正実のなんでもICT相談室リターンズ その174 「英語における探究って何だと思います?」の巻

今日僕が作る動画はないですが、これみてください。少し世の中の進む方向が見えてくると思いますし、僕は進学型普通科の未来はこうなんだ!というのが少し見えた気がしました:https://www.youtube.com/watch?v=gpU9INBHAXI (消えるかもしれないので早めにみておいてください。)

Aさん: ということで、千葉県は平成帝京大学にて行われた「エンジン01 市原」イベントで感じたことをまとめていきたいとおもますよ。ここでは、日本の伝統と革新が融合していたね。特に、茶文化と現代テクノロジーの組み合わせが印象的だったよ。

Qさん: 現代テクノロジーと茶文化の融合って、どんな具体的な事例があったの?

Aさん: たとえば、落合さんの話だと万博パビリオンが実は茶室体験のフレームワークを様々な要素と入れ替えて再現したり、伝統的な茶道の精神を現代のライフスタイルに取り入れる試みがあったよ。

Qさん: それは面白いね。日本文化の新しい表現方法として、どんな影響があると思う?

Aさん: 日本独自の文化アイデンティティを保ちながら、西洋とクロスオーバーする要素と入れ替えて、茶の精神が分かりやすくするとか、西洋でもない中華でもない新しい価値の発見や、より多くの人々に伝統文化を理解しやすくする効果があると思う。また、異文化間の交流の場としても機能するといいなぁ・・と少し万博行きたくなりました。

Qさん: 確かに、文化交流は重要だね。異文化からの視点を取り入れることで、新たなビジネスチャンスや社会貢献の道が開けるかもしれないですね。

Aさん: そうだね。イベントでは、異文化体験から得た洞察がどのようにビジネスや社会貢献に活かされるかも話題になっていたよ。

Aさん: 「エンジン01 市原」で特に印象的だったのは、茶道を通じて社会やビジネスのモデルを一般化・抽象化できる能力の重要性が強調されたことだね。アカデミアでは、こうした抽象的な考え方が求められているんだ。

Qさん: 具体的にはどういうこと?

Aさん: 茶道の精神や流れを、現代のビジネスや社会貢献の文脈に応用することで、新しい価値創造の方法を発見するんだ。例えば、おもてなしの心や細部への注意が、顧客体験の向上やチームワークの強化に繋がる。

Qさん: なるほど、伝統的な文化が現代社会にもたらす影響は大きいんだね。

Aさん: そうだね。伝統的な価値観や習慣を新しい形で活かすことが、社会全体の革新に寄与するんだ。

Q:ほほう、例えばどんな感じですか?

Aさん: この考え方を英語教育に活かすことを考えると、学生が早期に論理的思考のフレームワークを内在化することが重要だね。日本の学校では、英語を3年生からより探究的に学ぶ必要がある。(英語探究がない代わりに、英コミュⅢで探求的な学びが確立されてることを年間指導計画で現せという指示も出てるはず・・そしてそれに苦慮してる人も多いはず・・・)

Qさん: それはどのように実現できるの?
Aさん: 茶道の例から学ぶフレームワークを使って、学生がさまざまなコンテキストで思考を展開できるようにするんだ。この方法で、彼らは論理的な構造を理解し、異なる要素を組み合わせて新しい考え方を試みることができる。
Qさん: つまり、早い段階でこのタイプの思考を学ぶことが、彼らの英語学習における論理的なアプローチと創造性を育てるということか。
Aさん: まさにその通り。早期にこのような思考方法を身につけることで、学生は英語学習においてより深い理解と応用能力を養うことができるんだ。

Q:概念としては理解できるんですけど、現場感ではどんな感じだと思います?
A:いや、年間指導計画作ってて思ったんだけど、「教科書の素材を聞いたり読んだりして、取り上げられてる「現状の問題」を把握して、それに対して筆者がどんな主張をしてるのか、それはどんな理由からか、そして具体例は??みたいな論理の流れを追うことで「一つの世の中の切り取り方」をそこでインプットして、それに対する自分なりの考え方を構築する。これは「社会の課題をジブンゴト化」する作業だよね。で、ジブンゴト化できたら、それを誰かに伝えたい、ということでスピーキング。スピーキングでwordingがこなれたりいろんな考えを聞いて修正なり訂正すればいいわけですよね。で、最終的にそれを「誰かに報告するようなレポート文を書く」とか。場面設定のレパートリーはそれこそGPTで洗い出しとかすると面白いが、そうやってフレームは残して、コンポーネントをどんどん入れ替えて行くことでフレームワークの習熟度が高まるわけですよね。語彙学習がさせたいというよりは(語彙学習は延々続くわけですし)やっぱり英語らしい流れ、「つながりとまとまり」のある文章が書けるようになれば読めるわけですよね。書いたり読めればあとは音読やリテリングなどの「身体性が伴う言語体験」をどれだけ積むか。やはり文字だけだと「頭でっかち」になりがちじゃないですかね。そんな気がしました。AIも今年は身体性を獲得する年じゃないか?なんて予言もあったのでこのパネラーの人たちは要注意です。
Q:ではっ!

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