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エンドレスエイト、10年越しの出口

盛夏火という劇団についてのテキストをウェブに残しておきたく、かつて書いた原稿を載せておきます。
それを言うなら「粗品TV」も「ソーゾーシーやつら」第4回も、もっと多くの評者の手で書かれるべきだった気がする。余計なお世話か。
2年ちょっと前の夏の話です。

夏の終わりの8月31日、まだうだるように暑い日だった。盛夏火という劇団の『夏アニメーション』という作品を見にいく。

何年かぶりの駅で降り、長い商店街を抜けた先に古びた団地が現れた。その一室――主宰・金内健樹の自宅だという――が会場だった。客は10人ほどで満席。ベランダの窓ごしに快晴の空。

オープニングが始まる。キョンキョンと呼ばれる女の子の部屋に友人たちが詰めかけ、皆で市民プールへ。スクリーンにタイトルバック。Cut Copyの「Unforgettable Season」が爆音で流れた。カンペキ、である。チープさが煌めきへと転じる演劇の魔法を見た。

始まったのは夏を楽しむ505団の物語。団長のハルキが、夏休みにやらなきゃいけないことリストをホワイトボードに書き連ねる。キョンキョンとハルキ……どこかで聞いたことのある名前は、もちろん『涼宮ハルヒの憂鬱』のパロディだ。となれば、この夏の元ネタは「エンドレスエイト」。タイトルも、「京都アニメーション」のもじりにちがいない。

京アニ制作によるアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』が、登場人物たちの過ごす8月終わりの15日間をループさせ、ほぼ同内容のアニメを8週連続で放送したエンドレスエイトの伝説。あれからちょうど10年となる。

昨年夏にはニコニコ動画による88時間生放送もあった。作中、ヒロインのひとり、長門有希だけがループ現象に気づいており、彼女曰く、15532回のループをしてるということから、「長門有希の約1/9077の時間軸が体験できる」という触れ込みの放送だった。同じく昨年、哲学者の三浦俊彦も『エンドレスエイトの驚愕 ハルヒ@人間原理を考える』を上梓。ここにきて「エンドレスエイト」再考察への機運が高まっていた。

そこには「ループ」というゲーム的リアリズムの変質も、関係しているかもしれない。

2016年、AlphaGoが名人イ・セドルに勝ち、囲碁の世界でAIが人類を追い抜いた。AIの機械学習は、ニーチェの永劫回帰のごとく、ただ一度の決定の背後に数千万回の自己言及的ループを可能にする。

教練の積み重ねでないところがポイントだ。勝ちパターンと負けパターン、終局を見定め、遡行的にフィードバックループを行う。つまり、プロセスはすっ飛ばしていい。最終的に正解でありさえすればいいのだ。ループによって人間の思考に近づけるのではない。人の手触りをどれだけそぎ落とせるか。そこにAIの躍進がある。

今年7月18日のこと、京アニのスタジオがひとりの男に放火され、大勢の死傷者を出すという凄惨な事件が起こった。被害の内実を考えるといまだ思考停止に陥ってしまうのだが、迅速に支援の動きが広まっていることはわずかな救いではある。

事件10日後の7月28日、「霜降り明星」の粗品が、競馬で「8番の馬に88万8800円」を賭けて当てた1,155,440円を京アニに寄付した、というニュースが流れた。その2週間前となる7月14日(つまり事件の前だ)には、今年のR-1ぐらんぷり優勝者特番として「霜降り明星・粗品が今一番やりたい企画TV」がオンエアされている。

番組内容は、粗品が商店街をロケしながら、お店や街行く人にツッコミを入れ、そのツッコミの頭文字で50音辞典を完成させるというもの。だが途中、粗品が接骨院のベッドで横になると、ロケは冒頭に戻ってしまう。このループにエンドレスエイトの影響を隠さない粗品はしかし、そこからの脱出に、あるサインを埋め込んだ。

「R-1」と「M-1」ダブル優勝でようやくたどり着いたキャリアの出口。そこに至る己のツッコミ美学を50音辞典に隠したのだ。よくある街ブラ番組に見せかけた実験的番組、に見せかけた熱いメッセージ。それはひとりの芸人がループを抜け出すのに十分な契機となりうる言葉だった。

この粗品TVのオンエアに衝撃を受けた芸人がいる。落語家の立川吉笑である。なぜなら彼は、驚くべきことに同時期、同じくエンドレスエイトの影響下にある番組を収録済みだったからだ。

「ソーゾーシーやつら」第4回。オンエアは、7月26日である。

同番組は創作話芸ユニット「ソーゾーシー」の4人、昇々、鯉八、太福、そして吉笑が旅館で語り合うトークパートと、高座一席を見せるネタパートで各回構成されていた。

吉笑の回はこんな内容である。トーク中、ほどよいところでテレビをつけると、画面の中でまた4人のトークが始まり、そのトーク中にテレビをつけるとまた……というループが数回行われたのち、テレビ画面で吉笑の新作落語「明晰夢」が始まる。

この噺がまた、ループ物なのだ。「邪魔だから湯にでも行け」と妻に家を追い出された男。友人を伴って寄席にいくと、高座で落語が始まる。その落語の冒頭が「邪魔だから湯にでも行け」とまた妻の声。やがて自分たちが落語の作中人物だということに気づいた男は、サゲがくるのをなんとか食い止めようとするが――。

エンドレスエイトではループからの脱出が目指されていた。だが、この落語の作中人物はループにとどまることを願う。前日譚も後日譚もない。当然、出口も。そもそも「落語」に流れる時間とはそういうものである。八っつあんも熊さんもご隠居も、みなループの住人なのだ。

細部を少しだけ変えながらくり返される涼宮ハルヒのエンドレスエイトとは、もしかしたら「落語」だったのかもしれない。エンドレスエイト落語説。同作のループを華麗に8パターンに整理してみせた三浦俊彦氏も、さすがにそのことには気づかなかった。

だが、いやでもサゲは来る。ハルヒのそれと同じく「明晰夢」も、わずかな思いやりが出口への背中を押す。

粗品が次なるステップに必要な過程としてループを踏まえる一方で、吉笑は伝統芸能のループからちょこっと押し出された。たどり着いた出口の先がまだ見えないのは、両者同じ思いであろう。

(初出:『文學界』2019年11月号)



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