出利葉写真

中小零細企業のモデルとなる 株式会社ジャパロジ 代表取締役社長 出利葉 勝則さん

常に「世のため、人のために」を心得とし、中小零細企業のモデルとなるべく活躍されている出利葉 勝則さんにお話を伺いました。

プロフィール
出身地:福岡県うきは市
活動地域:日本全国
経歴:昭和28年11月7日生まれ。藤陰高校卒業後、九州白砂電機に就職。その後、九州航空 福岡営業所の所長を経て株式会社ジャパロジを立ち上げ今に至る。
現在の職業および活動:物流コンサルティング
座右の銘:人は老いると顔のシワは増すが考え方と熱意は一生涯向上する。

「世のため、人のために」

Q.どのような夢やビジョンをお持ちですか?また、その夢を適えるためにどんな目標や計画を立てられていますか?

出利葉 勝則さん(以下、出利葉 敬称略):中小零細企業のモデルとなることです。今の日本社会では、大手企業が約5%、中小零細企業が約95%位の割合です。私は昔から「世のため、人のため」を心得としており、多くの方を幸せにするために、中小零細企業のモデルとなる様な会社にするために仕事をしてきました。今は、人材派遣業や券売機事業など10個の事業を行っていますが、どれも中小零細企業を助けることを中心的に考えた仕事です。

中小零細企業が人が足りなく営業職の人が他の仕事までやっているということはよく聞きます。そこにうちのスタッフを派遣し、会社を回すことで、派遣先の会社の営業が本来の仕事に専念できる様になります。商物分離の考え方で中小企業がもっと活躍できる手助けをしていきたいと思っています。

今までの20年で100億の会社を作ることができました。なので今からの10年で500億の会社にし、20年で100億の会社を10社作り1,000億の会社にしたいと思っています。そして、10年後には各会社の社長に真っ赤なフェラーリを1台ずつ買い、メイン事業所の東京と福岡の中間の岡山で、10台フェラーリを横付けして経営会議をやることが夢です。フェラーリにこだわるのには理由があります。フェラーリは会社の敷地内に、ドーム100個分の工場があったり、スーパーや学校もあり、従業員がそこで暮らすことができます。うちはそれだけではなく、ゆりかごから墓場まで「ここに入ったら大丈夫」とみんなが羨ましいと思える施設を作り、継続的に世のため、人のためになる仕組みを創りたいと思っています。

私は人の究極の幸せは、愛されること、必要とされること、人の役に立つことだと思っています。私はすでに3度死ぬ経験をしておりますが、棺おけに入って人生を振り返った時に、生きていて良かったと思える人生にするために、1人でも2人でも多くの方を幸せにしてあげたいと思います。

記者:一貫して、どうしたら世のため、人のためになるか、人を幸せにできるか、を考えられており、それを実践し続けている姿がとても素敵だと思いました。

Q.「中小零細企業のモデルとなる」ために、現在どのような活動指針を持って、どのような(基本)活動をしていますか?

出利葉:8つの経営理念があります。この理念は起業する前に一年に一個ずつしっかりと考えました。理念がしっかりと固まっていればブレることはありません。この理念をいつも大切にしております。

1.仕事は楽しくやり、生かされている世の中に感謝し精進致します。
2.『この仕事はあくまでも世のため、人のためにするのだ』という目的をはっきりと捉え創業精神を貫き通します。
3.世のため、人のために、『幸せと感動と笑顔を人に与えます』を弊社従業員の心得とします。
4.丁寧で品のある行動、丁寧な言葉、丁寧な文章、我々は常に世のため、自分のために行動すると共に、人としての成長を目指し、行動します。
5.人には徳・愛情・利益を与えてください。そして、見返りを求めてはいけません。
6.お客様に120%満足していただく仕事をします。
7.とにかく前に進み、少しだけの知性を出します。
8.決心して思い切って行動すれば、ここに奇跡が現れます。

記者:お話を伺う中でも、この8つの理念がブレずにいることが伝わってきました。この一貫した在り方こそが、多くの方から信頼されている秘訣ではないかと思いました。

Q.そもそも、「中小零細企業のモデルとなる」と思う様になったきっかけは何ですか?そこには、どのような発見や出会いがあったのですか?

出利葉:小さい頃から、祖父の影響もあり、世のため、人のために生きることをしてきました。学生時代は、サッカーと剣道に打ち込みながらも、生徒会長に推薦されたりと、勉強は好きではなかったのですが、なぜか人から頼られたり、人をまとめる役が回ってきました。同じ学校の生徒がイジメられたりしたら、友達に声を掛けて助けにいったり、困っている人を救済するのが当たり前だと思っていました。
その後卒業し、会社員として就職しました。その時に、会社の売り上げを増大させることができたり、活躍していたのですが、途中から目標が違うことに気づきました。世のため、人のためにできる範囲を大きくし、自分の理念をつらぬきとおす。また、働く中で経済などの影響や、知識や経験がないために中小零細企業が沢山倒産しているという厳しい実情を知りました。その倒産がきっかけで自殺した身近な人の話を聞いた時にすごくショックで、もっと範囲を広げて、世のため、人のために生きたいと思い、色々悩みましたが独立することを決めました。

記者:出利葉さんの悩みや決断にすごく涙を感じました。この様なきっかけがあったからこそ、今の事業に繋がっているのが理解出来ました。

Q.「世のため、人のために生きる」と思うようになった背景には、何があったのですか?

出利葉:祖父が地元でも有名な住職だったんです。本来であれば後継者だったのですが、おやじが大酒のみで私が子供の頃に勘当されてしまいました。でも、小学校6年までは祖父がいつもかわいがってくれて、いつも朝6時くらいからお経を唱えてくれるのですが、祖父の膝の上に何にもわからないながらも、毎朝1時間、長い日は2時間くらいお経を聞くのが日課でした。その時に祖父が言っていた言葉が今でも鮮明に残っているんです。「お前は世のため、人のために何かしないといけないよ。その為に生まれてきたんだよ。世界の人を助けるまではいかなくても、地域社会の人を助けたり、貢献するのが使命である」と。他にも「お前は畳の上では死ねないかもしれない、道端で死ぬかもしれない。でも世のため、人のためになるならそれでいいじゃないか。」というのを、お経を通じて教えてくれました。
それが、今の私になったきっかけだと思います。

記者:祖父との出会いが、ここまで人のことを思える出利葉さんに繋がっていて、その思いが今も伝わっているお話に感動しました。一貫した在り方。様々な出会い。ここでは書き切れませんでしたが、多くの挫折や経験に裏打ちされているからこそ、今の素敵な夢を持たれる様になったお話はまるで映画を見ているかの様に面白かったです。
貴重なお話ありがとうございました。

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HP:

【編集後記】
インタビューの記者を担当した不知、丸山、島崎です。
インタビュー中に初対面でありながらも、すぐに大切な方にお電話しご紹介頂いたり、考えられてきたことを余すことなく見せて頂いたり、世のため、人のために生きられている一貫した在り方が本当にかっこ良いと思いました。多くの方に出利葉さんのことを知って欲しいと思いました。出利葉さんのますますのご活躍を楽しみにしております。

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この記事はリライズ・ニュースマガジン“美しい時代を創る人達”にも掲載されています。


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WATARU FUCHI

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