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【全文無料公開・ぶんぶくちゃいな】経済学者許成鋼に聞く「中国経済に希望はあるのか?」(後編)

前回に引き続き、中国人ジャーナリスト袁莉さんによる、インペリアル・カレッジ・ロンドンの客員教授であり、スタンフォード大学中国経済制度研究センターシニア研究員の許成鋼・教授のインタビューの後編をお届けする。

前編はいかがだっただろうか? 筆者は個人的に許教授の思い切った政治指導者への評価が興味深かった他、大躍進や文革のころに経済の地方分権が進んでいたという話が非常に興味深かった。だからこそ、今大きな問題になっている不動産を媒介にした地方政府の財政思考があるのか、と。但し、今、コロナ不況の真っ最中に中央政府が消費経済への刺激策として進めている不動産政策にこの財政思考があるような気がしてならない。この不動産政策は政府筋が必死になって優遇を呼びかけているものの、消費の起爆剤にはなっておらず、このままでは破綻への道まっしぐらではないか、と懸念している点でもある。

さて、今回も許成鋼教授のお話は「共同富裕」あり、「私有財産権」ありと非常に盛りだくさんで、なかなか示唆に富む内容になっている。ぜひ、時間をかけてゆっくりと読んでいただきたい。また最後で許教授が今の中国が置かれている状況を理解するために紹介した書籍3冊を日本語版のURL入りで紹介しているので、ぜひ参考にしてほしい。

なお、文中の[]は筆者による補足、そして一般の日本人読者にはすぐにピンと来ないであろう中国の出来事について個別に注釈をつけた。


◎Vlog「不明白播客」:経済学者許成鋼に聞く「中国経済に希望はあるのか?」(後編)

●「共同富裕」の実現は資本主義でこそ可能に

袁莉:それでは続けて、「共同富裕」[*5]についてお尋ねします。この「共同富裕」というのはいったい何を意味するのでしょうか? その定義について、西洋メディアでも経済界でもいろいろ論じられていますが、決定的な定義がなされていないようですが?

[*5]「共同富裕」:もともとは1950年代に時の指導者毛沢東が提唱した言葉で、「一歩ずつ社会主義工業化を実現し、手工業、資本主義工商業に対する社会主義改造を行うと同時に農業全体に対して逐次社会主義改造、つまり合作化を実現し、農村から富農経済制度と個体経済制度を消し去り、農民全体をともに豊かにしていく」というものであった。その後、トウ小平も「共同富裕」について言及しつつ、一方で「白い猫も黒い猫もネズミを取る猫は良い猫」「豊かになれる者からなっていく」として、市場経済を推進した。その後も政治指導者は政治報告では常に触れてきたが、習近平の時代になってはっきりとそれを実現目標に掲げるようになった。

許成鋼:「共同富裕」について、わたしは誰かさんの頭にある定義をお話しすることはできません。わたしがここでお話するのは社会科学的な概念です。誰かの頭の中はその人にしか説明できません。

社会科学における「共同富裕」とは「平等」のことです。ここで言われる「平等」とは収入の平等、あるいは資産の平等を指します。

収入、あるいは資産の平等は、文明が始まって以来ずっと問題になってきました。それをいかに考えるかは、イデオロギーやその他の現実、たとえば制度の違いによって最終的に実践結果が違ってくるわけです。

我われは結果に注目すべきです。イデオロギー的な議論はさまざまになされていますが、実際に世界のどの国が収入や資産において最も平等か?その答えは北欧です。

北欧の国々が採っている経済制度は、100%資本主義です。政治面なら、どこも民主憲政を採っています。加えてこれらの国々は長い長い民主憲政の歴史を有しています。彼らがそれをやれた理由は、彼らが民主憲政制だからで、民主憲政がなければその実現はできないのです。

北欧諸国に続くのは、日本、カナダ、オーストラリア、そして西欧諸国、そして台湾も非常に平等ですね。そしてそれらの国々はやはり、経済的には資本主義、政治的には民主憲政を採っています。

わたしが資本主義を強調するのはそれが重要だからです。当初我われ[中国]が資本主義社会に反対したのは、イデオロギー的に「平等」を追求しようとしたからです。でもそれを実現することはできなかった。

●私有財産権がなければ平等はない

許成鋼:道理は簡単です。資本主義というのはつまり私有財産権のことだからです。私有財産権がなければ、憲政は成り立たないし、民主も成り立ちません。

平等をイデオロギーの歴史でたどってみると、それが最も最初に表現されたのが聖書でした。聖書の中にその基本的な道理が書き込まれています。キリスト教にとって重要な聖典が旧約聖書です。紀元前1世紀も前からはっきりと平等を追求することが記されているのです。

