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連作短編小説【一人称】 #教養のエチュード賞

『いま目の前で事故起こった草 #事故 #事故現場 #原因不明 #ガチグロ #迷惑 #集まる視線 #拡散希望 #同じ場所の人と繋がりたい #気軽にフォローミー #アンチお断り 』[投稿]。

 見飽きた夕射が向かい合わせのプラットホームの下の中央線路に帯びて生える錆を屋根の天窓から隠している時のこと。その日の授業を終えたボクは住宅地へ走る電車を待っていた。いつもは運転手がボクのゴールテープを切った直後に線路と車輪が強く長く擦れて、その音が修学旅行で聞いた嫌いな友人の歯ぎしりに似ていたのが、今日は、というか、ついさっき、一番前に並ぶボクの視界の半分をスーツ姿の男性が遮って、歯が割れた音が鈍く響いた。

 人間とは卵の殻に包まれた苺のようなもの。そんな文学的な比喩さえ見知らぬ女性の悲鳴と居合わせた老人のどよめきが合わさることで、眼前に構成する全てが事実だと執拗に教えてくれる。ホームの少し先を見ると、偶然の光でも隠せないほどの眩しい色の液が少量だけど点字ブロックまで夥しく付着していて、そして、ふと、こう思った。

 べつにボクでもよかったのに。

 もう喋らないこの男の血はボクの血。

 それでもいっこうにかまわなかった。

 やがて集まった駅員らは警察に渡す死体保護より“投稿”と名の鳥葬に群がる野次馬の調教を先決させた。飾りのように大人しかったボクも後ろから羽交い締めされ、乾いたベンチの近くまで引きずられた。

 ゆっくりと遠ざかる現場は美術の教科書に載っていた遠い国の宗教画のようで、だけど、ボクの目にはそれが羨ましくて見つめ続けた。車内の人が、車外の人が、同じ無彩色な顔で佇んでいる。それでも、ひとたび顔の下が割れたら、あの主人公のようになれるのだと思うと目から悔しさがあふれて、唇を噛むことしか出来なかった。

「き、きみ、口から血がっ!!」

 あの憧れと比べたからか、全く気づかなかった。そして身に起こった変化を自分以上に知らない駅員から指摘されたことが恥ずかしくて、無意識に舌で拭いた。そしたら給食に食べたカレーのざらつきの奥から鉄棒の味がした。なつかしかった。

『区役所勤務という大層なご身分でありながら、職場は朝のニュース番組のように濁っている。』(ツイートする)。

『隣の後輩は体形に合わない机に身を任せて二度寝の続きをしている。向かいの同僚も何を悩んでるのか座ったまま俯いている。昨晩は合コンで醜さを打ち消すほどの肩書きを武器に今朝まで騒いだとか、いつかの思い出を背景にして日々微笑む彼女が今朝はつれなかったとか、そういうのだろう。気に入らない。』(ツイートする)。

『上司を含め、この場にいる皆が猫背になっていることに気がついた。気がついたからといって何かが変わるわけではない。きっとこいつらは定時に猫背を捨てたまま夜の町へと消えていくだけだ。そして明日になったら、どこからかまた猫背をしょいこんでは捨てに来るのだろう。』(ツイートする)。

『少し曲がった森の中でオレは言葉の綾取りで書類を作っている間も、天井のエアコンは温暖化防止のポスターを揺らしている。この税金で構成された森を見て、区民は何を思うだろう。以前そんなことを考えたが、昼のワイドショーに高笑いする先輩のせいでうやむやにされた。オレはまだ葉が弱く揺れている。』(ツイートする)。

『ここにいる木々は多種多様の装いをしているはずなのに、オレにはすべて同じ白色に見えた。色では区別が出来ないから木々の名を呼ぶ。名を呼ぶだけで動いて止まって振り向くなんて一種の魔法みたいだ。たとえ一瞬でもオレは森林を思うまま操ることを許されている。そんな泡沫に今日もまたすがる。』(ツイートする)。

『夕暮れのチャイムが鳴ったから猫背を捨てようとした。だけど今日は、向かいの同僚に先を越された。隣の後輩はスマホの魔法に操られていて、まだ木霊に気づいていない。』(ツイートする)。

 ラブソングが溢れた時、アタシたちは踊る以外に何ができただろう。かつて走ることを愛していたこともあったけれど、ラブソングに合わせて疾走することなど誰ができるのか。簡潔な事実に気づけた人のふくらはぎにだけ旋律は優しく導いてくれる。

