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『中国新興企業の正体』を読んで

 米国のGAFAに対して、中国のBATHというのが急成長している。それぞれ百度(バイドゥ)、アリババ、テンセント、ファーウェイの頭文字をとったものだ。
 実際、ユニコーン企業の数でいうとアメリカについで中国が圧倒的に多い。アメリカが世界の半分くらいを占めているが、25%は中国、日本はわずか一社だけという惨状だ。
 日本の教育現場の地盤沈下に始まり、やがて科学技術や基礎研究の面でも完全に立ち遅れてくるだろう。
 まあ、日本の現状が嘆かれるのも、この本を読んだときに思う感想の一つである。
 あれだけ閉鎖的な管理社会だったはずの中国だが、蓋を開けてみると国家より個人の持つ行動力や実行力は目を見張るものがある。
 中国新興企業と言っても、いろんな企業があるので全部に当てはまるわけではないが、ほとんどの会社の創業者はアメリカ留学経験があるということだ。
 何も珍しい話でもなんでもなく、明治維新のときには偉い人はたいていイギリスかアメリカに留学している。時代が変わっても、結局成功者(要するに欧米のこと)は変わっていない。そして成功者になる最も近道は、成功者を真似することである。
 アメリカでの留学の他に、アメリカ企業での勤務経験のある人も多かった。勤務経験のある人は、そこでのコネを活かして融資を引き出したり、人材を引き抜いたりしている。この巨額のアメリカマネーが、そのまま中国の成長を牽引しているんだなぁ、という感じである。00年代は日本企業の中国進出が一番盛んだった時代だが、日本から引き出せるものを引き出したあとには、アメリカという投資家を味方につけていた。アメリカの10年代の経済成長も、大局的な見方をするなら、こういった対中国企業への投資がうまくいった成果もけっこう大きいのかもしれない。
 00年代は国家主導で投資が誘致され、日本企業がそこに乗っかった。しかし10年代は個人が起業した分野に、米国民間企業(と言ってもGAFAなどの超巨大企業が多いが)が投資して、うまく軌道に乗せている。
 日本企業でも、ソフトバンクはアリババに投資して、莫大な利益を得ている。投資した時期もアリババの黎明期で、孫正義の先見性や人を見る目にはやはり侮り難いものがある(もちろん、成功例の裏でおびただしい失敗投資もあるんだろうけど)。さすが「前髪がついてこれないほど前進している」男だと感心した。そういう孫正義もアメリカ留学経験者なんだよな……
 さて、国家主導ではないのだが、それでも中国は国家の役割が大きい。途中から国家が主導してベンチャーキャピタルを創設して、ベンチャー企業や起業を後押ししている。
 最近、Huaweiが中国政府から補助金を総額で5兆円近く受け取っていた、というニュースがあった。Huaweiは反論しているが、個人的には99%受け取っているだろうと睨んでいる。
 中国は紀元前5世紀ごろに『孫子の兵法』というもっとも有名な兵法書で「情報こそ戦争を制する」と喝破してる。近代になってからも情報戦の強さでは群を抜いており、中国の発する情報、というのは全て情報戦を制するために発せられている、と考えるほうが自然だろう。だから日本人とは違い、そもそも「嘘はいけない」などという概念がほぼ存在しないと考えた方がいい。もちろん、身内や親しい人同士では嘘はいけないだろうが、外部の人間や他人に対して、そこまで律儀であることを期待するのは間違いだろう。
 中国の基本原則は「騙された方が悪い」なので、「中国や共産党は嘘つきだ!」と避難したところで何も始まらない。騙された方が悪いのだ。
 というわけで、Huaweiも自信満々子で「補助金なんて受け取ってない、事実無根だ!」と主張しているわけだが、そんなワケあるかいということである。
 すでに中国の人件費は、高級社員クラスだと日本より高いくらいなのだ。
 昔なら人件費の安さで価格勝負できただろうが、今の中国でそれができるとは到底思えない。日本でも価格で全く勝負できないのに、Huaweiのあの性能であれだけ安価にできる、というのは中国政府の補助金が無ければ不可能ではないだろうか。しかもHuaweiは売上の15%くらいを研究開発費に投入している。利益ではなく、売上、である。
 そう考えると、政府の補助金の存在は疑う余地がないと思う。
 こういう補助金はどの国もやっているのだから、むしろ「どこの国でもやってるでしょ」みたいに開き直ればいいのに、全力で否定するところもおかしい。
 アメリカの農産物のように、補助金で値段を下げて輸出しているのような気がする。
 さて、では日本の方はどうだろうか。日本にも同様の制度はあるが、全く成果が出ていないのは最初に話したとおりだ。ユニコーン企業が全く出てこない現状、日本のベンチャー政策は完全に暗礁に乗り上げたと言える。
 肝となるのはアメリカ留学をもっと促進すること、ベンチャーにもっと投資すること、起業できる風土の醸成、などであろうか。
 どれも一朝一夕に成し遂げられることではないが、政府のやろうとしていることが中途半端でどれも決定打に欠ける。
 Huaweiは政府補助金という「チート」をしている! と主張している人はよく考えてもらいたい。
 ビジネスとは勝つための戦争なのだ。
 某野菜王子もナメック星で言っていた通り、「戦争にきたねえもクソもあるか」なのであって、最終的に勝つためにどうすればいいのか、真剣に考えるべきだ。
 政府の補助金が有効なら、日本もどうように補助金を有効につぎ込むことを考えるべきだろう。
 正々堂々戦うのもけっこうだが、今の日本にそれだけの余裕があるとは到底思えない。ズルでもチートでも、使えるものを使って勝ちにいかないと、後世に何も残せなくなる。

