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お突き合い

世の中には巧みに言葉を使う人がいるよなあと、日々色々な本を読みながら動画を見ながら感じています。
教育書だけを読むのではなく、新書も小説もビジネス書もそれなりにたくさん毎年読む生活が続いて、ようやくここ5年とちょっと経ちました。ここ5年で1000冊以上の本に触れたと思うと、それは自分でもよく読んでるなあと思います。中原淳さんの本にあった、大人の学びは本を1トン読めってところも、確か400g想定だったと思うので、もう近々越えるんじゃないかなあ。計ったことないけど。

さてそんな中で、教育書を読みながら考えていることは、この人って本当はどんな人なんだろうか、ってところです。もっと言えば、実際に会ってみるとイメージ違いますねって結構ありますねってことです。

自分の本棚を見直してみて、著者に会ったことのある本はどれくらいあるだろうか、って振り返ってみると1割もないなと分かります。会いたいけれど、もう会えない人がいることも寂しいです。
教育書に限って言えば、セミナーがあったり、それもオンライン出版イベントがあったりすることで、対面ではないけれど、話を聞く機会があるみたいなことも簡単にできる時代になりました。

今回の「会う」は、オンラインではなく対面に限るという定義のもと進めていきます。やっぱり対面で会うと、その人の醸し出す空気感とか、話している時の表情や仕草、テンポ、目線、発話数などなど、本やオンラインの画面上からでは受け取ることのできない多くのことを受け取ることができるなと思います。
それからタイミング的に誤解の内容に書いておくと、本当に直近会った皆様、間違いなく素晴らしい方でした。考え方が近しいと言ったら烏滸がましいかもしれませんが、話していて深みのある人たちだなって、やっぱり感じられました。そりゃ酒もうまいし傘も忘れる。

もう教育書は日々怒涛のペースで出版されています。教育雑誌を開けば、その人たちがまた自分のエビデンスに基づいた教育論を書き連ねているわけです。何を言うかではなく、誰が言うかの時代になった今、内容よりも執筆者が重要なわけですよね。これは書き手の問題ではなく、そうした読み手が増えたっていう問題の方が大きいと思っています。SNSが一気に広がりフォロワーが多い人が偉くなり、偉い人の言葉がいい言葉になってきました。
もちろん、本当にきちんと内容に向き合って、そこに自己のフィルターを通して考える人は、こうした本や内容に踊らされることなく、目の前の子どもたちへのアセスメントと何かしらのダブルループを欠かさず繰り返しているんだと思います。

いざ会ってみます。セミナーや講座に参加したり、その後の打ち上げまで出たりしながら。さっきも書きましたがもちろん対面です。旅費も参加費もきちんと払って、手間をかけて会いに行くんです。
そうすると不思議と、「ああ思っていた以上に圧のある語りをする人なんだな」とか「意外と子どものこと下に見ながら話していたんだな」とか、「支援を要する児童は、自分の指導をもってすれば解決すると思っているんだな」とか、本当に色々なことを感じるわけです。数年前までは、そんなことを全国飛び回りながらやっていました。
そこで初めて、本から見えなかった在り方が見えてくるわけですね。在り方が大事だってどの本にも書かれています。そりゃそうなんですよ、対人の職業しているんですから。で、良い在り方だって、もうそこらじゅうの本に書かれているんです。そんな筆先の言葉に踊らされるのではなくて、これまでの自分の経験、これまでの自分の感覚や感性、そうしたものと著者とをどうやって結び付けて、今後の自分に活かしていくのかが、教育書における最も大事な学びだとさえ思います。

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