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海外配信が狙う「日本アニメ」価値の高め方

ソニーが取得し、重要視しているアメリカ発の「日本アニメ」配信企業・クランチロール。ソニーにとって海外展開の要のひとつと位置づけられています。

3月4日にはクランチロールによる日本アニメ作品の授賞式「アニメ・アワード2023」が”聖地”日本で初開催されました。グランドプリンスホテル新高輪「飛天の間」には、日本アニメ関係企業やクリエイターが集いました。

東京・グランドプリンスホテル新高輪「飛天の間」で開催された「アニメ・アワード2023」
日本のアニメ関係者など400名が集まった

■クランチロールは「日本アニメ」の世界配信インフラ

クランチロールは日本アニメ作品を、世界各国に配信・配給を行なう企業です。ソニーグループが買収で取得し、現在はソニーの子会社となっています。

詳しくは、ソニーには「日本アニメ」部門が国内と海外で2系統あり、
《日本国内》が「ソニー・ミュージックエンタテインメント」の子会社である「アニプレックス」。
《海外》をソニーの米国支社「ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント」が担当しています。
クランチロールは、米国「ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント」と、日本「アニプレックス」の2社が独自に運営する合弁会社になります。

今回お伝えしたいのは、クランチロールと彼らを通して見た
「海外配信と日本アニメ」についてです。

「日本アニメ」を世界各国に展開したいソニーにとって、取得したクランチロールが持つ配信網は魅力です。南米、中東、アフリカなど、これまで日本アニメ作品が届きにくかった地域を含め世界200カ国をカバーしています。
 
映像が水だとすれば、配信は“世界各国をめぐる水道管”
コンテンツ事業に注力するソニーが抱くクランチロールへの期待がうかがえたのが4月末のソニー決算発表でした。

決算資料の中でも言及がありました。

「世界最大級のアニメ専業DTCである
クランチロールの有料会員数が、3月末で1,070万人を突破」

(ソニー株式会社2022年度 連結業績概要より/2023年4月28日)

現在ソニーグループでは、コンテンツの多角的な運用を進めており、「ゲーム×映像化」など、グループ内で各事業を連携させる動きが強まっています。

ソニーグループは今夏以降、家庭用ゲーム機「プレイステーション(PS)」の10以上のソフトを実写化する。
米映画子会社に専門チームが常駐し、映画やドラマの量産体制を整えた。

クランチロールが配信する「日本アニメ」作品は数多く、アニプレックスやクランチロールが権利を持つ自社作品のみではありません
 
ソニーの意図としては「日本アニメ」の視聴人口が世界全体で伸びれば、ソニーが持つゲーム・音楽展開にも波及効果があります。人気が出たアニメ作品をプレイステーション等のゲームで展開する場合でも、その作品の世界的な認知度が高ければ、ゲーム人口も増えて収益を拡大することができます。

■日本アニメ産業にとって、海外普及の要が「配信」

ここでソニーとクランチロールから離れて、
日本のアニメ産業にとって「海外配信」がいかに重要かをお伝えできればと思います。
以下、日本動画協会が毎年発行している「アニメ産業レポート」も参照しながら見てきます。
 
アニメ業界で「海外市場」が注目され始めたのは2015年~2017年です。
2018年のレポートには、「2015年~2017年に高度成長を経て3倍の規模に成長」とあります。
2017年には、日本アニメ市場総計2兆1527億円の中で、海外収益が9948億円を占めるほどになりました。

レポートによると、海外市場の成長要因は《「中国市場の継続的な成長」「多国籍配信プラットフォーム事業者の台頭」「ゲームアプリなど高収益モデルへの展開」など》とのこと。
スマートフォンの普及と2015年Netflix日本サービス開始などの海外配信企業の台頭が、アニメ業界に海外を意識させました。
 
2021年には海外市場が1兆3134億円になり、国内市場1兆4288億円と双璧を為すまでに成長。
 海外市場の成長に大きな影響をもたらしているのが「配信」だと言われています。2020年コロナ禍以降、世界各国で配信が急速に普及。
 
