【PTA回想録(3)】副会長としての日々(1)

(前回)【PTA回想録(2)】渡りに船の電話が... より続く.

そんな感じで,縁あってPTA副会長を務めることになりました.

当時,わが子の通学する小学校が児童数増加により分離することになり,副会長になった年は,学校分離1年目と重なることになりました.副会長のときは,年に5回程度の会議に出席して司会をする,保護者の参加を募る活動に参加する,会長が所用の際に代理として校外会議に出席する(数回),くらいの活動で一年が終わったな,という印象です.「アメリカ副大統領のようだなぁ」と思ったことを記憶しています.

私は基本的に,個人の意思で参加するチームや活動では,(声がかからない)=(特に私が関わる必要のある用事がない)と考えています.特に「○○に来てほしい」「○○をやってほしい」と言われないことについては,日中は仕事に時間を割かねばならない私に対する気遣いを感じ感謝しつつも,「男性の副会長の私には,さしたる期待も役割もないのかなぁ」と,ちょっと残念な気持ちを感じたことを記憶しています.皆さんお忙しいですし,世の中の平均な価値観を考えれば,やむを得ないことだと思います.

ただ,私の「仕事」は,大学での教育・研究・管理運営という,勤務先から求められていることだけではなく,自分の専門分野に関する国内外での学会活動,行政等への有識者としての助言などの社会貢献活動もあります.学会活動や社会貢献活動はボランティアとして関わるケースもあるので,「忙しくても,必要なことには時間を割いて自分の経験や能力を公(おおやけ)の場面で使わねばならない」と思っています.私にとっての「わが子の学校教育への参加」は,十分な必要性を感じることだったので,副会長を引き受け,そのあと何年も会長としてPTAに時間を割いてきたわけです.

私は,「自分がやらねばならないこと」のほかに,「自分が必要とされること」「(自分の経験や能力を生かして)自分が片付けることが適任と感じられること」であれば積極的に時間を使いたいですが,「自分じゃなくても誰でもできる,と感じられること」に時間を使うことには,ちょっとためらいを感じます.こんなふうに書くと,ちょっと傲慢に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが,私の正直な気持ちです.限りある時間を生きている人間は私に限定されるものではなく,お読みいただいている皆さんも同様だと思います.このような心境は,裏を返せば,「他人に物事をお願いするときには,『誰でもできるけれども,あなたにお願い』などとお願いしてはいけない」となるでしょうし,「自分がリーダーを務めるチームでは,個々のメンバーをよく見て,興味や関心の有無や意思を確認し,必要性を明示して具体的なミッションを与える必要がある」いうことになるでしょう.どうせなら「あなただから,このことをお願いしたい」と言われたいでしょうし,相手に遠慮や配慮をしすぎてあまりに役割を与えないのは,相手が「自分のことを必要とされていない」と誤解してしまうこともありますよね.

ここまで書き連ねましたが,PTAで副会長に就任する前後で,日々の暮らしが大きく変化しなかったことには,感謝の気持ちしかありません.

(次回)【PTA回想録(4)】副会長としての日々(2) へ続く.




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