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多服


 全くやることがないわけでもなく、全くしたいことがないわけでもないし、まったくやる気がないというわけでもないのに、まったく何もしていません。というのもそこそこ嘘で、美術展行ってみたり、ちょっと大きめの買い物はしてみたり、運動習慣つけたり、本読んだり、映画見たり、写真撮ったり、さまざま、行ってはいるものの、これと言って記すようなことがないような気がしてきて、たまに日記をつけようとしては諦めるっていう、そういう感じの、最近です。一個一個、もう記憶がおぼろげなので、本当に忘れてしまうまえに、覚えている最近のことを、まとめておこうと思うよ。長くなりますけど、暇つぶしにどうぞ。おすすめの店とか紹介してる程度のよくある記事です。
 項目ありすぎるので、目次つけとくね。気になったとこだけ読んでくれてもいいよ。

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1 『建築をみる2020 東京モダン生活 東京都コレクションにみる1930年代』に行ったはなし

 先日、庭園美術館に行きまして、アール・デコの立派なお宅訪問をしてきたわけですが、もう痺れるくらいの良さがあって、あんなにも興奮したのに、なぜか書き記すまでの余力がなく、いつ書こうか迷っているうちに一ヶ月近く経ってしまったワ。東京モダン生活、というタイトルのこの催しは、庭園美術館、つまるところ旧朝香宮邸の当時の様子や家具の様子の解説、それからその頃の時代の人々や暮らしや生活の、展示物がたくさんおいてありまして、いわゆる、モガだったりモボだったりという人々たちが、ギンザだとかでわらわら夜を照らしていた時代の総集もあったりして、見応えが満点でした。アール・デコの様式は、装飾がなんというか幾何学模様で、空間に存在することで随分と機能的な印象を受けるなと。私は旧朝香宮邸をみてとくに、照明がお気に入りです。とっても愛らしいので、天井を見上げたりしました。壁だとか床も、見れば見るほど面白かったので、少しばかり会期が延期していたような気もするので、気になる方は是非。も、もういっかい、行きたいとさえ思っちゃったわヨ。私はね。
 というか、この日、馬鹿みたいに足がむくんでて、靴が入らなくて泣いた記憶があるんだけど、なんだったんだろうな、あのむくみ。

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2 『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』に行った話とカヤトーストが食べたかったはなし

 これは、最も最近なんだけど、ロンドン・ナショナル・ギャラリー展に行ってまいりました。その名の通り、ナショナルギャラリーから作品が西洋美術館にやって参ったというもので、日本でも人気の高いゴッホのひまわりなんかが見れます。友人と行こうとなって、調べると、日付と時間指定のチケットをオンラインで購入、または予約の形式らしくて、実際に行くと人数も限られているから、いわゆる密は避けれるし、作品に人がばかみたいに群がることもなくて見易くて、最高じゃん!とずっと興奮していました。正直いうと見る価値ばかりなので是非行って欲しいところ。あの画家も、この画家も!ぜ〜んぶココ!って感じです。絵画展示をみることの良さは、規格や筆運びや材質や額縁までを、きちんと肉眼で理解に至る感覚が得れるところですわよね。ゴッホの「ひまわり」なんては実にそうでありましょうて!ねえ!
個人的におすすめしてもいい?カルロ・クリヴェッリの「聖エミディウスを伴う受胎告知」と、ライト・オブ・ダービーの「トマス・コルトマン夫妻」と、カナレットの「ヴェネツィア:大運河のレガッタ」と、レンブラントの「34歳の自画像」と、モネの……ゴッホの……つって、正直全部おすすめです。
 もちろん、ナショナルギャラリー展なわけですから、その歴史と、イギリスからみた、西洋美術のめぐりっていうのを、見ることができて、本当にいいわよ。たくさん言いたいことはあるのですけどね、どんどん忘れていくんだわ。
 「ひまわり」は、想像をしていたよりも繊細だった。エネルギッシュでパワフルで、でも繊細で、こぼれちゃいそうな思いが在ったんだと思うんだが、それと同時に、想定外なことで、センシティブだった。花弁はさながらレコードで、あれを寝室に飾ったりしたらどうなっちゃうんだろうと思った。

