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最近随所で見かける様になった、「検査ビジネス」。特にSARS-CoV-19 PCR(以下コロナPCR)が顕著だと思います。
コロナのPCR依存の危うさについては、感染症の専門家や統計の専門家が非常にわかりやすい記事を書いてくださっているので今更触れません。
日本疫学会が深いところまでまとめて下さっているので、ここについては下記記事などを読んでみてください。

今回は、「検査×ビジネス」という観点において、この問題点や課題について述べていきたいと思います。

問題① 「検査」のイメージの違い

一般的に「検査」に抱かれるイメージは、「その検査をすることで病気の有無がわかる」というものです。例えばコロナPCRは「感染の有無」を判定し、糖尿病の検査は「糖尿病の有無」を判定する、という風です。
しかし、この世に「ある一つの検査で疾患の有無が判定できる検査」は厳密にはほぼ存在しません

日本疫学会, 「感染症疫学の用語解説」より引用(https://jeaweb.jp/covid/glossary/index.html)

「検査」というものは「生体の一部を何らかの手段(採血など)で採取し、それを化学的に数値化する」という作業です。数値は連続的なものであり、「陽性・陰性」と結果がでるものでも、その裏には数値の大小が含まれています。
そしてある「一定の値」をもって、「陽性」と「陰性」を分けるのですが、この「一定の値=カットオフ値」は人為的に決められたものです。
これを表したのが上記の図です。

どうしてもある数値で区切らざるを得ない以上、「病気はあるが陰性=偽陰性」「病気はないが陽性=偽陽性」という検査結果が生まれることは避けられません。
上記では2つの山がありますが、「真の感染者」と「真の非感染者」の山が完全に離れていることはほぼありえず、どこかで切れば絶対に偽陽性か偽陰性が生まれるのです。
このカットラインの決め方次第で、感度や特異度も決まるのですが、これは割愛します。

つまり検査結果の解釈は「単純にはいかない」のです。医師は検査の陽性・陰性の結果を見た時に、「それが真に陽性・陰性なのか」まで考え、判断し、それを患者に伝えるのです。
ここではかなり問題を単純化しましたが、この解釈には更に「意味のある陽性なのか」や、「検査検体が妥当なものか」という判断まで含まれており、故に検査は「その解釈が非常に重要」です。

しかしビジネスにおいては、「顧客の満足度・理解」というのがサービスの売上に直結します。故に「単純化し、わかりやすい情報」として検査結果を提供する事にインセンティブが働きやすい反面、「学術/医学的妥当性」については「コスト」と捉えられやすく、インセンティブが働きにくくなります。
「この検査の結果は〇〇で、こうかもしれないけどそうじゃないかもしれない」という検査を、わざわざ買わないですよね。
検査サービスを使う人は「あり/なしを知りたい」という動機があり、ここに「一般の方の検査へのイメージ」と「専門家の検査へのイメージ」の乖離があります。これがビジネスだとより顕著に問題として出るわけです。

問題② 「調べること」だけが検査ではない

更に重要な問題は、検査はその検査行為自体だけが着目されがちな点です。
医学検査では必ず、「検査前確率の推定」と「検査」、そして「検査後の結果解釈」がセットで考えられなければなりません。
一口に「検査」といっても、「スクリーニング検査」や「精密検査」などが存在し、それぞれ性質が異なります。そしてそれぞれに応じて、どの程度検査前確率を考えるか、検査後の結果解釈を行うか、などが異なります。

ここでは非常に単純に、
検査前確率を考える、とは「この患者に検査の目的とする疾患がどれくらい存在するか」を考えること、
検査後の結果解釈を行う、とは「検査結果からして、この患者に疾患がどれくらい存在しそうか、or次の行動はどうするか」を考えること、
と捉えてください。

例えば「スクリーニング検査」は、病気を持っているか持っていないか分からない大勢を対象として検査し、「可能な限り可能性がありそうな人」を拾い上げる検査です。がん検診などが代表例になります。
スクリーニング検査では、これまでの研究から「とりあえず検査」をする意義が見出されており、検査の際に「この人に病気がありそうか」というのはあまり考える必要がありません。(年齢や性別などで範囲を絞ることはしますが)
故に検査前確率についてはあまり考えなくて良い反面、検査後の行動などはしっかり考える必要があります。

「精密検査」はこの逆になります。「病気がありそうな人」を対象に、本当にあるのかどうか、更にはどの程度なのか、を調べる検査です。
精密検査の多くは侵襲性が高く(患者に痛みなどを伴う)、誰しもにやるにはその手間・医療費の問題からして適しません。故に検査前確率が重要で、「疾患がありそうな患者」を絞り込んで検査をする必要性がありますが、検査結果は精密に有無を判定しているので、検査後の行動は一定になりやすい性質があります。