ただ最終的にそれを実践できたのは資本主義になってからのことでした。資本主義が大きく発展して、民主憲政が確立する前は実現できていなかった。

袁莉:非常に興味深いです。というのも、大躍進のころの中国では汚職が大変横行していたんですよね。人民公社の幹部はたっぷりと食べるものがあったのに、庶民たちは飢餓に苦しんだ。つまり、公社を作ったからといって共同富裕、あるいは共同貧困を実現できるとは言えないわけですよね。

許成鋼:そのとおりです。[公社制だと]基本資源が権力に附帯することになってしまうからです。だからこそ、私有財産権がとても重要になってくるからです。

私有財産権とはつまり、一人ひとりの私有財産が剥奪されてはならないという基本的権利なんです。それが認められてそれぞれの財産が保障されることで、平等のためのボトムラインが引かれる。それ以上踏み込んではいけない、と。

それ以上に大事な点は、すべての人にこのボトムラインが保障されることで、そのすべての人たちに自分の権利を守るための動機とパワーが生まれることです。そうして、すべての人たちが自分の権利を守るための動機とパワーを持てば、力を合わせることで憲政が生まれ、民主が行える。だから、それが基礎だとわたしがいうわけです。

袁莉:今の中国では誰一人として自分の私有財産を守ることができませんよね。どれほど裕福な人であろうとも。

許成鋼:人々はそれをお上が恵与してくれたものだと考えている。

私有財産権というものが至極当たり前のものであり、自分の手で培ったものを他人が奪い取ることはできないのだ、ときちんと認識できて初めてその権利を守ろうとすることが出来るのです。でも、それは他人が恵与してくれたものと思っている間は他人に奪われるがままになってしまう。

実際に億万長者が「わたしの財産は党のもの」「すべてが党に帰属する」「生命すらも…」などと宣言する事態が起きていますよね。こうした状況下では誰も私有財産権を守ろうとしません。そして人間の権利を守ろうとする人も出てこない。資産や人権を守ろうとしないのであれば、そこには民主はないし、憲政も存在しません。

●「中所得国の罠」の罠

袁莉:中国では今、多くの人たちが中国経済は「中所得国の罠」[*6]に陥ってしまうのではないかと心配していますが、許教授はそうした物言いを軽蔑しておられますね。さらには中国経済を「今の中国は70年代のソ連だ」とおっしゃっています。その理由を教えていただけますか。

[*6]「中所得国の罠」:開発途上国が一定水準の所得にまで発展した後にその成長が鈍化、高所得国のレベルに届かなくなるという現象を指す。最近、中国で盛んに取り上げられ論じられている。

許成鋼:まず、「中所得国の罠」という言い方についてお話しましょう。これは経済学上における概念ではありません。世界銀行のレポートの中にあった言葉です。

世界銀行はそのデータを処理する際に、中所得レベルの国々のほとんどが長期的に中所得レベルに落ち着いてしまっており、変化がないことに気づいたのです。そこでまとめられたデータの概要が「中所得国の罠」と言われるようになりました。

ですが、それはデータの概要でしかなく、表面上の現象を捉えたに過ぎません。それだけを取って述べるなら、非常に浅い概念です。というのも、そこにはメカニズムと言えるものがないからです。中所得自体はメカニズムとは言えません。それを語るならば、「なぜ中所得国の一部は永遠に中所得国であり続けるのか」を論ずべきなのです。そして、「その一方で中所得国の一部はなぜ先進国になり得たのか?」も。

袁莉:韓国や日本、台湾という例もある。

許成鋼:台湾の一人あたり平均GDPはすでに日本を抜いています。それだけではなく、その購買力もEUの大国、イギリスやドイツやフランスよりも高くなっています。台湾よりも一人あたり平均GDPが高いのは、米国などほんの少数の国です。

台湾が民主憲政を標榜し始めたとき、多くの人たちがそれを心配しました。台湾内部の国民党関係者ですら、「民主が経済を潰してしまうことになる」と言っていた。台湾が中所得国になった時の制度は権威主義でした。それがなぜ、これほど短期間のうちに飛ぶような成長を遂げたのか? 今では台湾が世界的にトップの半導体技術を持っていることはよく知られていますよね。