 この日、久々に上野に行ったら、公園口がかなり変化していて、一緒に行った友人と大はしゃぎしました。アクセスが良くなることはいいことだよね。
 シンガポールではメジャーだっていう、カヤジャムっていうものを挟んだトーストが食べれるからって言って、美術展行った後に立ち寄ったらあ〜らら、悲しい話にまだジャムが日本に届いていないって言われて、よくわからんコーヒー飲んで終わった。カヤジャムっていう、スーパーミラクル美味しいジャムがあるんです。幼い頃に、汚い実家の台所で午前10時ごろ、食べた記憶があるんですけど、トーストの両面にカヤジャムを塗って、バターをはさんで食べると死ぬほどウマいんですよ。これを、この間ネットサーフィンしていたら突如思い出して、調べたら日本初上陸のお店で提供するってんで、テンション爆上げで行ったところ、どうやら日本と向こうとではなんらかの規約?が違うからなんかつって、輸入に問題があって、オープンに間に合わず、コーヒーと軽食しか提供できていない状態だそう。
 新宿にあります。よかったら、ジャムが輸入された頃にでも行ってみてください。私もいくので。
 Ya Kun Kaya Toast

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ちなみに食べたのはこれ。友達に8割あげた。
向こうでは、コーヒーのこと、コピっていうの。シンガポールいったときアイスコーヒーつってんのにコピってめっちゃいうからなに!?!??!と思ったら、そこそこ歴史があるそう。ちなみにコピちゃんはとても甘いコーヒーで、ブラックっていうのはもしかしたら無いかも。


3 髪を切ったはなし

 髪を切りました。ピックアップするようなことでもねえだろと思われがちな行為ですが、違うんです。なんだかこだわり抜いた妙な髪型のつもりだったんです今まで。それをようやく、髪型から、根本的に変えました。美容師さんには、「本当にいいんですか?たぶん、元に戻したいってなったら、三年とか掛かっちゃうかも」って言われて、やだどうしよヤダァ〜!とも思いましたが、なんだか、どうでもよくなっちゃったので、切ってしまいました。そんなふうなことがあってもいいかもしれないと思ったし、なにより多少いい加減に生きてみないと、いつまで経っても脱せないんです生活から。髪型に強いこだわりがあったのか?と問われると、そうかなあ、でも、こういう感じの髪型にしてみたかったし、楽しいし、それにちょっと長い髪が好きなんだよ。ってな程度の、ふんわりとしたものを、いつの間にか自分のこだわりだと落とし込んで、勝手に苦しくなっていたような気がしたので、思い切り、切って、しまった……。ついでにめかぶみたいな色をしていた色もやめて、黒にしてみた。わ〜い。
 でもほんとはね、違うんだ、そろそろ髪型や色が派手だと、なんだか逆に舐められている気がしたんだ。だってヤンキーだものね、世間一般的に派手なのって。ひとつ輪からはみでたものが、ヤンキーなんだもの、それが私になっていくのかとおもって、やんなっちゃうなって、ほんとは怖気付いただけなのよ。笑ってちょうだい。
 前からよく「椎名林檎みたいじゃん」と言われていて、やだなと思っていたけど髪を黒にして短くしたら、なおさらそれっぽくなってしまった。好きな人に無意識に似ていく感じがして恥ずかしい……。N先輩に「椎名林檎みたいになっちゃったと思いません?」って聞いたら「前々からそうだと……」って言われてワアアアアアアア。若干の自覚はあるのが、また、苦しいもんだわよ。