そしてこの2つに全検査が分類できる訳でもなく、検査前確率・検査後確率共にしっかり考える必要のある検査の方が大半というのも忘れてはなりません。
前項と同じ結論ですが、検査は「その解釈が非常に重要」なのです。それは検査前からすでに始まっているのです。

しかしこの「検査前確率の判定」「検査後結果の解釈」はお金になりにくいのです。一人一人に問診や家族歴の聴取をし、検査施行の要否を判定する、検査後に結果の説明をする。これらは専門職が必要な上に、時間がかかり、とてもビジネスとして成り立たせるのは難しいのです。
故に殆どの検査ビジネスが「○○の可能性が△△%」などと、解釈というより「テンプレート」の答えを返している事が多いのです。
ここは大きな問題点です。

問題③ 「知れればそれだけでもいい」という考え

検査ビジネスの会社などではよく、「知ることが受療など次の行動につながるので、まずは検査を広める事に価値がある」という文脈で検査が正当化される事があります。
ものを選べばこれは正ですが、今行われている検査ビジネスには、この考え方ではまずいものが多々含まれています。

その代表例がコロナPCRです。今更なので深くは書きませんが、「体調不良でも陰性だから安心」というコンセンサスは非常に危ないもので、偽陰性の可能性を考えれば「陽性/陰性どちらでも、体調不良なら人との接触を避ける」という判断が必要になるときがあります。(検査をしてもしなくても休んでください、ということ)
つまり、「次の行動」を決めるのに、安易に検査を用いるのは非常に危ないという事です。

もちろん、「まずはやってみる」事が価値のある検査も存在します。
最たるものがスクリーニング検査、例えば大腸癌の便潜血検査です。大腸からの出血を拾い上げる検査ですが、大腸癌や直腸癌の初期は症状に乏しく、便潜血で発見されることも多々あります。もちろん、大腸癌のスクリーニングとしては、痔や憩室出血などの「偽陽性」も含まれますし、大腸癌があっても必ずしも陽性にはならない「偽陰性」が存在するのですが、便を取ってみるだけ、という侵襲性がほぼ皆無の検査であることも含め、非常に有用な検査です。
あとは糖尿病のHbA1cも血糖と合わせた数値解釈は、糖尿病の早期発見に有用ですし、最近では境界型でも心血管疾患のリスクが上昇するなどのデータもあり、「とりあえず測ってみる」ことの意義が大きい検査と言えます。

しかし、この様に「とりあえずやる」事が価値のある検査は、日本では多くが健康保険の適応だったり、がん検診に含まれているなどで、ビジネスとしてやるには旨味がありません。
結果として、そうでない検査がビジネス化されている現状があります。その中でも今回、問題点として私がこの記事を書こうと思ったのは、産婦人科医として問題と思っている「卵巣年齢検査(AMH)」「新型出生前診断(NIPT)」です。

問題④ NIPT:「知る」ことのリスクも考えて

新型出生前診断(NIPT)は、シンプルに言えば、「母親の血液を調べることで、胎児の染色体異常などを調べる検査」です。
そして今、ここにも業者が参入し、「検査ビジネス」化しているのに危機感を抱いている産婦人科医もいます。

このNIPT検査は学会の認可制になっているにも関わらず、無認可施設によるNIPTが拡大し、問題となっています。更にはそこに実際に妊娠や分娩を診ていないクリニックが参入し、裏で検査を提供する業者が存在し、広めている。つまり「検査ビジネス化」しているのが現状なのです。

ここまでをお読み頂ければ問題点はおわかりいただけると思います。つまりこの検査も、「行うべき妊婦を適切に絞り込み(検査前確率)」、「結果に応じて適切な解釈や次の検査の案内」が行われるべき検査なのです。
NIPTは出生前診断の一つですが、「非確定的検査」と呼ばれ、この検査で染色体疾患の有無を確定させることはできません。しかもその結果が場合によっては中絶、産んだあとの体制などに大きく関わることから、その施行・結果解釈には専門家の存在が不可欠です。
この「専門家」に求められるのは、ただ「産婦人科医」であるのみならず、確定診断となる羊水検査などの適否を判断し行う体制、遺伝性疾患に対する知見、夫婦に対する適切な説明能力などが含まれており、決して簡単なものではありません。またこれに対し「臨床遺伝専門医」などの資格も設けられています。

しかし、今NIPT検査を売る業者は、「どこでも手軽に」「流産のリスクなく安心して」「採血だけで簡単に」を売りにしています。
もちろん、体制があれば多くの方が受けられるのは望ましい事です。しかし、これまで指摘したように、「とりあえず検査して、定型的なテンプレートで結果が返ってくる」というスタイルが、この検査において妥当でしょうか