『鬼滅の刃』『進撃の巨人』などの「日本アニメ」が配信を通じて世界各国でほぼリアルタイムに視聴できるようになりました。
日本のアニメ業界にとって「配信」が海外市場拡大の契機になったように、
多国籍企業、主にアメリカの配信企業にとっても映像ジャンル「日本アニメ」がインパクトを持ったのでした。

■世界での配信会社の会員獲得競争

今、世界各国で起きているのが配信企業によるシェア獲得競争です。
(「日本アニメ」を考える上で)“世界の覇権”と言えるのが、以下の三社。規模を表す「会員数」で比較してみます。

  • Netflix社の「Netflix」……有料会員数は2億3250万人。(23年4月/「2023年1~3月期」決算発表より)

  • ウォルト・ディズニー社の「Disney+」……有料会員総数は1億5,780万人。(23年4月/「2023年1~3月期」決算発表より)

  • Amazonの「Amazon Prime Video」……有料会員数2億人を突破。(2021年4月/Amazon CEOジェフ・ベゾス氏の株主向けニュースレターより)

各国のシェア競争は激化。こちらは人口が多く、世界の配信企業が参入を計画しているインドの各社シェア率です。

インドのSVOD市場シェア内訳(2020年、%)
「 インドのコンテンツ産業市場調査2022年10月」日本貿易振興機構(ジェトロ)より

インドではDisney+が強いですが、22年にはインドの国民的スポーツ・クリケットの配信権購入を見送ったので、2020年よりも有料会員数はやや落ちています。

クランチロールの会員数を比べてみます。
ソニー発表の有料会員数は「1,070万人を突破」とあり、他社と比べると少ないように見えます。
ですがクランチロールが基本としているのは「(広告付きの)無料会員」で、無料会員数は1億2000万人以上になります。「日本アニメ」に特化している点も合わせて考えると、日本アニメ産業にとって大きな影響力を持つ数字だと言えます。

■世界規模の配信企業も「日本アニメ」配信権を獲得したい

世界の各配信企業はさらなる会員獲得のため、常に映像コンテンツを求めています。
配信には映画、ドラマ、スポーツ、アニメなど大きなカテゴリーの中に、「韓国ドラマ」「日本アニメ」など様々なサブジャンルがあります。
配信企業が注目し、作品獲得に力を入れているひとつが「日本アニメ」。
理由のひとつは、視聴者の関心が高い上に、「制作費が安価」なこと。
配信企業による海外オリジナルドラマの制作費はこちらの記事に詳しいですが、実写ドラマの場合、1話あたりの制作費が10億円を越えることも! 
その点、「日本アニメ」は1話3000~5000万円と比較的安価に制作できます。(日本のアニメ業界からは「制作費をもっと上げてほしい」という声も聞きますが)

そしてアニメの特徴である視聴者層の幅広さ。子どもから大人まで、ファミリーで見られます(ファミリー層が獲得できる作品が覇権となるのは世界共通!)
配信企業が、会員数を増やす呼び水として「日本アニメ」に注目。既存作品の配信権を購入するだけでなく、自ら新規作品に出資、日本のアニメ製作委員会に参加するケースも増えています。Netflixが自社独占配信のためにオリジナルアニメ制作を始めた時も話題になりました。

■クランチロールが聖地・日本で大規模授賞式を開催した意図

これまで見てきた背景から、改めてクランチロールが優れた日本アニメ作品を表彰する授賞式「アニメ・アワード2023」を”聖地”日本で大規模に行なった意図を考えてみたいと思います。

アメリカからセレブリティが多数来日、グランドプリンスホテル新高輪で3時間にわたるオレンジカーペットでのフォトセッション、「飛天の間」招待客(アニメ作品クリエイターと関係企業幹部)およそ400人。まさに豪華絢爛。
けれど私にとって最も印象深かったのは、プレスルームから中継で見た授賞式でした。受賞した作品名が発表され、名前を呼ばれたクリエイターが登壇し、トロフィーを受け取り、コメントをしていく。その一連の流れです。