それだけではありません。経済的にも世界的に最も豊かな国になっているのです。どうしてそうなったのか? 民主憲政の制度によって中所得国の経済から先進国へと飛躍したわけです。もちろん、それは唯一の例ではありません。他にも韓国、そして日本もまた同じような状況で成長を遂げたのです。

そういう例は枚挙に暇がありません。つまり、収入自体が「罠」になるという問題は存在しないのです。問題になるのは、制度自体が経済発展を引き続き支援できるかどうか、ということなのです。

●「中国の今日はソ連の昨日」

許成鋼:なぜわたしが中国を語る時、ソ連を引き合いに出すのかというと、制度の問題があるからです。

中国の制度がどこから来たのか、皆さんはご存知ですよね。ソ連からもたらされたんですよ。1949年以降、中国は全面的にソ連化しました。当時の中国で最も叫ばれたスローガンは「ソ連の今日は我われの明日」というものでした。この点はやり遂げましたね。中国はとうとう、「ソ連の昨日」を中国の今日にしてしまったんですから(笑)。

ですから、中国の今日を語るには必ず、ソ連の過去が中国の今日になっていること、ソ連がその後どうなったのかをきちんと見極めなければならない。中国はその方向に向かって走っているわけですから。

大躍進や文革を経てきた中国がまだソ連と同じなの?と思うかもしれません。たしかに大躍進や文革によって、中国はある程度一部の特性を変えることに成功しました。しかし、変わったのはただその行政運用方法であり、基本的な制度はソ連式から変わっていません。

わたしが中国の制度を全体主義制度と呼ぶのはそのためです。というのも、ソ連の制度は全体主義であり、中国は全面的にソ連化を受け入れてそれを延伸させてきたのですから、全体主義制度にほかなりません。

袁莉:なぜ、現在の中国がソ連の70年代に相当するのでしょうか?

許成鋼:それは実はソ連が長期に渡り、急速な経済成長を経てきたからです。中国もまた同様の経過を経てきました。だからそう言うしかないのです。ソ連の急速な経済成長が終焉を迎えたのが70年代中盤だったのです。

ソ連は経済的に遅れた時代から急速な経済成長を遂げ、中所得国経済に入ったところでその成長が止まりました。中国の経済制度の基礎はソ連式なので、そこで起こる現象もまたソ連式なんです。

袁莉:でも中国はソ連と違います。ソ連経済が最も繁栄していた頃にも商業的な繁栄にはなかったし、商店にはそんなにたくさんの品物が並んでいなかった。一方中国はもっと経済的に優位にありますし、中国経済の基本的な質はソ連よりもずっと豊かだと思います。あなたのそんな形容に納得する人はあまりいないのでは?

●中国の成長要因は「開放」だった

許成鋼:抽象的に語るより、もっと具体的に見た方がわかりやすいかもしれませんね。

現在の中国と往年のソ連にはもちろん違いはあります。もし経済成長という点で言えば、中国とソ連の最大の違いは、民間企業、そして対外開放です。民間企業と対外開放は中国の経済成長における最大の支援要素となりました。この二つは当時のソ連にはなかった。

ここから、「中国には大きな民間の力があり、ここまで対外的に開放されている」ということはできます。この点をきちんと分析してみることにしましょう。

まず最初に、先ほども触れたように中国は内需不足に陥っています。中国の内需不足は今やすでに中国の経済成長に直接影響を与える深刻な基本要因になっています。

内部で需要がない場合、生産されたものは何の役にも立ちません。つまり、生産過剰となる。世界金融危機以降、中国は生産過剰問題を抱えるようになりました。もし、中国がこのまま十分な需要がないまま生産能力を拡大し続ければ、問題はまた再発するでしょう。

次に、対外開放は経済成長にとって非常に重要であるということ。ただ、この点は今、変化が起きている。

まず国際関係については横に置きましょう。国際関係に関わらず、中国はすでに世界最大の輸出国です。購買力面から見ると、アメリカを凌ぐ世界最大の経済体になりました。ただこれまでと同じスピードで中国の需要に伸びてほしいと国際社会が期待してもさすがに無理です。

なので、国際関係上の変化がなかったとしても、中国もまたそのガタイの大きさに見合うような内需の引き上げをはかって経済成長していく必要がありました。制度ではなく単純に経済的に考えても、内需があって初めて経済は成長するのです。現時点ではその内需がボトルネックになってしまっている。

