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【交換日記】好きが言えなくて

11月11日 伏見ふしぎ

マヤから回ってきた日記、1カ月近く止めてしまい申し訳ないです…先日ぐりこに会ったときに「交換日記2周回ったし、よくやったよね!」と気遣われて?しまった。彼女も原稿頑張っているし、頑張ります。

テーマが「音楽」なのも、腰が重かった理由の1つ。
音楽に縁がなさすぎて書けない、というより、ずっと音楽とともに生活してきたので何を書けばいいかわからない、という状況だった。
はっきりとは覚えていないが多分4歳からヤマハに通いはじめ、練習を嫌がりながら中1まで通い、少しブランクがあって高校で吹奏楽部に入部。そこが特殊すぎる環境だったため王道を外れ、大学でジャズサークルへ。いまも趣味で音楽を続けている。
こう書くと「めちゃくちゃ音楽好きな人だな!」と思われそうなのだが、正直そうでもないと自分では思っている。

そこが難しいところで。

これは音楽に限らない話なのだが、「この程度で『好き』と言っていいのか」という葛藤が常にある。
音楽を長年やっていると、それはまあ基地外のような音楽オタクに多数遭遇する。その種類はさまざまで、音源揃える系、ライブ行きまくり系、楽器(買う、カスタマイズ、作る)系、練習のめり込む系…セミプロやプロとして活躍する友人も多い。
そういった輩を見ていると、「私そこまでじゃないや…」と思ってしまうのである。
アーティストに関してもそうで、例えば、たぶんちゃんと言ってないけど私中学~高校の時スピッツが好きで、「三日月ロック」をはじめて聴いたとき衝撃を受け、過去音源も全部ではないけど色々あさって聴きこんでいた。でもぐりこはじめとする友人達の勢いを見ていると「私そこまでじゃないや…」となり、好きをおおっぴらに表明できないままでいる。

近年「一億総オタク社会」なんじゃないか、ってくらい周りにさまざまなオタクがいるなあと思う(環境が特殊なだけ?)。その人たちを見ていると、いろんな場面で「私そこまでじゃないや…」とつい思ってしまうときがある。

「好き」というための資格、ってなんなのか。
たぶん雨宮さんの著書かなにかで、「周りを気にせず『好き』と表明したってよいじゃないか」という話があった。でもやっぱり、「好き」を表明するのは勇気がいるなあと考えてしまう。

そんな中、映画『蜜蜂と遠雷』を観に行った。ピアノコンクールで頂点を目指し過酷なコンテストを通して成長していく話。

そこにサラリーマンをしながらコンクールに挑戦する男(松坂桃李くんが好演している)が出てくる。まさに“音楽の神様に愛された”子供たちが天才的な演奏をするで、彼は一人「生活者の音楽」を追求し表現する。というかそれでしか勝負できないのだ。
宮沢賢治『春と修羅』をテーマにした曲のカデンツァ部分(即興)に、生活の景色、音やにおい、手触り、家族の姿をうつし、ふわふわと温かくどこか悲しいメロディーを乗せる。圧倒する演奏ではないけれど、聴く人の心にじんわり染み込んで、つい口ずさみたくなってしまう。
(コンテストの結果を書くとネタバレになってしまうので察してもらいたいが、)音楽の神に愛されていなくても、練習が満足にできなくても、プロになれなくても、好きな音楽を続ければいいし、音楽を好きでいていい。
そう背中を押してくれた気がした。
よし、もっと軽率に「好き」と言っていこう。

ということで、「音楽」テーマなのに関係ない話が続いてしまったので、最後に最近聴いて好きだなと思ったものを軽率に紹介します。
①プロコフィエフ「ピアノ協奏曲 第2番 ト短調」
『蜜蜂と遠雷』は正直映画より本の方が数倍おすすめなのだが、映画でかっこいい!となったのがこれ。

②Louis Cole「Fit up」
最近こういう「一人でなんでも演奏できちゃう」系の超人が増えてきた気がして新世代を感じる。めちゃすごいのにふざけていて最高。元気のないときに見る。

③嵐「GUTS!」
先日サブスク解禁した嵐。それなりに一通りリアルタイムに聴いてきたけれど、この曲はしっかり聴くとアレンジが凝っていて演奏したくなる。ほかにも「truth」は不思議な作りの曲だなーとか(「悲しみ」はBメロかサビか?)、「Love so sweet」のドラムは手数をこれでもかと押してくるなーとか。

さて次はまりこさんにお願いします!まりこさんといえばaiko姉さんのイメージが。わたしはつい曲を聴くと音の方に集中してしまうのだけど、歌詞で「これが好き!」「ここがすごい!」というのを教えてほしいです!あとみんなもこの流れで最近聴いてor昔から好きな曲教えてほしいな~

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