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銭っ子ファルストーナメント



「わたし、友達がアッパラパアなっていくの、みててん。隣で。そんときな、うちな、うちもそんなん捕まりたないからな、気狂ったふりしててん、気狂ったふりゆうても可愛いで、服で固まりつくって猫にしてそれに話しかけたりして。あまあま、とかうまうま、ゆうてんの友達もうちとおんなじでな、狂ったふりしてるもんやと思てて、ほんでうちも友達守りたいやんか、ほんでふたりしてうまうま、ゆうてそういうの、ふたりでやったらほんまになっていくやんか、ほんで実際はうちはちゃう、けどどんどんその場自体が興奮していくみたいなってたん。白けたらそこで終わりやと思ってたん。うちはそこからだんだん横へスライド移動してたんやけど、友達ゆうたら全然動けへんの、変やなあと思ってたか知らん、最初は最初で、逃げるんが名目やからふたりで、逃げるでゆう意味のわたし、友達の腕掴んだんよね。ほたらそのわたしの腕噛みやったん。どういう気持ちやったんやろ。相生橋でうちらふたりと、ほんで声かけてきやったふたりがだから四人おったんやけど、なんで腕噛んだんやろ、まあでもそれからほらその歯形、こんなに強く噛みやったんよ、腕に口ついたらさあ、すごい響くってか骨まで聞こえるやんか、その奥で友達がな、全水皆水、てずっと言ってたんやけど、それはたぶん最後のちゃんとした言葉やったと思う。あとはずっと唸ってたから。うちあまあま言う暇も無くなったから、帰るでってわたし言って帰ってきたんやけど、うちあのままやったら気の狂ったふりがそのまま染み込んでそうなってたと思うわ」
 難波もアラビアコーヒーでそんな話するな、とも言えなかった、切実だったから。ほんでその友達はどこ行ったん、自分はどこまでが正気でどこからが狂ってるとそのとき思ったん、自分とその他の区別はどうやってつけてんの、そう考えるともう人間の輪郭なんてものすご曖昧になってくるねえ、と彼は彼女に聞いたが「知らん」だった、少し離れた場所に彼女は行ってしまった。浮遊したもの同士でちょっとまあホテルでも行こうか寝るとこないしと安い宿の方角に向かって歩く、あそこはモーニング付いてるしなあ、と彼女が笑って言ってでかいアメリカの女性のプラスチックの人形がある、その角をいつも曲がってしまう、曲がった途端匂いが嗅げるほど近くで、グレーと黒のジャージに白いスニーカーの男ふたりと、派手な匂いの黒いワンピースの女性とすれ違った。彼女の眼の焦点がそのとき合った気がして、彼は慌ててビール買いに行こうか、と言った、彼女は一杯無料だから要らないと言った。静かに三人の方を振り向くと、女性はグレーの方の男の腕を噛むふりをしてのけぞって笑い、それから金の糸で縁取られたハンドバッグの紐を口で噛んでぶら下げたりしていた。「友達」と彼は言ったけど、「違う」と言った彼女の言葉の意味はどちらかわからなかった。

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