そこに現実的な問題として現在、国際関係に非常に深刻な問題が起きている。そのため、中国は今、急速に冷戦時代に逆戻りしています。まだ冷戦期には行き着いていませんが、その途上にあります。さまざまな制裁が[中国に]少しずつ加えられ、それはまるで孫悟空の頭にかぶせられた金の輪っかが、三蔵法師がお経を唱えれるとじわじわと締め付けるみたいなものです(笑)。

そして今、その輪っかは最高レベルの科学技術を締め付けています。中国政府、そして企業家たちの多くは、中国が経済成長を続けるためには技術に頼らなければならないと思い込んでいますが、その高いレベルの技術がすでに抑え込まれてしまっている。

問題になっているのは今後のことです。彼らが押さえつけているのはまだ我われの現在ではなく、我われの未来です。その状態で前に進もうとすれば非常に苦しい思いをすることになる。そして、国際関係もさらに悪化の一途をたどっていく。

だからこそ、開放は中国にとって致命的なまでに重要な成長要因なのです。でもそれはほぼ過去のものになってしまった。

さらに民間企業や個人企業があります。個人企業にここ数年来起こった一連の出来事は民間企業の自信、そしてその運営を激しく揺さぶっている。民間企業は一般的に不安に陥っており、自信を失って投資をしようとしない状況となり、民間企業全体が萎縮してしまっています。

これまでの中国の急速な経済成長は民間企業の拡大、それも非常に急速な拡張に頼ったものでした。それが今、萎縮している。民間企業の拡張がない状態において、我われの需要側にも供給側にも大きな問題が出現しています。需要がなければ供給は起こりませんからね。そして、政府の支援と国営企業に頼る経済になってしまっている。

つまり、それはソ連時代への回帰です。ソ連が当時解決できなかった問題を、中国が解決できるはずがありません。中国は絶対に、国営企業をソ連以上にうまく運営していくことはできません。絶対に不可能なんです。

●世界的に中国が「遅れている」理由

許成鋼:先ほど、中国の基礎はソ連より良いのではないかというご指摘でしたが、その点も具体的にお話しましょう。

具体的に非常に重要なのが、人的資本です。経済成長は必ず人的資本に依頼しなければなりません。しかし、中国の今日の人的資本のレベルは当時のソ連よりもずっとずっと低いのです。

どういう意味かというと、教育です。教育とはなにか? まず教育の普及、基礎教育です。

この点については、わたしのスタンフォード大学の同僚スコット・ロジールが、中国で2、30年かけて非常に詳しい研究をしてきています。彼は複数の国々と比較する形でそれを発表していますが、すべての中所得国家において人的資本を比べると、中国は人的資本が最も不足している国になっているのです。

どういう意味かというと、たとえば高校進学率で言えば、中国の農村はわずか37%と、メキシコよりもずっと低い。そのメキシコは世界銀行が中所得国を語る時、好例としてよく取り上げられる国です。しかし、中国はそのメキシコに大きく差を開けられている。つまり、高校教育が普及していない時点で、その人的資本は存在していないのです。

基礎教育だけではありません。トップクラスを見てみましょうか。トップクラスでも中国は遠く当時のソ連には及びません。

当時のソ連にはすでにノーベル賞受賞者が物理とか化学の分野だけで十数人いました。中国ではまだ一人も受賞していません。生物科学で一人受賞しましたが、その科学者は受賞後なんの役割も果たせていない。というのも、中国医学科学院がその功績を認めていないからです。

つまり、その効力を持つ科学者が誰一人としていない。この点は大きくソ連に遅れを取っています。当時のソ連のハイレベルな科学者たちのレベルは現在の中国を大きく上回っていた。つまり、トップレベルにおいても、労働者のレベルにおいても。今の中国は当時のソ連よりもずっと劣っているんです。

中国がひょっとしたらソ連よりも優れているかもと思われるところ、それは対外開放によるものでした。ここ数十年間の開放によって、大量の中国の優秀な研究者たちが米国や西欧で素晴らしいトレーニングを受けて帰国したこと。そして米国、西欧、そして日本による中国国内での操業、それによって大量の中国の人材が育まれた。

つまり、中国の人材と言われる人たちは、民主憲政国の先進的な経済によって育てられたのであり、もし中国がそうした国々との関係を悪化させ続けるなら、その道は断たれてしまうことになる。

こうやって見ると、現在の中国の状況は1970年代のソ連レベルにほぼそっくりなんですよ。

●中国経済ショックは起きるのか?

