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みんなが健康で生きられる社会を創る 株式会社エコール・ジ・マーサ 代表 "井 雅代さん"

みんなが健康で生きられる社会を創るため、36年間一貫して運動をメインとした意識改革の講演や教室、インストラクターの養成などをやり続けている、"井 雅代"さんにお話を伺いました。

■プロフィール
出身地:
佐賀県唐津市
活動地域:佐賀、福岡、全国、今後ともアジア展開予定
経歴:九州大学大学院 人間環境学学府 行動システム専攻 健康科学コース卒業
現場と研究を繋げたいと大学院に社会人で入学。
2003年 有限会社健康ネットワーク設立
2016年10月 株式会社エコール・ジ・マーサへ社名変更
2017年7月 ベストボディジャパン福岡大会クィーンクラス優勝
2018年4月 ミセス・インターナショナル日本大会 ミズ・ダイヤモンド部門グランプリ受賞
現在の職業及び活動:九州大学非常勤講師として現場で単なる流行りで終わらないプログラムとしてのヨガやピラティス、メンタルヘルスプログラムを提供。指導者となり30年。更年期世代を過ぎ、更年期の症状も体験。
いつまでも健康で美しくあり続けるように、自身が若い世代の目標になるようにコンテストなどにも挑戦。快適な生活、人生を楽しんで送るヘルスエイジングライフを実践中。
座右の銘:全ての答えは自分の中にある。

「みんなが健康で生きられる社会を創る」

Q.どのような夢やビジョンをお持ちですか?

みんなが健康で生きられる社会を創ることです。

健康でなければ、恋愛も仕事も幸せになることもできません。
健康でいるためには、体、心、意識、食などトータルのケアが必要です。

その中でも私は女性向けに運動を通して健康にしていきたいと思っています。運動と言ってもスポーツの様な肉体的な動きから、日常の動作まで幅広くあります。
起き上がる時も、意識して筋肉を動かしていますよね、これも立派な運動です。

私が講演する時には、"意識"の話をします。

ただ言われた動きをするのではなく、自分で意識して体を動かすことが大事なんです。自分で意識して動かすことができることで、自分の現状を把握できる様になったり、俯瞰して観れる様になります。

しかし運動をする人が日本人は特に少なく、定期的に運動する人は毎年"3%"なんです。トレーニングジムやスポーツクラブはその"3%"の奪い合いなんですね。
私も昔はそこに悩み、苦しみました。でも今は運動指導者として、"3%"をどう増やすかに注力しています。

私は運動はカルチャーではなく、社会貢献だと思っています。
例えば、運動を通して主婦の方が健康になることで、旦那さんや子供が運動に興味を持ち、旦那さんが健康になることで会社が健康になっていく。

この様に、女性を健康にすることで、健康に興味を持つ人を増やしていくことで社会貢献していきたいと思っています。


Q.それを具現化するために、どんな目標や計画を立てていますか?

私は今62歳ですが、70歳までに定期的に運動する人を"3%"から少なくとも"6%"に引き上げたい。

そして、その時は私がするのではなく、私は会長職として60代の時に育てた人達が活躍し、その人達の手で引き上げれる様にしたいんです。

そのために、色んな所で講演をしたり、憧れる女性を増やせる様に養成コースも増やしていく予定です。


Q.その目標や計画に対して、現在どのような活動指針を持って、どのような(基本)活動をしていますか?

常に私が健康で、憧れであることだと思っています。

食事指導をしているインストラクターが、お菓子をアンバランスで食べていたり、裏で隠れてタバコを吸っている姿を何度も見ました。

その姿を見た時にはショックでした。

教える立場であるからこそ、経験を通して言わないと伝わらないんです。

私も更年期の時には、相当きつくて「もう年だし」と弱音が出た時もありました。でも指導者として、自分を奮い立たせ自分と戦いました。

すごく過酷な場面は何回もありますが、みんなが健康で生きれる社会を創るため、みんなの憧れであり続ける活動をしています。

そしてもう一つは、養成です。
今まで延べ5,000人以上のインストラクター育ててきましたが、まだ数が足りません。"6%"を目指して、もっと多くの人を育てたいと思っています。


Q.そもそも、その夢やビジョンを持ったきっかけは何ですか?そこには、どのような発見や出会いがあったのですか?

きっかけは、スポーツクラブの養成コースをやり切った事でした。

養成コースは本当に厳しく、そんな中で私は今まで運動をして来なかったのもあり、みんなが1時間でできるものが2日かかったりしました。

毎日怒鳴られ、何度泣いたかわかりません。
でも絶対に養成コースをやり切ると決めていたので、どれだけ時間がかかろうと、どれだけ辛かろうと粘り、そしてやり切ったんです。

自分の力でやり切ったのは、その時が人生で初めてで、自分に対してすごく自信が持てましたし、自分で自分を褒めてあげることができたんです。

「どれだけかかっても、やればできる!人は変われる!

その確信が持てるようになりました。

そしてこんな私も変われるなら、もっとみんなにも知って貰いたい、運動を通して健康になって欲しいと思うようになったんです。


Q.その発見や出会いの背景には、何があったのですか?

私、昔は中途半端な人生だったんです。

そうなってしまった理由には、家庭の影響が大きかったと思います。
7つ離れた何でもできる姉と、いつも比較しできない自分を蓄積していました。

「私だってちゃんとできる!」
親や姉に認めさせたくて、反発したりもしましたが、結局最後は親に頼ってしまう。

自分の力で生きることができない中途半端な自分が本当に嫌いでした。

就職も親の勧めで入った会社で、同じ事を繰り返す日々に段々と暗くなり、元気を無くしていきました。
「あれ?もっと私って明るかったはず、元気だったはず、人生ここままで良いの?」とそんなもんもんとした日々を過ごしていました。

そんな時に友人から誘われたのが、当時福岡で初めてできた「スポーツクラブ」でした。

厳しいトレーニングではなく、音楽に合わせて楽しく効果が上がる!
感動して、すぐにのめり込んでいき、こんな楽しいことが仕事にできたらいいと思う様になり、思い切ってインストラクターになる養成コースに入りました。

でも、養成コースは楽しい雰囲気とは全然違い、罵声やパワハラが当たり前の世界を見た時に、尻込みしそうになりました。

でも、社会人になっても自立できない中途半端な人生をここで変える!、「何があっても養成コースをやり切る」と決めました。


Q.最後に読者の女性に向けて一言お願いします。

女性であることを諦めないで下さい。
人はいつからでも変わることができます。


華々しく見える井さんの裏には、ここで全ては書けませんでしたが、多くの葛藤や苦悩がありました。その中でも明確なビジョンを持ち、36年間一貫して自分のためではなく、社会のためにやり続けている姿勢に感動しました。
貴重なお話ありがとうございました。

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井さんの活動、連絡については、こちらから↓↓

HP:https://ecolethemasa.co.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/masayo.ii

【編集後記】

インタビューの記者を担当した、不知と小水です。
今の井さんからは想像できない経験や、そこからの認識の変化、今までされてきた葛藤や喜び、これからの展望を聞き、もっと多くの人に井さんを知って貰いたいと思いました。

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この記事は、リライズ・ニュースマガジン “美しい時代を創る人達” にも掲載されています。
https://note.mu/19960301/m/m891c62a08b36

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