「最優秀コメディ賞」『SPY×FAMILY』でステージに上がった古橋一浩監督は登壇し、こうコメントしました。

「毎日僕らは楽しくアニメを作っているだけなのに、こんなに晴れがましい場に……今日が人生のピークですかね」

【「アニメ・アワード2023」授賞式 1:10:50あたり】
トロフィーを受け取る古橋一浩監督

監督の発言で、会場はほがらかな笑いに包まれていましたが、私はやや複雑な思いを抱きました。古橋一浩監督は数々のヒット作品を手がける日本でも有数のアニメ監督です。そんな古橋監督にとっても(リップサービスもあるでしょうが)、「人生のピーク」と言えるようなものだったのか……という思いがよぎりました。

今や日本アニメは世界中で配信されており、アニメ制作の規模も予算も大きくなっています。
けれども“クリエイター個人”が報酬や賞賛といった形で報われているとは限りません。

日本にも映画祭や各アニメアワードがあり、作品スタッフの授賞式が行なわれていますが、海外にまで発信力を持つ式典は多くありません。
宮崎駿、新海誠、庵野秀明など世界的知名度を持つ監督以外は、たとえ作品が何億稼いでも、監督、脚本、演出、作画、色彩、撮影等々、各セクションのアニメクリエイターにスポットが当たるケースは少ないと言えるでしょう。

海外のコンベンション(日本アニメ・マンガ・ゲームの総合イベント)には、日本のアニメーターや演出家など(声優以外にも)クリエイターが賞賛される場が良くあります。
「海外イベントにゲストとして登壇すると、ファンから熱烈なコールの歓迎を受けて嬉しくなる」というクリエイターの声はよく耳にします。
ステージ登壇者に対する「熱狂的な観客のコール」は日本とは文化的に異なるので一概に比較するのは難しいですが、クリエイターにスポットを当てる「晴れがましさ」の演出効果は、予想以上に大きいのではないかと考えました。

そして、クリエイターがステージに上がりトロフィーを受け取る姿を撮影してYouTube動画に残しておくことは、単なるアーカイブスではなく、クランチロールによる今後の「プレゼン」であるというのが私の考えです。

■「賞」が持つ意味、日本と欧米の違い

アワードで感じたのは、対象のスポットの当て方の巧さです。

受賞作品が発表され、英語で高らかに名前を呼ばれると、来賓席からクリエイターが前方に向かって歩き出し、ステージに上がる。そこをスポットライトが追いかけていく。
アメリカの権威ある数々の文化賞の演出と同じ華やかさを感じました。
(日本でも授賞式は多くあるのです。が、何が華やかに見えるのか誰か分析してほしいです)

アメリカはサブカルチャーと呼ばれる文化に「賞」をつけることで権威づけを行なってきました。映画にはアカデミー賞、音楽にはグラミー賞、演劇にはトニー賞があります。そして、授賞式でスポットが当たるのは監督や俳優ら“作り手”です。

日本では賞を「作品の出来」で捉えますが、欧米の賞の根幹には「人に名誉を、作品に権威を」という発想があると思います。
権威づけをすることが、作品とクリエイターの「価値を上げる」ことに繋がっているのです(※アメリカではトニー賞を取ったミュージカルのチケット料金が前年より跳ね上がるなど、価値=価格が直結していたり)。
日本で大規模な授賞式をしたクランチロールの意図もおそらくそこに繋がっています。

■クランチロールの目的は「日本アニメ」の価値向上

かつて日本のアニメの海外販売と認知は“偶然”に頼ったものでした。
80年代~90年代、日本のアニメ作品は1作品ごとに「売り切り」の形で販売されていました。海外の代理店・映像配給会社が、作品を所有する日本アニメ企業から「現地配給権」を購入。そしてその現地配給会社が現地のテレビ局に作品を売り込む。テレビ局が作品の放送権を購入することで、配給会社にお金が支払われました。