袁莉:わぁ…非常に興味深いです。今は誰もが経済のひどさを憂いていますが、それでも少なからずの人たちが大きな問題を抱えていようが、中国経済はそれほどひどいことにはならないと考えています。政府の手中には土地や国有銀行、またこの国全体の絶対的なコントロールなどの資源があるし、経済も一瞬で非常に悪くなったりすることはないし、悪くなるにしてもゆっくりと長い時間がかかるはずだという声もあります。こうした物言いをどう思われますか?

許成鋼:現実には大きな経済問題が起きることをよく「破綻」という言葉で表現しますが、突然それが引き起こされる原因は一般的な経済成長ではなく、パニックなんです。

パニックとはたとえば、金融ショック、財政ショック、経済ショックと言われるものです。金融ショックが財政ショックを引き起こし、財政ショックが金融ショックを引き起こしたりします。こうしたパニックが、経済ショックを引き起こし、突然の破綻につながるのです。

そうしてそれまで何事も起きているようには見えなかったものが突然破綻するのです。なので、深刻な金融危機が起きるのか、深刻な財政危機が引き起きるかどうか、そしてそれが深刻な経済危機に発展するのかについては、さまざまな議論があります。

先ほどお話した、中国の一連の出来事からは、金融ショックや財政ショックが引き起こされるある程度の条件を見ることができます。

ここでその条件について簡単にもう一度おさらいしておくと、まず、金融ショックでは一番容易に目につきやすく、また大きな要素として、経済全体の累積借入総額の数字とGDPの比率があります。

この数字はさまざまな数値から算出することができ、数字の出どころが違うと、結果は必ずしもまったく同じにはなりません。ただし、昨年、一昨年と国際金融の世界で大変信用されている複数の機関がすでに、中国のGDPに占める総負債額の割合は300%に達しているという結果を明らかにしています。

負債率300%というのは、国際的に見ても非常によくない状態です。最も危険なわけではありませんが、それでもかなり良くない。ただ、この数字だけではそれが金融ショックを引き起こすとは言えません。その負債がすぐに返済期を迎えるのかどうか、そしてその負債がどのような性格のものか、を知る必要があります。

中国の借入金の多くを抵当貸付が占めていることを先ほどわたしが強調した理由がそこにあります。

債務において最も安全なのは長期国債。GDPに占める長期国債の率が米国や、特に日本では非常に高い状況がずっと続いていますが、それは危険ではないんです。一番安全な債務だからです。

安全度がちょっと落ちるのが中期国債で、短期債になるともっと危険です。さらに大量の短期債が社債ともなれば、危険度はもっと高くなります。

しかし、中国では非常に大きな割合を抵当借入が占めている点が問題です。この抵当借入とは不動産を抵当にしたもの、株式を抵当にしたものがあります。抵当借入とは経済サイクルに頼ったツールで、そのサイクルが良好であれば、状況は良くなるけれど、サイクルが悪くなればなるほど状況は悪くなる。

経済の動向が悪い方に向かえば、サイクルは悪くなり、さらに悪い方へと向かっていく。これは制御理論でいわれる「ポジティブフィードバック」というやつで、よく言われる言葉を使うと「悪循環」です。

良いときはますます良くなるけれど、悪くなれば一方的に悪くなるという悪循環、これが中国の負債の基本的な特徴です。このことから考えると、中国で金融ショックが起きる可能性は非常に高い。小さいとは決して言えません。

●経済恐慌の予測は地震予測のようなもの

許成鋼:もう一つは、債務のうち、どれだけが「内債」でどれだけが「外債」なのか、そして「外債」はどんな種類の債務なのかも重要です。「外債」と呼ばれていなくても、そこに外資がどれだけ含まれているのか。その外資とはどんなものなのか?――です。

どういう意味かというと、国内事情が悪くなると、その国やその経済から突然外資が吸い取られて逃げてしまうのではないか、ということです。状況が悪くなったことを見極めて逃げられれば、その国に関する、すべての悪い噂を助長することになってしまう。そしてそこで悪循環が起きるのです。

でも、その外資が固定投資であれば吸い取られることはないので恐れることはない。

この点で言えば、中国への外資投資はこのところいわゆる「改革」の旗印の下で、ちょっとした変化が起きています。というのは、以前の外資はほとんどが物理的な投資、つまり工場などに投じられていました。工場があれば、なにがあっても逃げることはできません(笑)。なので、それが金融帳簿に影響を与えることはなかった。

しかし、ここ数年大量の流動的な金融資産が流れ込んできています。

袁莉:「投資」という形での「金融手段」ですね。

許成鋼:そうです。それらは引き上げようと思ったらすぐに引き上げられてしまう。

ここ数ヶ月、実際に起きていますよね。米ドルが利上げされて値上がりし、人民元が値を下げるというレートの下落が引き起こされています。レートが下がれば外資は外に逃げてしまいます。さらにそこに別の悪いニュースや彼らの判断がそこに働けば、大量の外資が外部に流出してしまう。

過去、金融危機の多くがそうやって引き起こされてきた。外資がばーっと外に逃げ、金融ショックが起こるわけです。ですから、中国は現実には多くの危機に直面しているのです。

袁莉:中国は危機にはたくさん直面していますが、必ずしもパニックが起こるとは限らない…ですよね?