 そもそも中国は政府自体が言ってみればベンチャーみたいなもんである。日本はアメリカ軍の占領などを経たものの、基本的に支配者はそう大きく入れ替わっていない。天皇という世界最古の王室も、これからもまだまだ存続していくであろう(別に天皇制に反対しているわけではないのであしからず)。
 一方、中国では300年続いた清王朝は完全に崩壊、跡形もなく消え去った。その後は国民党と共産党による血みどろの戦いを制して、共産党が支配権を確立した。
 建国からせいぜい70年くらいで、国家としてはアメリカより若い。硬直し始めていると思うが、まだまだ思ったよりは新陳代謝の活発な状態なのだろう。
 本書で紹介されている多くの新興企業が、事業がある程度大きくなってさらに事業拡大したいときに、政府系のベンチャーキャピタルから支援を受けている。でもまあ、一番額が大きいのはやはり米国企業の投資だろうか。1元=15円くらいだが、1ドル=110円くらいである。通貨そのものが持つパワーが桁違いだ。それまでベンチャーだった企業が、いきなり数千万ドル=何十億円というお金を一気に手にすることができる。というか、それくらい投資している。これは急速に事業拡大したいベンチャーにとっては大いに助かるだろう。こういった投資を着実に設備などに投資すれば、そのまま投資額が企業価値となり、あっという間にユニコーン化する、というカラクリのようだ。
 さて、一番大きな新興中国企業の特徴だが、これはもう、「アメリカの産業をパクる」ということに尽きるだろう。
 様々な新興企業が本書で紹介されているが、そのどれもが聞いたことあるビジネスだ。これは中国で発展して有名になったから、ではなく、ただ単にアメリカで行われている事業をほぼそのまま中国に持ってきてるから、ということだ。
 しかし、結局のところはアメリカのパクリ事業だったとしても、「会社を作って育てる」ということは並大抵のことではない。最初は人も金もない中で、事業を拡大していかなくてはならず、そこで発揮される創業者たちの創意工夫や情熱、リスクに立ち向かっていく行動力などは、どの時代、場所の起業家たちにも共通のことだろう。
 逆にいうと、日本は「パクること」すらうまくいっていない、ということだ。アマゾンに勝てる企業があるだろうか。アップルに対抗できるようなスマホやPCを作る企業があるだろうか。
 中国にはある。

 ただ、中国新興企業の欠点として、本当に新しい製品を生み出せるか、というところだと思っている。ジョブズがスマホを生み出したように、新しい製品ジャンルやサービスを生み出せるようになれば、本当の意味で中国が世界の経済をリードしていくことになるだろう。
 ただ、その日が来るのかどうかまではわからない。仮に中国が新しい製品を生み出したとしても、これもまたアメリカがすぐにパクリ返すだろうことは目に見えている。
 これに関連して、もう一つ欠点を上げておくと、「海外進出に弱い」ということだ。
 アリババにしろ百度にせよ、テンセントにせよ、中国国内でのアメリカ版〇〇に過ぎず、日本ではほとんど馴染みがない。ここらへんはアマゾン、フェイスブック(実はインスタもやってる)、グーグルにくらべると天地ほどの差がある。本書の中の新興企業の中で日本でも知名度が高いのは、せいぜいファーウェイくらいではないだろうか。格安のスマホが日本のシムフリースマホ売上トップだった時期もある。また、PCも作っていたが、その評価もかなり高かった。米中貿易戦争でほぼ海外進出を潰されたかっこうになるが……
 中国は国家が情報統制を行うので、海外の企業の進出を制限していた。そのせいで、残った莫大な国内市場を自国企業が抑えることができた。結局は国家と民間企業がうまく噛み合った形になる。
 上昇期の組織というのは、意図せずしてこういう相乗効果やシナジーを生み出すものである。
 ただし、こうやって「保護された市場」で発達した弊害もあってか、先程から言っている通り、中国国外への進出という面では、かなり立ち遅れている。
 そりゃそうだろう。アップルのiPadと、ファーウェイのメディアパッド。値段が同じだとしたら、どちらを買うだろうか?
 おそらく日本人のほとんどはiPadを選ぶだろう。わざわざ中国産のよくわからないタブレットを買おうとする人はいない。というか、そもそも「メディアパッドって何?」状態かもしれないが……
 同じ土俵で勝負すると、全く勝負にならないのはファーウェイもわかっているため、コスパで勝負するしかない。性能もかなり頑張ってます、でも値段も安いです、という具合だ。
 そのため、まだまだBATHはGAFAに匹敵できないでいる。しかし、先のことは誰にもわからない。トランプ大統領の米中貿易戦争など、それ以前に予想したやつがいただろうか。
 未来は誰にも分からない。
 中国新興企業が、新たな製品やサービスを生み出して次のブレイクスルーを成し遂げるのか。あるいはインドなど他の新興国へ進出して世界的なシェアを取っていくのか。
 本書は少し中国よりで提灯記事的なところはあると感じたが、そこらへんを割引してみても中国新興企業は侮れない力をすでに持っていると感じた。
 創業者が若い人が多く、まだまだこれからも現役で頑張ってくれるだろう。
 だが、日本人としてはやはり日本の新興企業に一番期待したいので、誰かこの本を読んで、負けじと起業して欲しいもんである。
 ジャパンディスプレイぇ……

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