 いつのまにか酔いの足取りがステップと称され、時代はそれを軽快だと認識した。アタシたちのあのラブソングは霧のように甘く、樹海のように魅惑的だった。あの旋律の前でだけカレとアタシは踊り明かせた。ただし、こぼれる血を抑えるようにきつく身体を寄せ合わせなければいけなかった。そうしなければたまらなく痛いのだ。ストレスの捨て方すら忘れたカレを救いたかった。都合がいい女、なんて思われても構わない。少なくとも今はそれでよかった。苦しみを奪えるのなら浴びる血の形だって知りたい、それが人の性でしょう。触れ交じる肢体のダンスは心憂いほど慕わしくて安心できた。その抱え込んだ顔がアタシをくすぐるから世界を放棄する覚悟もできていた。

 前々から感じていたことが二つある。良き理解者ほど砂糖菓子が似合う言葉はないことと、アタシはラブソングに対して必要以上に踊りすぎたこと。だけど後悔はしていない。そもそも余命を合わせるまで連れ添うのが恋だと思うし、そんなバカを本気で叶えることが愛だと信じている。それにカレは走っていた頃のアタシに似ていた。だからこそ分かるの。期待に応えられないのではなく、ただ単純に夢の果てで疲れていただけだと。まだ気がついていないだろうけど、もし運命があるとしたら誰かと誰かの努力の間にあると思う。何の映画に出た台詞か忘れたけど、その台詞が今のアタシを新たに躍らせた。

 カーテンからの知らせで目覚めた横顔のカレは吐息のように漏らした。

「しあわせになりたい」

「しあわせになれるよ」

 そこに追伸を加えたらカレは泣いた。

 まだしばらくはアタシがあやす番だ。

 賑わう駅のホームでワシは一通の訃報を受信した。

 そもそも居たのかすら忘れるようなアイツが死んだことに悲しむ気など毛頭ない。むしろ逃げたと思えば笑止千万、周到なコメディとも呼べる。だが現実はどうだ。このメールを受信した奴らの中でアイツは逃げたどころか未だにのうのうと画面を光らせて生きてやがる。許せない。恐ろしい。なんて厚かましい奴なんだ。定年まで営業成績が冴えなかったアイツがたとえ一瞬でもワシより目立つなど有ってはならない。何なら接近メロディが示すあの電車に乗って殺しに行きたいぐらいだ。だけど、もう、殺せないことが憎い気持ちをひたすら腫れさせる。誰かから見たら老いぼれの終わりと罵るだろうが、だけども、どうしようもない気持ちに駆られたワシは前に並ぶ制服とスーツの隙間から偶然に見えた、過去のどれかに繋がっているであろう、凛々しい夕射の筋に受信したスマホを衝動で託した。

 賑わう駅のホームでワタシは一通の朗報を受信した。

 妻が妊娠した。いや、正しく言うと明日の妻が妊娠した。それを聞いた今朝の段階では検査薬が反応したまでだったが、今到着したLINEには医師の確認を貰ったと記されていた。ちなみに焦りより嬉しさが勝って、ベッドの上でプロポーズもした。もちろん有るべき順序もメチャクチャだし、やはり世間体も有るので、職場には少し落ち着いてから報告しようと思う。だから区役所職員の特権でひと気が少ない定時終了後に婚姻届を取ってきた。

 生まれてくる子どもを大事にしたいから一番前に並んだ。気がつけば今日一日そればかり考えている。大切な人の中から明るい未来と小さい歴史が始まる。明日を考えることがこんなにも楽しいことだなんて、この歳まで知らなかった。

 ワタシにとって、すでにありふれたことにも感動を覚えていた。名前は親が子に渡す最初のプレゼントとはよく言ったもので、それだけでも妻と何ヶ月楽しめるか見当もつかない。接近メロディを聞いたワタシはとりあえず興奮とスマホを胸ポケットにしまった。そして見上げた瞬間、信じないかもしれないが、視界にワタシと同じスマホが宙を飛んでいた。

 これはいわゆる父性の芽生えなのか、発作的に画面向こうにいる宙ぶらりんの我が子を救おうと、勢いよく手を伸ばしたワタシは――。

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 本作品は「第三回教養のエチュード賞」に参加しています。

 また、簡単な自己紹介も兼ねた《あとがき》ですが、企画主催者である嶋津亮太さんの概要説明内にあるコメントの一文、

このコンテストに応募するということは、ある意味、ぼくへの手紙だと考えることができます。宛先のある手紙には、読む責任が生まれます。

を読み、私はこのコンテストを嶋津さんが広いネット界に向けた《ひとつの巨大な手紙》だと考えました。そこで、ここではあえて必要以上に書かず、コンテストの結果が出てから《ひとつの手紙の返信》という形で再び投稿します。ですので、コンテストが終了した後も、もう少しお付き合いいただけたら幸いです。

 客観的に見たら、まだまだ至らない部分が目立ちますが、現時点で思う自分の好きな文の表現に近づけたので、厳しい審査と楽しい祝祭を心から楽しみにしています。

 長くなりましたが、どうぞ、よろしくお願い致します。

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