許成鋼:(笑)危機が起こる前はみんなそう言うのですよ。まだ発生していないときは、みんなそう言うんです。

ただし、まだそれが起こっていなければ、必ず起きるかどうかは本当に誰にもわからないのです(笑)。人々が理解することができるのは、それを生む条件です。その条件が一旦触発されれば、そこからなにが起こるのか…

その分析は地震の予兆を論じる時にそっくりです。地震がいつ起こるかは誰にもわからない。でも、地球物理学者は「ここはとても脆弱になっている」「ここで地震が起きる可能性はある」…そしてそこでいったん地震が起きると、どんなことになるのか、どれほどのエネルギーが放出されるのかは算出することができます。経済学においてもそれを算出するところまではできています。でも、それがいつ必ず起きるとは誰も口にできないのです。

●中国が国境開放に踏み切れないわけ

袁莉:ならば、20回党大会で中国はいかなる経済政策を発表するでしょうか? あるいは党大会以降、中国の経済政策に大きな変更が行われるのでしょうか?

許成鋼:その点を推測するのは非常に難しいです。というのも、それは実際には政治の問題だからです。さらに言えば、この政治問題は彼らの党内政治だから。彼ら党内の政治は、彼らのパワーバランスによって決まり、最終的にどんなパワーが主導権を握るかにかかっているからです。

ただ、我われがすでに経てきた[習近平時代の]10年間、さらにここ2、3年行ってきたことから総合的に判断、推測すると、「コロナゼロ化」政策の基本的な変化は短期においてはありえないでしょう。彼らは経済事情を気にかけていても、短期的に見てそれを大きく変化させることはないはずです。

その理由はいくつかあります。

まず「コロナゼロ化」は政治路線だから。それを大きく変化させることは、その政治路線を否定することになるからです。提唱したのが党主席なわけですから、主席の政治路線が間違っている[と言える]わけがありません。ですから否定することができない。これは政治的な、イデオロギーの理由からです。

次に、技術的な問題です。西洋諸国が国境を再開放し始めましたね。最初に開放したのは英国でした。わたしはその開放の背景に関心を払ってきました。それは二つの判断によるものでした。

一つは全国民が一般にワクチン接種を終えたこと、そしてもう一つはそのワクチンがmRMAワクチンだったことです。このワクチンは臨床検査で高い効果を持っていることがわかっています。全国民がワクチン接種を終えた状況下では、変異株のオミクロンに感染した人も風邪より軽い症状で済みました。

つまり、風邪より軽くなった時点で、制限措置は必要なくなったのです。だから、イギリスは率先して入国制限を止めたのです。そしてそれはまさにオミクロンが大感染を引き起こしていた真っ最中のことでした。当時、毎日のように各国で感染者の数が報告され、狂ったようにその数が伸びており、それだけ見ると非常に恐ろしいものでした。イギリスはわざとそのときに制限を止めたのです(笑)。もう大丈夫だから、感染してもみなとても軽症だから、と。

ならば、その判断を中国に適用できるだろうか? ここが問題なのです。

中国で接種されているたワクチン[*7]はmRNAワクチンではありません。一方、イギリスが全面開放を決定した時、すべての人たちがmRNAワクチンを3回接種済みだったんです。つまり、十分な免疫状態だったわけです。オミクロンは完全には排除できないが、重症化したり、死亡したりしないことが保障されていた。だから、「かかっても大丈夫だ」と。

[*7]中国で接種されているワクチン:新型コロナ対策において中国は徹底的に国産にこだわり、ワクチン3種もすべて国産。そのうち2種が伝統的なワクチン技法を使って生産された不活化ワクチン、そしてもう一つがアデノベクターワクチンと呼ばれるもの。日本で接種されているファイザー及びモデルナのワクチンはmRNAワクチンである。