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以前はこちら。ああ意外と自分の写真って持ってない。


4 筋トレがんばってるってはなし

 これは声を大にして言いたいんですが、筋トレがめっちゃ続いているんです。なんか気持ち悪いほど筋トレを中心に今の生活が回っているんですね。多少痩せたのか、筋トレして披露してやつれたのかが原因かはわからないのですが、顔小さくなった気がするよと久々に会う人に言われるので、もう全力ハッピーです。なんのおかげかは分かりませんが。しかし、多少運動習慣をつけると、体はやっぱり変わるもんです。普段からしてなかったらなおさらね。とりあえず腹の横が凹んだのと、姿勢はよくなりました。これは、本当です。
 必然的に、運動をすると、それに準じて生活の内容も変わってくるので、前よりは確実に規則正しい生活から食生活を満たしていて、実に素晴らしい日常を送っているような気がしたのですが、なぜか生理が止まり、そこだけが理解できません。調べると、なんだか、無月経に関しては結構体重だとか体脂肪の関係性が大きいらしく、一年当たりこのくらい減ってしまうと無月経に至るリスクが高まるとか、そういうものがあるらしい。
 ちなみに、私が体重だとか体脂肪だとかと丁寧に計測し始めてから、本当のところ「1」も減っていないので、これは突然筋トレの習慣を身につけたからなのではと疑っていたのですが、おそらく、私が筋トレを本格的に生活に取り入れる前すでに、一年前から6キロほど体重が突然落ちてしまったので、原因とすればそこではないだろうかと思う。もうどうしようもないですね。過ぎたことですし! とはなれない。正直めちゃくちゃ怖いのでまだ続くようであれば病院に行かなくちゃいけないのだけど、病院という機関が苦手なのでどうしようかなとぐずぐずしています。筋トレは身の丈にあった程度のものにしましょうね。
 筋トレをすると痩せるということは特に無いですが、筋トレをするときちんと体が変わるのと、成長が思ったよりも分かりやすいので結果がついてくるっていう感覚が得れるのは、本当に本当に本当におすすめです。筋トレするにあたって参考にしているかわいい女がいるのでおすすめしておきますね。


 かわいい顔してさ、やってることバケモノなんだよな。


5 Nちゃんと遊んだはなし

 Nが家に来たので世界を創造したのちにぶち壊し、サイダーに入れて奥歯で咀嚼してやりました。

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 ほんとうのところ、これは琥珀糖の予定だったんですけど、私は大馬鹿なので砂糖を入れ忘れたのでした。もう、笑ってくれよ。おれはそういうやつだよ。

 Nとは、たいてい家で遊ぶと夜中に酒を飲んで映画をみたのちに、妙に興奮して眠れなくなってしまって、ゲラゲラ笑いながら手元オボツカズクッキングを始めてしまうのですけど、この日は宝石みたいな琥珀糖を夢見て良くわからない幻想世界を作ってしまう日でした。ちなみにこの日にみた映画は、日本版SUNNYです。ダイエット目的で一ヶ月禁酒してたのですが、解禁されて飲んだ久々の、たった7パーセントアルコール350mlのせいで、脳味噌がバグって最初から最後までずっと泣いてた。ティッシュが山になるほど泣いてた。女子高生二人が屋台で酒のんで大泣きして抱きしめ合ってるシーンで足バタバタさせて泣いてた。今思うと恥ずかし過ぎてツライ。でも酔い覚めたとき、不思議と頭がスッキリしていたので、たぶん悪いことはなかったんだと思う。禁酒すると体がアルコールを忘れて大変なことになるんだなあと思いました。お気をつけあそばせ。


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  棺桶のまえで食事を試みるNの写真。わたなべ家にはわたなべ手作りの棺桶がある。はやくどうにかして捨てたいんだけど、せっかく頑張って作ったので壊すのも気が引けている間に萎びてしまっています。棺桶を作ったのは別に全然趣味とかじゃ無いです。


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 壊しました。


6 映画をみたというはなし

 もう時系列とか気にせず書いちゃうんだけど、最近見た映画の話をしておこうと思う。映画の先生がいつだったか、もう20を超えたあたりから、映画を見てもその映画のことをどんどん忘れていくし、これは映画に限らずそういうものになっていくから、若いうちに意識して見ておくのが大事だよっていう言葉をくれて、うっそだあ、と思ってたらほんとだった。ので、ちゃんと見たやつはちゃんと書いておこうと思いました。思うだけ。これがだめ。知ってる。
「バグダッド・カフェ ニュー・ディレクターズ・カット版」
 死ぬ前に見れてよかったなって感じの映画でした。これは、Amazonprimeにまさか無いでしょと思って探したらもちろんなくて、そこからWOWOWのシネフィルに飛ばされて見ました。青い空とさびたタンクとデッキブラシが一度見たら忘れられなくなっちゃうのと、時間が流れていくことの心地よさが感覚としてめちゃくちゃ良いです。ジャスミンという迷い込んできた女性と、怒りの導線が常に焼き切れてしまいそうな女主人ブレンダの、かわいいかわいい生活の話で、まあチャーミングなバーテンだとか俳優のような画家のようなガンスリンガーのような爺さんだとか、ねえ、まあ、すごいいいのよ。
 この映画は、去年、私生活や学校生活やで見えないもの(鼻で笑うところ)と戦い続け疲労困憊し完全敗北し、ゴミ人間と化した私を哀れんだN先生が、おすすめしてくれた映画だった。きっと私のことを女主人のブレンダと見たのだろう。もうまさにあんな感じだったんだもの。三夜連続でサイゼで大泣きしたり、公園で友達に一晩中背をさすられたり、アトリエで自分の無力さに嫌気がさして大暴れしたり、些細なことで泣いて怒ってもう気が狂っていた。それがまさに去年。そんな状態でものづくりをして、一体なにができたんだろうと不安にもなるが、それがエネルギーだったんだろうなとも思うし、その生き方でなんとか形になったものも多かった。けれどさめぬ憎悪感にN先生は手を差し伸べてくれたんだから、ほんとうに、いいひとなんだよなあ。お世話になったなあ。
 といったような背景もあり、楽しくて、おもしろくて、感覚にも視覚にも訴えかけてくるものがおおくて、いい映画だなあと思った次第です。砂漠に花が咲くような映画です。

