【読んでみましたアジア本】かつては心身ともに潰されそうになったこの都市を愛するということ:カレン・チャン『わたしの香港 消滅の瀬戸際で』(亜紀書房)


毎日ニュースチェックをしていて、どんなに丁寧に読んでいるつもりでも、しばらく現地を離れていると現地の空気というかムードがいつのまにかぼんやりとしてくる。そんなこともあって毎年最低1回は香港に行っての「定点観測」は欠かせない。

その定点観測で最も参考にしているのが、友人たちの話やその表情だ。30年来の友人はもう幼馴染のようなもので、適当にぽーんと疑問や質問を投げてもわりときちんと受け止めてくれる。逆にわたしがなぜそんな疑問をいだいたのかまで面白がってくれる。

20年来の友人も「準・幼馴染」だから、昨今の社会ムードを察して最近は自宅で夕食を振る舞ってくれるようになった。自宅ならどんな話が飛び出しても、お互い周りの目を気にせずに遠慮なく話せる。

ここ10年で知り合った人たちにはメディア関係者が多い。往来するうちに滞在中の時間を旧友と割くようになり、新しい友人作りをするチャンスが減った。その一方でいつも新しい取材テーマを抱えて興味を持った人たちにインタビューを繰り返してきた結果、ここ10年間、特にメディアにまつわる取材を繰り返してきたことに気付かされた。

その中にこの5年間、会うたびに見せてくれるその表情が香港の世相をみごとに伝えてくれる友人がいる。彼女はわたしが2018年に香港の大学でジャーナリズムフェローシップに参加したときに知り合った同大学の院生だ。同年秋に院を終了し、そのまま某西洋メディアでインターンとして働き始めた。

それから半年余りたった2019年6月始めに彼女と再会したとき、晴れ晴れとした顔をしていた。「忙しいけれど、学べるものがたくさんある。尊敬できる上司にも出会えたし、充実している」と言った。インターンからそろそろ正式な雇用に移行するための手続き中だとも聞いた。ジャーナリズム専攻だったとはいえ、大学卒業してすぐに世界的な大手メディアに認められた彼女がまぶしく見えた。

その直後に始まった2019年デモでは、彼女は大活躍した。中国ウォッチャーにはその名をよく知られたベテラン記者である「上司」と彼女の名前が並ぶ記事がどんどん流れていた。明らかに彼女の若者人脈を使って実現したらしい、デモに関わる「一般庶民」たちへのインタビューなどもあった。見るからに息を付く間もないほどの忙しい日々を過ごしていただろうが、彼女の活躍ぶりが誇らしくもあった。


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