しかし、中国にはこのワクチンが無い。だから、感染しても軽く済むかどうかがわからない。どうしたらそれを知ることができるのか? 誰もそれを知らないし、知りたいとも思わない。じゃあ、知るのは無理です。つまり、[中国では]これまで取ってきたさまざまな方法がここにきて…

よく言われる言い方をすると、「借りが膨らんでしまっだ」わけです。これまで借りてきたお金を「今返せ」と言われているようなものです。他の国は国境を再開している、でも自分たちは開けない。それはこれまで借りたもののせいなんです。

中国はワクチンを買って接種することができなかったわけではなかった。しかし、[政府は]それを認可しなかった。

袁莉:中国の復星医薬[*8]は早々と中華圏の代理権を手に入れてたのに…(笑)

[*8]復星医薬:中国上海に本拠地を持つ民営コングロマリット「復星集団」傘下の医薬品生産・販売企業。文中で言及されているようにドイツの「ビオンテック」社が生産したワクチンの中華圏での販売代理となる。香港で「復必泰」(「復」は「復星」から、「必泰」は「ビオンテック」の中国読み)の名称で接種が行われたが、中国国内では採用されなかった。なお、この「ビオンテック」ワクチンはmRNAワクチンで、日本では「ファイザー-ビオンテック」ワクチンとして広く接種が行われた。

許成鋼:そう。中国の企業はまだワクチンが臨床試験中だったときに契約を交わし、1億ドース分を予約していたんです。続けて10億ドース、さらに20億ドースを注文することは不可能ではなかったし、できたはずなんです。

さらに、あの会社は生産能力がありますし、彼らの契約には生産許可も含まれていた。相手の所有権を認めた上でそれを中国で生産することができたはずだった。とっくにその準備はできていたんです。なのに、そのまま3年が経ってしまった。その間の「借り」が今ではどうしようもないほどに膨らんでしまったわけです。

だから、短期間のうちにこの状況が大きく転換されることはないでしょう。ただ、それは経済に今直接影響している最大の要因なんです。それが変わらないとなると、今後しばらくは経済がその最大の要因を乗り越えることは難しいでしょう。

●中国は文革時代に逆戻り?

袁莉:それでは最後の質問です。教授のお父様、許良英教授は著名な科学史家ですが、1957年に右派の容疑をかけられ、58年に浙江省の故郷に戻って20年間を農民として過ごし、その間にアインシュタイン文集3巻の翻訳編集にたずさわられましたよね。

あなたご自身も文革中に黒龍江省の農村で10年間暮らし、そのうち6年間は反革命分子とされて、高校や大学に進むチャンスを奪われたんでしたよね。そして28、9歳になってやっと清華大学の大学院入試を受けることができた。そんなあなたは、今の中国で起きていることをいかにご覧になっていますか?

というのも、今起きていることの多くが政治運動だからです。「コロナゼロ化」もまた政治運動であることは間違いない。人によっては今の「コロナゼロ化」を「コロナ大革命」などと呼んで文革と比較しています。あなたはどう見ておられますか?

許成鋼:人々が文革を引っ張り出して論じるようになったのは、その本質を見抜いたからだと思います。今の制度と文化大革命の制度の性質との相似性に気づいたからでしょう。

改革開放以降大変な苦労をしてやっと手に入れたある成果が、制限付きの多様性が、ここですべてかき消されてしまった。経済は停滞に陥り、政治はかつてのあのときのような状況に陥ってしまった。その制度は以前と同じ、全体主義制度です。

但し、「コロナゼロ化」が文化大革命とよく似ているのか? 具体的に論じるならば、今は政治運動かもしれませんが、運動の直接の目的はもちろん違います。文革の具体的な目的はあるグループの人たちを打倒し、権力を奪うものだった。しかし、この運動はそれほど直接的に政治性を持っていません。

もちろん、あの10年間を一絡げにするならば、運動が始まったばかりの頃に熱気を帯びて叫ばれ、そして現在も続いている、いわゆる「反汚職運動」などをひとまとめにして比べれば、今も相手から権力を奪うための闘争そっくりかもしれません。でも、「コロナゼロ化」の「相手」はすべての庶民なのです。

実際には文化大革命も終盤にはその矛先が直接大量の庶民に向けられました。それこそわたしのような普通過ぎるほど普通の、知識を愛する青年ですら反革命分子にされたのですから。その後中国共産党の中央指導部も研究しており、それによると、わたしのように文化大革命で直接、間接的に迫害された人の数は1億人だったと明らかにしています。

袁莉:1億?! つまり国民の10分の1ですよね!

