【読んでみましたアジア本】若い女性にかぶせて語られる、100年前の志士たちの姿/笠井亮平『インド独立の志士「朝子」』(白水社)

日本では、「アジア」という言葉を聞くとまず「戦争」を思い出す人たちが、多分まだ一定数いると思う。もちろん、そんな「戦争」や「戦後」(だけから)の視点から脱却しようとする動きは明らかにあるし、初めての「アジア」体験がそれ意外だという世代もかなりを占めようになっているので、必ずしも「戦争」絡みの話題がいまだに日本人のアジア視点の中心だといい切るつもりはない。

正直、筆者もアジアといえば戦争の記憶(あるいはこれから起こる戦争?)から始まる話題には辟易しており、できれば避けて通りたいという思いは強い。

だが、実際にアジア、それこそ東アジアだけではなく、東南アジア、さらには南アジアまで足を伸ばせば、現地が歩んできた歴史のあちこちに日本との「戦争の記憶」が顔を出すこともまた無視できない事実だ。東アジアの国々との間でことあるごとに持ち出される「戦争」の記憶にすでにぷはーっとなっている「戦後生まれ」にとって、その記憶との距離感をいかに保つべきか、はある意味、そろそろ前向きに論じられてもいいような気もする。が、意外にそういう視点での議論は生まれてこない。これはそうすることが「良いことかどうか」という意識というより、やっぱりすべてをなぁなぁで済ませてしまうお国柄だからではないだろうか。

正直、本書を見かけてサンプルをダウンロードして読んだ際にも、しばらく考えた。あー、また戦時ものですか、と。できれば、この「読んでみました」ではあまり積極的に取り上げたくないと考えている題材でもある。

それでも本書を読み続けてみようと思ったのは、よく考えてみると、遠く南アジアの彼の国の、植民地からの独立という「歴史的事実」は知っていてもその経緯について、筆者はほとんど何も知らない。そして、ほとんどの日本人がそうであろう。さらに、日本に生まれ、育ったインド人、それも女性が、その独立に自分の身を差し出した、という予想外の話が興味をそそったからだ。

また、著者の笠井亮平氏は以前ご紹介した、エヴァン・オズノス著『ネオチャイナ:富、真実、心のよりどころを求める13億人の野望』の翻訳者である。同書は今では多少内容は古くなっているものの日本語で読む中国事情を知るための書籍としてはいまだにイチオシの一冊であることは間違いない。さらに調べてみると、著者はここ数年、インド関連の著書及び翻訳書をかなりの頻度で出しておられるようで、そういう意味でもきっと「ただの戦争の記憶」では済まないはずだと感じ、読み進めたのだった。


●100年前、インド人夫婦は日本へやってきた

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