古い作品が、海外の特定地域で繰り返し放送されて、日本在住者が知らないうちに国民的人気を得ていたのはそうした理由です(『UFOロボグレンダイザー』がサウジアラビアで、『超電磁マシーンボルテスV』がフィリピンで人気を獲得)。
けれども当時は「売り切り」の契約。現地で人気になっても日本の権利元にはお金が入ってきませんでした。
さらには現地規制に合わせて編集改変されてしまったり、オープニングから日本人クリエイターの名前が消えていたことも多かったのです。

当時の海外配給企業には、日本アニメは「安価に買える商材」という認識がありました。
特に、世界で文化的リーダーシップを持つ欧州とアメリカに「日本アニメ」は、「子ども向け」「表現が露悪的でレベルが低いもの」=商品として不完全なものだと認識されている点も、日本アニメの地位が低く、販売価格が上げられなかった歴史に繋がっています。

それが1999年にアメリカで映画『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』(『Pokemon: The First Movie』が全米3000館で公開。興行収入8500万ドル超え)。『NARUTO -ナルト-』がフランスで2002年翻訳コミック、2006年アニメ放送などで大人気に。
それらを契機に「日本アニメ」の立ち位置が少しずつ変化していきました。
ファンの声のみならず、コミックの販売部数、視聴率、映画興行収入といった数字でインパクトを示せたことも要因です。
2000年代半ばは、大人がアニメを鑑賞するコンセンサスが得られた時期でもあります。
また、インターネットを介して世界中の人々が熱い思いを語り、それが拡散されたことも「日本アニメ」の地位向上に繋がりました。

クランチロールが日本で大規模なアニメアワードを開催した理由は、「日本アニメ」の価値を高めるため。そう考えられるのは、彼らの起業が「アメリカで日本アニメのファンサブ動画を作る」というニッチな趣味を出発点にしているからです。
《下記》ニューヨーク・タイムズスクエアにて大型ビジョン広告ジャック

■価値を上げる=認知を広げるブランディング

「アワード」をビジネス面から見れば、自社商品の価値を高め、世界各国での会員数を増やす企業ブランディングです。

日本のクリエイターを「セレブリティ」として扱い、権威ある賞を授けることで、自分たちが配信している「日本アニメ」そのものの価値を上げる。アニメを「子ども向けのニッチなもの」だと認識している地域や映像関連企業に対して「大人が鑑賞する価値がある」とアピールできます。
さらなる事業展開のために、世界各地で「日本アニメ」のプレゼンができるようになるのです。

もうひとつの目的は「クリエイターの価値を高める」ことです。
現在、世界に広がる日本アニメは、利益を得たい新規企業の参入もあって急激に作品数を増やしています。けれども対応できるクリエイターの数は限られており、日本アニメ業界は深刻な人材不足に陥っています。
そこで、クリエイターにスポットを当てることで世界の若者が「日本アニメ」を作りたいと憧れるようなパフォーマンスをする……そんな目的もあるのかな、と個人的には想像しています。

記事を書いている最中である6月21日、本年度の「アニメ・アワード2024」も日本・東京で開催することが発表されました。

世界配信という黒船により大きな舞台に立つことになった「日本アニメ」。
日本のアニメ業界にとって、ソニーがクランチロールを買収した意味は非常に大きなものだと思います。

クランチロールが行なう「アワード」は、アニメと日本のアニメ業界にとって、水面に投げられた小石の波紋のように、のちのち別の意味を持ってくるはずです。
今後いかに世界で「日本アニメ」の商品価値と文化的価値を認めさせるか。
どう人材を集め、どう拡大しながら売っていくのか。
今、日本のアニメ業界は大きな舵取りの時期に来ています。

リンク【関連記事もぜひ!→】「ソニーが取得したアニメ配信「クランチロール」とはどんな"黒船"なのか?」
 


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