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【読んでみましたアジア本】単純な「軍 vs 民主派」の図式が覆される/タンミンウー・著『ビルマ 危機の本質』(河出書房出版社)

うーん、重い一冊だった。本の重量も、そしてその内容も。

以前ご紹介した、同じ著者の前作『ビルマ・ハイウェイ』も中身の濃い一冊だった。ビルマを中心に東南アジアの成り立ちとその位置関係を歴史的な人的流動(とそれにまつわる文化や言語、民族、そして宗教)をもとに解説した貴重な資料で、ビルマはちょうどそのど真ん中に位置しているというのが著者の説明だった。然り。

そして、本書ではビルマ出身の元国連総長を祖父に米国で生まれ育った著者が、直接ビルマの政治運営へと関わり、その政治体制内部の様子も含めて、「いったいビルマで何が起こっていたのか」がまとめられている。

但し、2019年に出版された原書を下敷きにしている翻訳本のため、2021年に起きた「ミャンマー政変」までのカウントダウンのようなものはなく、最後に日本語版出版(2021年10月初版)に際して著者からの8ページに渡る「緊急寄稿」が末尾に付け加えられている。

そんなわけでいったい今現在、現地で何が起きているのかを直截的に知りたい人には本書は不向きだが、たぶん刻一刻を知りたい人は書籍よりもネットを漁っているはずだから、そのことに敢えて言及する必要はないのかもしれない。読み終わって感じるのは、この本の価値は「緊急寄稿」ではなく、本文に綴られたビルマが抱える問題の本質の複雑さにある。

だからこそ、今や新たな選挙準備が進められているというニュースに対してその詳細をあれこれ求めるよりもまずはこの本を手にしてじっくりと、この国の成り立ちからきちんと理解しておくほうがずっと重要だと感じる。

現地で起きていることは確かに人を不安にさせるが、まずこの本に書かれているこれまでの複雑な事態を理解した上でニュースに向き合えば、そこからまた違ったものが見える(あるいはニュースにもっと違った内容を求めたくなる)はずだ。

●「ミャンマー」か「ビルマ」か

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