許成鋼:当時の人口はまだ8、9億人でしたから、10分の1より多い計算になります。直接、間接に迫害を受けた人は1億人でしたが、今の「コロナゼロ化」は一般の庶民たちがみな味合わされている(笑)。これが「プロレタリア独裁」なんですよ(笑)。今はこの言葉は使っていませんが、でも、彼らが取っている手段はプロレタリア階級闘争のやり方そのものです。

●今の中国を考えるための3冊

袁莉:ゲストの方にはいつも本、あるいは映画やテレビドラマを3本ずつご紹介頂いているんですが、推薦していただけますか?

許成鋼:まず1冊目は、中国国内では2016年頃に翻訳出版されたベラルーシ作家の作品です。ノーベル文学賞を受賞しました。

袁莉:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの『セカンドハンドの時代――「赤い国」を生きた人びと』ですね。

許成鋼:とても良い本でした。ドキュメンタリーなのですが、小説のように描かれていて誰にも読みやすいはずです。

なぜこの本を推薦するかというと、この本は大変な労力を使って庶民たちのインタビューを行っているからです。

旧ソ連の庶民、彼女はその人たちを「ソヴィエト人」と呼び、「わたしたちソヴィエト人は人間じゃない」と言うんです(笑)。「ソヴィエト人はマルクス主義やレーニン主義の実験室で作られたオルタナティブだ」と。そしてこのオルタナティブたちには、恨みつらみがたっぷり詰められているんだと…そこで語られる最も基本な点、基本的な内容が我われ中国とまったく同じなんですよ。

というのも、先ほどお話したように、わたしたちの制度はまるまるソ連化されたもの。だから、我われ中国人も「ソヴィエト人」なんです。ただソ連はすでに解体され、その後別の道を探し始めた。一方わたしたちは今も「ソヴィエト人」なんです。この本で描かれている一人ひとり、すべての人に中国語の名前をかぶせてしまうことが出来るんです。ぜひ中国の読者に読んでいただきたい。

そして、「コロナゼロ化」とはいったいどんな生活なのか。当時のソ連で暮らしていた人たちがいったいどんなふうに自分たちの生活を見ているかを知っていただきたいですね。

もう一冊はこれとまた非常に関連性の高い、フリードリヒ・ハイエクの『隷従への道』です。この本は比較的読みやすく書かれた哲学、経済学、社会科学の本です。本書を読むと、なぜ私有財産を失った人が最終的に奴隷になってしまうのかという点、つまりある国の人たちがすべて完全に私有財産を完全に失ってしまった時、その国の人たちはみんな最終的に奴隷になってしまうことがわかります。

この本ではその原理がきちんと描かれています。だからこそ、民主憲政が私有財産とは切っても切れない関係にあるんです。その関係を大変多くの人たちがきちんと理解できていないんですが、ハイエクはとっくの昔にそのことを論じているんです。ぜひ読んでいただきたいです。

もう一冊は先ほどの2冊よりちょっと堅苦しい本になります。でも、やはりとても関係の深い本です。ハイエクの3巻本『法と立法と自由』です。

3巻本ですが、各1冊はとても薄くて、この3冊がまとまって大きな1冊になるんです。この本では先ほどご紹介した「隷従への道』をもっとしっかりと、徹底的に、学術的に語ったものです。特に民主憲政とはどういうものなのかを徹底的に分析しています。

なぜ我われ中国人がそれを知らなければならないのか。それは我われが、それを知らず、また全体主義とはいったいどんなものなのかを知らない状態において全体主義を論じるのに、全体主義[の政府]がそれを理解させてくれるはずがないからなんです。

民主憲政とはどんなものかをまず理解したところで、全体主義にはなにが不足しているのか。なにが他の国と違うのか、なにが足りないのかというと、とにかくいろんなことが違うし、たくさんのものが不足している。だから、我々はたくさんのことを知り、理解し、学び、補足しなければならないんです。

そんなふうに皆が努力しなければならない。民主と憲政は社会全体の人たちがともに努力して初めて育まれるのです。そこに座っているだけで誰かが届けてくれるわけではないんです。中国人が自分たちでそれを求めて初めて手に入れる事ができるもので、それを追い求めなければ誰も永遠に手に入れることはできません。ですから、共同富裕はそうして初めて実現されるのですよ。

袁莉:(笑)そのとおりですね。許成鋼教授、ありがとうございました。

オリジナル音源:「不明白播客 - 20大専題|EP-016 許成鋼:マ?」
(「マ」は「口」偏に「馬」)
より

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