【読んでみました中国本】#MeTooChinaを劉暁波で読み解いた。:劉暁波『現代中国知識人批判』(徳間書店)

『現代中国知識人批判』劉暁波・著/野澤俊敬・訳(徳間書店)

7月10日、長らく中国当局に軟禁されていた、民主活動家の故・劉暁波夫人劉霞さんがドイツに向けて出国した。現在は一足先に中国を脱出してドイツで待っていた友人らに囲まれて静かに過ごしているようだ。

3日後の13日は、がんで亡くなった劉氏の1周忌。2009年に当局に拘束された時点から肝臓の病気を抱えていると言われていたが、今年5月に肝臓がんの末期であることがわかり、6月に治療のために病院に移送されてから劉氏が亡くなるまで劉霞さんはあまりにも短い最期の日々に付き添った。

劉霞さんは民主活動とはまったく関係なく、ただ劉氏の夫人というだけの理由で2009年の劉氏逮捕以来ずっと自宅に軟禁され、友人たちにも会えず、コンピュータや電話も取り上げられ、時折自分の家族に会うことが許されただけだった。その間、友人がマンション下の監視をくぐり抜けて劉霞さんの部屋に突入したり、彼女が暮らす窓の外で手にしたろうそくやスマホの光で彼女を見守っていることを知らせる、それがほぼ10年近く彼女と外界の接触手段だった。

劉氏が亡くなると、当局の完全手配下で劉氏はだびに付され、遺骨は海に投じられた。生前海葬を求めていたと聞いた人はおらず、しかし当局が劉氏の友人らを完全に排除した上で喪服姿の劉霞さんが劉氏のものとみられる遺灰を海に撒く様子を映したビデオを見ているしかなかった。ビデオには丁寧に丁寧に劉霞さんの表情を捉え、あまりにも理想的なアングルで彼女の手から遺灰が海へと散る様子が記録されていた。

しかしそれは、結婚式のように事後繰り返し見られるだろうイベントとは違い、かけがえのない最期の瞬間に立ち会いたい人たちがいる葬儀としては異様なアングルとしか言いようがない。その目的は一つ――未亡人が海に撒いたのだ、証拠はここにある、夫人の意志に第三者が異を唱えることができるわけがないだろ!

葬儀後も彼女は連れ去られたままで、それが本当に故人あるいは家族の意向だったのかを聞き出せた人はいなかった。時折よくわからない状況下ではしゃぐ劉霞さんのビデオが流れたりもしたが、逆に見る者は精神的に大きなダメージを受けているとされる彼女の健康状態に注目した。

今年5月には友人との電話で泣きじゃくりながら解放を待っていると語る劉霞さんの声が公開された。そこで具体的に大使館ぐるみでドイツが彼女の解放の働きかけをしていることが明らかになり、今回のドイツ出国もその交渉の結果だった。

ただ、中国にはまだ、軟禁中だった劉霞さんの動向を友人に伝えてきた彼女の実弟が残っていて、当局の監視下に置かれているため、劉霞さんは今後も公の場での活動や発言はしないだろうと見られている。だが、それ以前に彼女は民主活動に直接関わっていたわけではない。とにかくまずは静かに療養に専念していただきたいものである。

今回、すでに絶版になっている劉暁波氏の著書をわざわざ取り上げたのは、やはり7月という月が劉氏と劉霞さんの人生に与えた大きな因縁を考えたからだ。

この『現代中国知識人批判』は巻末の訳者あとがきによると、まさに天安門事件が起こる直前の1989年3月に香港時事誌で連載が始まった劉氏の評論をまとめたものだという。劉氏は、4月から天安門広場に詰めかけて座り込みを始めた学生や市民らが6月4日に軍隊によって強制的に排除された後、「首謀者の1人」として当局に初めて逮捕される。香港誌は翌年まで彼の書き溜めたものを断続的に掲載し続けたという。

この評論集は全編、「文化大革命」(以下、文革)が大きなキーワードになっている。1989年初頭当時、まだ天安門事件すら起こっていない頃の中国において、最大の中国政治の危機は文革だったのだ。

天安門事件後の経済発展も、ITテック大国も、また世界第2の経済大国化もまだ微塵も予想していなかった時代のことである。なので、今すぐビジネスシーンで参考にできるような知恵はこの本で語られることはない。

ならば、古いのか、と言われると、そうでもない。

比較として持ち出されるのは、今中国に関わる日本人のほとんどがよく知らない文革時の出来事だが、孔子孟子、さらには三国志を引用して今の中国を語ろうとする本がいまだに大手を振るっている日本においては、新しくはあっても決して古くはない。逆に共産党政治後の中国における、新たなスタンダードを理解するにはちょうどいい教本だ。

特に、孔子孟子三国志のように時代ムードなんて本当に理解するのはもうほぼ不可能な時代と比べて、文革ならまだ調べて客観的に判断しようがあるし、当時を生きた知識人らもまだ現役である。孔孟文化で今を論ずるよりずっと現実的である。

●現代知識人たちの阿Q精神

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