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おかめ日和を読んで思ったこと

例えば、こんな思い出は無いだろうか。
小さい頃、お友達の家にお呼ばれして、
自分が見てギョッとするようなやり取りであっても
その家族では当然とする空気が流れていること。

家族の内側というものは
他者から見て、やはりわかりづらいものがある。

各自にとって「これが普通、当たり前」と思う「価値観」は、
実は自分が思うほど、普通なものではない
自分が育った価値観が一番と、誰もが最初に思うけれども、
実は家族の数だけ、その形はあると言ってもいいのかもしれない。

「おかめ日和」は、ある家族の在りようを描いた漫画作品である。

作者の優れた人間観察と描写により、
虚構でありながら登場人物にリアリティを感じ、
あたかも本当に存在してるかのような感覚を与える作品である。

いっけん親しみやすく、温かみを感じる絵柄ではあるが、
夫婦円満でモラルも健全で幸せいっぱいのほのぼの家族… ではない。

物語は、冒頭からいきなり、その家族の問題部分が強い表現で展開していく。

ここは物語の「つかみ」部分である。

読者は夫の横暴さに呆気にとられ、ひたすら耐える(ようにみえる)妻の態度に、大いなる疑問を抱くことになるだろう。

モラルハラスメントだという批判が良く聞かれるが、この家族が抱えている問題は、パワーハラスメントによるドメスティック・バイオレンスのほうが適切だろう。

読み進めていくと、妻も夫の問題点を把握しているのがわかる。
(モラハラは被害者は加害者の問題に気づかない事が多い)

周囲の人びとも、彼の態度に問題があるということを何度も指摘する。
特に妻の友人である宮崎さんは、読者の分身と言ってもいいだろう。
彼女の言に共感を覚える読者は多いはずだ。

読み進むと、夫はスマートな外見とは違い、幼児性が強く癇癪持ちで、頑固で変化に弱く精神的に脆いといった、非常に問題を抱えた人格持ちであり、本人も自覚し幾度も自己嫌悪に陥っている姿が表現されている。

そしてふっくらとした外見と大らかな内面を持つ妻は
夫のそれらを全てわかった上で受け入れていて、
不器用ながら互いに愛し合っているのが見えてくる。

なぜこの二人が夫婦になったのか?
なぜこの二人が続いているのか?

この二人の馴れ初めとは、いったいどういうものなのか?

読者は、周囲の人物と同化して、
この2人をハラハラしながら見守ることになる。

ストーリーとして話すと実に簡潔にまとまってしまうが、これがどうして17巻も続くのだろうか。それがまた、今作品の凄さなのだ。

読者は何度も「とんでもないな!いい加減にしろよ!」と怒りつつも、過去の話に触れ、両者に感情移入して心を痛め、泣いたり笑ったりするだろう。何度も繰り返される超展開に、「おいおい、ここからあの二人がどう1巻につながるの?!」と目が離せない。気づけば手に汗握って「二人の人生の軌跡」を追っていく。

そして、最後に円環が完成する…。

さらに読み終わった後に1巻に戻ると、エピソードの全てに意味があるということが立ち上がってくる、という構成になっている。

過激で過剰な愛情の在りようを描いた作品。
極端なギザギザハートがぴったり合わさる2人の奇跡的な出会い。
その「縁(えにし)」の不思議さ、愛おしさ。

とても模範的とはいえないし、一般的な話ではない。
各種事例、典型例として軽々しく扱ってもいいとは思えない。
これはフィクションであり、ファンタジーだからだ。

それなのに、気がつけばどっぷりその世界に読者を引き込む。
あたかも彼らが近所に居るような気持ちになる。
これはひとえに、作者の入江喜和氏の丁寧で綿密な描写のなせる技だろう。

この作品は夫婦間の問題だけを扱うものではない。現実的な人間関係や経済的な厳しさも扱う。2人を取り巻く人物も一癖も二癖もあって、その心のカオスに何度も驚くことになる。

だが読者は、どんなに問題がある人物であっても、そこに至る背景があること、また彼らの振る舞いをただ糾弾し否定・非難するだけでは、ほんとうの意味での「救い」も「赦し」もないということを、大きな愛情で人々を包み込む妻の姿を通して気づく。

知ることが、相互理解への第一歩なのだということ。

欠点を多く抱えた人間の一人として、気がつけば自らもまた、
妻に赦されているように感じる人もいるかもしれない。

ただし、注意として、作中かなり過激な表現も多々あり、丁寧でリアリティある作品であるがゆえに、現在、渦中で虐待関係や人間関係で悩んでいる人、精神的にアンバランスな状態な人、トラウマがまだまだ強く蘇る人などは、読むのを控えたほうがいいかもしれない。

評価が割れるのも、その優れた描写力ゆえだろう。

だが、本当は、かつて傷つき何度も挫けそうになりながら
生き抜いてきた人こそ、彼女たちに感情移入できる話だと思う。

精神的に落ち着いたら、改めて読み直して欲しい作品だ。

私は読み終わった時、
自分の「今」と、今までの全ての出会いに感謝するとともに、
側にいるパートナーをもっと大切にしたい、しよう。と強く思った。

そんな作品である。


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