ビジネスにおいては当然利潤の追求が行われます。「わかりやすく」「より手軽に」提供すれば顧客は増加し、利益に繋がります。しかし「わかりやすく」することで大事な解釈が疎かになったり、逆に迷いや悩みを増やしているのが特にNIPTでは問題になっています。
実際に結果の解釈に悩み、無認可検査の結果だけを持って産婦人科を受診する妊婦は後を絶ちません。産婦人科医療機関にとっては、「検査に伴う利益」はなく、ただ「結果を解釈し、説明する」事だけを押し付けられた格好になります。このような出生前診断に関する説明は長い時間を要し、産婦人科側からすれば「(利益的に)美味しいところだけを業者が持っていった」形なのです。
産婦人科医療機関だって当然、適切な利益を出さなければ維持できません。「あとは産婦人科で」という業者や無認可クリニックの増加は、産婦人科における適切な提供体制を阻害しているとすら言えるのです。

出生前診断は、人の生死に関わる結果をもたらします。故に検査前から検査後まで、適切な説明・相談・フォローアップ体制が不可欠なのです。
このような業者はよく「専門家による相談を用意していて安心!」と謳いますが、検査前からの説明や相談が必要な時点で、詭弁に過ぎないと私は思います。

問題⑤ AMH:「単純化する」ことのリスクも考えて

もう一つ気になっているのが抗ミューラー管ホルモン(AMH)です。
「卵巣年齢」「妊娠しやすさ」とよく称されますが、ある程度正確にわかりやすく言えば、「卵巣内にどの程度卵胞が残っているか」の指標です。

確かにこの値が低いと、妊娠率が下がることは分かっています。採血だけで測る事ができ、月経周期にも関連しないので、これも多くの検査ビジネスの参入が見られています。

しかし、妊娠率は卵巣だけで決まる問題ではありません。AMHはあくまで「卵胞の数」の指標であり、「卵子の質」や「子宮」など、その他の妊娠率にかかわる因子はわかりません。
具体的に言えば、「20代でAMHが低い人」と「40代でAMHが高い人」を比べた時に、「AMHが高いから妊娠しやすい!」と単純には言えないという事です。
40代になれば卵子の質は低下している事が予想されますし、子宮内膜の問題や、子宮筋腫がなど妊娠を阻害しうる要因も増加します。

しかしこのAMHも「検査ビジネス」になると、「妊娠しやすさの指標」「卵巣年齢」として単純化して扱われる傾向が強く、利用者の誤解を招いています
「低いことを機に受診につながれば」というのは確かにそうかもしれませんが、30代の女性が「高いからまだ妊娠できる」と考え、先送りにした結果、40代になって不妊と向き合う事になるリスクだって存在します。
これらについても「専門職による適切な結果解釈・説明」が必要なのは言うまでもなく、「数字に対してテンプレート的な結果を返す」のがそぐわないのです。

まとめ

2つの検査を引き合いに出しましたが、根本的な問題は同じです。
検査結果は「あり/なし」で単純化できるものではなく、そこに専門職の解釈が必要な事が多いこと。
検査は「検査前の適否の判断」から「検査後の解釈・説明」までがセットであり、ここを無視して提供してはならないこと。
ゆえに、「検査だけ」を抜き出して、「やってみる」というのは時に危ういものなのです。

非常に極端な物言いをすれば、「安心ビジネスとして検査を売る」のはほぼ全て問題なのです。
「安心するための検査」はほぼスクリーニング検査であり、エビデンスがしっかりあるものは既に健康保険やがん検診として提供されている。故にビジネスの参入余地はありません。

私はぺーぺー産婦人科医ですが、NIPTやAMHの解釈はできません。知識としてある程度持ち合わせていても、それに対して適切な説明を行うには、深い知識と経験が必要であり、これは「専門家が行うべき事」です。
友人に聞かれた場合に総論的な事をお答えしたりすることはありますが、それでも自分が直接診ていない以上、個別具体的な事例にはお答えを避け、専門家に相談することを勧めます。

精神科には「ゴールドウォーター・ルール」というものがあります。単純に言えば「自分が直接診ない患者について、外野があれこれ言うのは非倫理的である」という、米国精神医学会の倫理条項です。
今回の話も近しいものがあります。自らきちんと母体・胎児と向き合わないで、検査だけ提供し、場合によって後処理を専門家に投げる。これは私は非倫理的だと思います。

「検査は万能ではない」。メリットもデメリットも存在します。
だからこそ、このような検査ビジネスに安易に飛びつかないで頂きたいですし、提供するなら相応の倫理観・フォローを行う覚悟を持って頂きたい、と、医療とビジネスの狭間にいる人間として思います。


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