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失恋8日目~本当の失恋は今日でした

静かな9月の夜、マンションの駐車場で腰掛けながら、ぼんやりと朧月夜を眺めています。
今日も先生とひとつの机で並んで残業をし、少し前に帰りつきました。
皆様、いかがお眠りでしょうか? すいれんです。

毎日失恋を繰り返し、失恋を重ねながら1週間過ごしてまいりましたが、
本当の失恋は今日でした。

同じ敷地内に建つ施設に往診に行った時のことです。
その施設には昨日定期訪問したところでしたが、おひとり創処置が必要な方だったため、本日も連続で訪問。
昨日の診療後、いつもは施設の看護師さんと処方の確認をするのですが、採血提出の時間があるため、先生が代わりに施設の看護師さんと処方のチェックをしてくれることになり、わたしはクリニックに戻って血液検体提出の処理をしました。
昨日その時に、先生は「今日がかみさんの誕生日で、明日はドラえもんの誕生日で、明後日は彼女の誕生日」と話したのだと、今日の診療時施設の看護師さんが話していました。
「彼女?」「彼女?」「彼女?」
わたしは思わず三度訊きしてしまいました。

わたしに話すのだけでは飽き足らず、先生は訪問先の看護師さんにまで自分の彼女の話をするくらいなのだと思い知りました。

『彼女』

いまも先生の心のほとんどを占めるのはその彼女のことなのだと思い知りました。

人間、本当に、決定的に失恋をすると、頭も口も体も動かなくなるのですね。
自分の外側すべてが固まってしまうのを体験しました。
自分がすっぽりと冷たく硬いものにはめ込まれて、1mmも動けません。

『動けない』と感じているのはわたしの心だけで、実際はその状態でもわたしはいろいろなことをしていました。

クリニックに戻って、先生がコンビニで買ってくれたお昼のカレーうどん、先生が「これ」と差し出すので、休憩室のレンジで先生の分を温めました。

わたしの分を渡されましたが、『絶対に食べられる気がしない…』と思い、持ち帰ろうと思いましたが、せっかく先生が買ってくれたものを粗末にすると先生が悲しいだろう…と考えました。
いったんトイレに行って気持ちを落ち着け、クリニックに戻ると、先生がわたしに声をかけ、訪問診療の本を見せながら、診療報酬について説明を始めました。
わたしも先生の机でカレーうどんを食べながら聞いている風で話を聞いていましたが、内容も声もまったく頭には入ってきませんでした。

あたふたと血液検体を並べたりしているところに、お隣の訪問看護ステーションの管理者さんが入ってきました。
まさに検体を扱っているところに話しかけるメンタリティもどうかと思いましたが、この管理者さんは、薬局で経営している訪問看護ステーションの管理者さんですが、その薬局の経営者(?)の愛人でステーションを持たせてもらったそうです。
それは皆が知るところのようで、もちろん先生も知っています。
そこに先生が院長室から出てきて、「あっ、こんにちは!」とあいさつをしていきました。
先生の表情は一切見ませんでしたが、この管理者さんは整形美人でとてもきれいな方です。
「愛人にはやさしい…」
そう感じ、嫌な気分に拍車がかかりました。

気分が悪いのは仕方がない。
ただやることは粛々とやらねば。

そう肝に銘じ仕事だけを見つめるよう必死に努めていました。

先生がお隣の特養の診療に行ってからも、わたしは必要な確認を笑顔で行い、電話での相談には懇切丁寧に対応し、発熱者のコロナ抗原検査や採血などに走り回っていました。
決定的な失恋を目の前にしこんなに悲しいのに、です。

夕方先生が戻り、臨時往診が2件あったので一緒に出掛けました。
特養の診療から往診にまっすぐ行くのは疲れるだろうな、と思い、のどを潤せるようにお茶を買っておきました。

往診に向かう車の中では、わたしは自分から言葉を発することなく、ただぼんやりと先生の話を聴いていましたが、正直『どうでもいい』と思っていました。
診療のことや訪問看護のことなどを話されても、わたしに関係ないことだし、先生と上の看護師たちで勝手にやれば、ってなもんでした。

先生は天才です。

この空気を感じ取らないわけはありません。

「往診終わったら焼肉行く?」と訊いてきました。
「あー…」とだけ言うと、「気乗りしない?」と言いました。

『バレている』
このローテンションと投げやり感が先生にバレていると思いました。

しかしこのぼろぼろのメンタルで、わたしはほかにどのように振舞えたでしょうか。

臨時往診した方の部屋はとてもにおいがきつく、ただでさえメンタルぼろぼろで気分が悪いのに、本当に気持ち悪くなってしまい、吐き気をもよおしてしまいました。

先生に「気持ち悪くなっちゃって…」と言うと、「デザートだけにする?」と。

先生は以前、「すいちゃんに食べさすのはお礼だから」と言っていました。

わたしと一緒にご飯を食べるのは、仕事に付き合ってくれる、仕事を支援してくれることへのお礼のようです。

お礼などいらないのです。
わたしが働くのは、仕事だからだし、
わたしは食べたければ食べるし食べたくなければ食べない、先生と一緒だから、食事が楽しいのです。
しかしそれは先生にはわからないでしょう。
当然です。
わたしはそれを伝えていないのだし。

それでも、いくらふてくされても、この現状が変わることはないのだということもわかっています。
先生が彼女のことがとても好きなのなら、わたしの入る隙間はない。
わかりきっていることです。
それはそれで勝手にしやがれです。

ただわたしが悲しいのは、その自分の悲しさを悲しいと言えないこと、つらいのに笑い続けてこんなに長い一日を過ごさなければならなかったこと、
好きな人に好きと言えないこと。

もう道はありません。

本当の本当に今日で人生が終わってしまえばいいのに。

もう決して明日など来なければいいのに。

もう失恋はいりません…

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