【ぶんぶくちゃいな】消える中国の「マンハッタン」

逃亡犯条例改訂を巡るデモや抗議活動がかしましい香港で、昔はやった歌がある。作ったのは台湾の人気シンガーソングライターの羅大佑(ルオ・ターヨウ)。その彼が、主権返還前の香港で暮らしていた時に作った「皇后大道東」(クィーンズロード・イースト)だ。

皇后大道西に皇后大道東、
皇后大道東から皇后大道中に入る
皇后大道東には皇宮はなく、
皇后大道中は人民の波

香港にあるメインロード、皇后大道(クィーンズロード)は、ハート型をした香港島の北部を西から東へと一直線に伸びている。香港がイギリスの植民地になって初めて建設された主要路だった。

全長約5キロのこの道は、西側は皇后大道西(クィーンズロード・ウエスト)、東側は皇后大道東(クィーンズロード・イースト)、そして真ん中あたりが皇后大道中(クィーンズロード・セントラル)と呼び名を変える。そしてそれがそのまま住所表記として使われ、香港人ならそれを聞いただけでだいたいどのあたりかを理解できるという、重要な役割を担った道なのである。

だが、香港外から来た人たちはそこに立つと大変な違和感を抱く。だいたい、香港にはクィーン(皇后)はいない。もちろん、植民地だったからこのクィーンはイギリスの女王のことなのだが、亜熱帯の蒸し暑く、太陽がぎりぎりと痛いように照りつけるその土地にイギリス女王はどうも似合わない。

さらにその道に実際に立ってみるとわかるが、道の両側は「クィーンズロード」などという優雅な名前には似つかわしくない、雑然とした旧型ビルが立ち並んでいる。日本人や、そして羅のようなアジア系が「クィーン」という言葉に抱く、上流階級風のムードはまったくない。

そして、ここは今に中国になるんだぜ…歌詞にある「人民」とはズバリ中国国民を指す。「皇后さまの大きな通りを人民が闊歩する…」、そんな妄想を繰り広げた台湾人の彼が、見事な広東語とその隠語を散りばめて作ったのが「皇后大道東」だった。

当時のプロモーションビデオはこちら。

画像が悪くて申し訳ないが、この動画の中で黒メガネ、人民服姿で歌っているのが羅大佑、次に薄めの色の人民服を来てでてきて歌っているが、香港人ハンサム顔コメディアン俳優、蒋志光。動画にも当時の台湾人、香港人の目に映る、中国大陸や「いかにも香港的なもの」のアイコンがたくさん、誇張して散りばめられている。

この歌が発表されたのは、天安門事件からわずか2年しか経っていない1991年。事件のショックと、そこに主権が返還されるという事実に打ちのめされ、当時の香港は非常に矛盾し、鬱屈したムードが渦巻いていた。そこに台湾人である羅が、皮肉っぽく、しかし超能天気なスタイルでわかりやすいリズムに合わせて発表して、大ヒットとなった。だが、前述の動画の2:25あたりに映る人民服姿の羅と蒋の両手は真っ赤に塗られている。これが天安門事件を暗示したものだ、と当時話題になった。

今回の香港のデモが大きく注目されるようになると、デモ自体についてはとっくにフィルタリングされて語ることができない中、中国人ネットユーザーの間で次々とこの歌がシェアされた。広東語バージョンだからほとんどの中国人は聞いただけではまったく歌詞を聞き取れないはずなのに、である。

今では、中国の音楽・動画サイトからはこの歌は全面削除されている。

●中国が忌避する「ビクトリア公園」

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