【読んでみましたアジア本】壮大なスケール。あなたの想像空間メモリはついていけるか?:劉慈欣『三体』(早川書房)

今年のアジア本でトップを争う人気本となった中国SF小説『三体』。もう今さら小出しにしてもしょうがないので、さっさとご紹介すると、著者の劉慈欣氏は1966年生まれで、1990年代に中国でSF作家として頭角を表した。本職はコンピューターエンジニアで、現在は山西省娘子関という、万里の長城の旧関所近くに勤務している。つまるところ、きっと星がキレイな、相当など田舎である。せせこましくない、文字通り広大な物語は、そういう環境から生まれたのかもしれない。

劉氏の作品は1999年頃からほぼ毎年国内のSF小説賞で賞を取り続けてきており、中国のSFファンにはよく知られた存在だったという。中国では2006年に発表したこの『三体』が世界的に注目されたのは、中国出身米国人の弁護士/コンピューターエンジニア/小説家/翻訳家のケン・リュウ氏が英語訳し、それが2015年にSF小説界のトップクラスの賞である「ヒューゴー賞」の長編小説部門賞を受賞したのがきっかけだった。

この受賞で日本でもSfファンの中で中国のSF小説が話題に上がり始める。もちろん、中国語が達者な日本人SF小説ファンがすでに目をつけていた可能性はまったく排除できないが、少なくともその数はごくごくほんの少数。実際に日本の中国語小説界でも、劉慈欣どころか中国にSF作家がいるなんて、ほとんど話題にも上がっていなかったはずだ(それくらい、日本語圏における中国語小説のジャンルはまだまだ偏っている)。

そんな日本で中国SFが読まれるようになったきっかけは、この『三体』の英語訳を手掛けたケン・リュウ氏自身の力によるところが大きい。彼自身も自作で2012年、2013年と続けてヒューゴー賞を受賞しており、すでにアメリカ及び翻訳SF業界では注目される新進作家であり、それらの作品も日本で刊行されている。そんな彼の力で彼が選定した中国SF短編小説集『折りたたみ北京』が早川書房から刊行され、わたしも昨年書評を書いたが、これがわたしも含め多くの人たちにあの中国にこんなにSF作家たちがいるのだと知らしめることになった。

この『折りたたみ北京』にも、『三体』の一部が収録されている。今回、この日本語版本編を読み終えてわたしが感じているのは、もし読者がこの『三体』を「中国本」として読むのであれば、まずこの短編SF小説集『折りたたみ北京』に目を通し、やんわりと中国のSF環境に慣れておくことをおすすめする。

というのも、この『三体』本編はかなり一般的なSF小説慣れした人向けに書かれた、本格SF小説であるからだ。「中国本」あるいは「アジア本」を現地理解のために読み続けてきた人(わたし含む)には、ちょっと頭の切り替えが必要で難解に思えるはずからだ。その意味で『折りたたみ北京』には普通の「本好き」あるいは「現地理解+α」向けの軽いSFもかなり収蔵されており、アジア(中国)本の延長でも読みやすい。その上でSF世界に浸ってみたいと感じられた人ならば楽しめるかもしれないが、そうでなければ、技術用語や科学用語が並び、最初はただひたすら難解なSF小説としか感じられないだろう。

●息苦しいまでの展開、あなたは読み続けられるだろうか

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