
(南台交差点都営住宅再見 西側は配り済み)
丸山立教より豊玉南 環七沿い
早稲田通り サイゼリヤからセブンイレブン付近
西荻青梅からニッポンレンタカー手前
浜田山パーク e i h 以外
アクティ三茶 12. 13 ハウスソラーナa 1
アクティ14 15 5 6 7

公営住宅のポストはチラシで溢れ燃やされる。そうならないように早めにポストを確認し、マグネット型の広告 水道トラブル 暴利 冷蔵庫や換気扇カバーに貼り付けて。近隣の高校へ通う生徒たちが通り抜ける。多数をアラブ系が占める女性徒は美しく、けれど産まれ故郷で仰ぎ見た女には敵わない。血管が透けるほど薄い皮膚
知らない街 で 古いマセラティを見かける なににもおもしろさを見いだせない 退屈さがアイデンティティになる 自己弁護を兼ねて 愉快なものを嗤う のであれば おもしろさなんて

『半径 100億光年
  時間と 空間と すべての思い 燃えつきるところ

       そこで また

       人は 座り 祈り 歌うよ

       人は 座り 祈り 歌うよ

半径 100万光年
  アンドロメダ星雲は 桜吹雪に溶けてゆく

半径 1万光年

  銀河系宇宙は 春の花 いまさかりなり

半径 100億km

  太陽系マンダラを 昨 日のように通りすぎ

半径100万km
  菜の花や 月は東に 日は西に

半径 10万km

  流星の海を 歩いているよ

半径 1万km
  地球のどこかを 歩いているよ

  半径 1000km
  夏には歩く サンゴの海
  冬は 流氷のオホーツク

半径 100km
  みすず刈る 信濃の国に 人住むとかや

  半径 10kmの森があれば
  狸 鷹 蝮 ルリタテハが来て遊ぶ

1kmの谷があれば
  薪と 水と 山菜と 紅天狗茸

  半径 100mの平地があれば
  人は 稲を植え 山羊を飼うよ

  半径 10mの小屋があれば
  雨のどか 夢まどか』

という

は全否定する

くらいには

騙されない ようになったよ

糞ヒッピーめ あのときの

生臭坊主の説法と

かわらないね

まさし叔父さん 元気?

会いたいよ

煙草で焦げた畳の匂いが

叔父さんのネガフィルム

会いたいよ いつか

全部 燃えるまえに でも

叶わないから いいのかも

似てるんだ おれ 叔父さんに

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