【ぶんぶくちゃいな】国安法下の香港――揺さぶられる芸術政策

今年1月に香港の映画評論家たちの団体「香港電影評論学会」が選んだ2020年度最優秀映画大賞を、ドキュメンタリー映画「理大囲城」が受賞した。

この映画賞は1995年から続けられており、今年で27回目。これまでの大賞作品を見ると、香港映画の伝統ともいえる娯楽作品でもその時々の社会的な視線を織り込んだり、時代の変化を感じさせる作品が選ばれてきている。さすが評論家たちが選ぶ映画祭だ。映画を文化として発展させることを念頭に、丁寧に作品を評価してきたことがうかがえる。

今回の発表はその歴史を踏まえつつ、さらに新たに踏み込んだ1回となった。というのも、大賞が初めてドキュメンタリー作品に贈られたこと、そしてこの作品、受賞までに上映されたのは民間の芸術センターでわずか5回のみ。一般の人たちがほとんど観ていない中での受賞だった。

さらに、注目されたのがその題材だった。「理大囲城」とは「理工大学包囲事件」、つまり2019年のデモが激化する中の11月、突然警官隊に包囲されてじりじりと香港理工大学に追い詰められて立てこもるしかなかった活動家とそこに運悪く居合わせた市民たちの16日間を記録したものだったからだ。

この事件は19年のデモの最後の大衝突となった。大学キャンパスを包囲した警察は投降を呼びかけつつ、学内の電気や水道の供給を遮断してじわじわと追い詰めた。最終的には学内外の識者の説得に応える形で投降する人たちが現れ、次第に疲弊した人たちが大学を離れるという形で終息した。

学内で立てこもりが続く中、警察に開放を求めて抗議して家族たちが座り込んだり、また警察の目をくぐって学内からにげ出した人たちを遠くへ送り届けるために市民が大学のそばで待機していたりと、多くの人たちの目をさまざまな形で惹きつける事件に発展した。逮捕者も1377人と、一つの事件における数としては過去最高となった。その分、2019年のデモを支持してきた市民の心に大きな傷を残した事件でもある。

特に2020年6月末に香港国家安全維持法(以下、国家安全法)が施行されて以来、公にデモを振り返ることも、またデモの由来やそのありようを討論することすらはばかられるムードが続いている。そんなときにプロの映画評論家たちが「理大囲城」を最優秀映画作品に選んだのだ。そこに添えられた「声にできないメッセージ」に多くの市民は元気づけられた。

3月11日に同映画大賞の受賞作品上映会のチケットのオンライン販売を開始するやいなやサーバーがパンク、「理大囲城」のチケットは瞬時に売り切れた。再上映を望む声に応えて主催者側が1週間後の再上映を決めたが、チケット発売前夜から映画館前に徹夜で並ぶ列が出現、こちらも発売と同時に売り切れとなった。

●「疑わしきは罪」?

ここから先は

6,295字
この記事のみ ¥ 300

このアカウントは、完全フリーランスのライターが運営しています。もし記事が少しでも参考になった、あるいは気に入っていただけたら、下の「サポートをする」から少しだけでもサポートをいただけますと励みになります。サポートはできなくてもSNSでシェアしていただけると嬉しいです。