 次、「音楽」という映画。
 久々の新宿武蔵野館じゃ〜い言うて、友達と西口の小田急改札前でルンルン話し込んでいたら、全力で迷って全力で走る羽目になりアアアアアアアアア。西から東とかいう移動に関しては、本当に気をつけなくちゃいけないよそれが新宿駅だよ。忘れてたわけじゃないんだけど、久々に外出したということもあり、そういう感じ。
 ロトスコープで七年をかけて一人で制作されたアニメらしく、まずその時点で、よく作風というか、なんかくせとか変わらずに書き続けられるもんだなプロなんだなと思ってびっくりしてしまった。原作はしらないので映画ではじめましてなんだけど、不良三人組が思いつきでバンドをはじめていく感じの映画なんだけど、思いつきというにもなんだか劇的に必然的みたいなとこもあるし、ちゃんと音楽を好きになっていったんだろう、ライバルというか影響をもたらしていくバンドの存在とか、特有で意識的な間の使い方とか、やっぱりロトスコープだからだと思うけど、歩き方とか姿勢とかにくせがあって、見ててずっと楽しかったです。久々の映画館っていうのもあったかもな。一個ずつ席あけてゆうゆうとみれるの、すごくないか。すごいよなあ。めちゃくちゃ楽しかった。キャストもいい感じだし、なんかどういうこと?って感じの贅沢な使い方をする面もあって、舞台がどこかはわからないけれど、みたことあるようでないような風景とか、かっこ良くて綺麗で超どきどきするよ。楽しかったのでおすすめです。やなやついないし。
 ちなみにこの映画はN先輩に教えてもらったしなんならN先輩の前売り券でみてしまった。めちゃくちゃありがたい。ありがたすぎる。N先輩は現金が足りてなくて大慌てしてて申し訳なかった。
 ここまできてふと思ったんだけど「N」と名のある人に人生助けられてる。すげ。スピリチュアルなことは信じないようにしてるけど信じとこ。


7 占いのはなし

 占いとかをみてるとき大抵心に余裕がない。ときだと思っています。占いを信じているわけじゃあないんだけれども、なんだか欲してしまうのは、たぶん誰かからの言葉が欲しくてそれに縋ってでもなんとか生きなきゃいけないときなんですのよ。去年、心も体も空っぽで、体調も崩しまくって、いろんな人に迷惑をかけたりして、切なくて仕方がないとき、いつも占いをみてた。寝る前に、明日の占いとか読んで、派手に一喜一憂してた。血液型占いも、星座占いも、誕生日占いももちろん全部信じていないし、馬鹿にしているし、っていうか血液型で人のこと区別する人間のこと大嫌いですし。でも占いをみたりしてるのは、それを信じたいとか、その通りに報われたいとかいう欲が、あるんでしょう。最近占いをみてるわけじゃあないんですけど、ふとTwitterで占いが流れてきて思い出したってわけです。けれどねえ、あのね、占い師というか、そういうひとたちの言葉ってなぜか身にしみたりすることが多いのは、わかるのよね。だから、その言葉遣いに惹かれてしまうような、気持ちはわかる。私もそんなふうに、ひとのこと元気にしてあげたり、幸せにしてあげたりする言葉遣いのできる人間になりたいと思ったのね。はは。あんまり占いのことを良く思っていないのに、なんとなくみてしまうことの、それは、報われたいと思ってしまう欲と、占い師の素敵な言葉遣いを尊敬してるからなんだろうなって、思いました。



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