マリヲ(細谷淳)

1985年大阪府生まれ。ラッパー。✳︎著作『世の人』(百万年書房)✴︎カセットテープ『シャ…

マリヲ(細谷淳)

1985年大阪府生まれ。ラッパー。✳︎著作『世の人』(百万年書房)✴︎カセットテープ『シャインのこと』(中田粥との共作/タラウマラ)発売中です。

最近の記事

とりとめ

 次に何喋ろう、と思ってる。次に何喋るかは、そのときそのときその相手との距離を測って話すことが勝手に出てくるならそれで良いけれど、彼はそうでないのでこう考える、盲目の人が電車で握り拳を作っていた、向かいのサラリーマンのエラから髭が三本飛び出ていた、酔った女性が鼻だけ赤くなかった、花を見てかがんだ二人のおばあがたいそう可愛らしかった。頭にこれらを立てておいて、方向目がけて出せるようにする、言葉を選んで諦めないで。  電車に乗っていたんだった、サラリーマン風は乗客を押し退ける所作

    • 真っ直ぐ分散した

       金がないときこそ格好の良い金の使い方をしたいなあ、とぼんやり思って地下鉄に乗っていると、ざわざわと乗客が騒ぎだし、ひとりの着座した男性の周りを避けるようにして皆移動しはじめた。ちょっとしたパニックというかんじなのだけど、当の男性というと放けたように笑っている。笑っているし、なにか気持ちよさそうにしてる。作業着で、鉢巻の上にニットキャップで、不精髭だけど酒の缶や瓶は持ってない、それで恍惚としているから、彼はなるほど男性は奇声をあげたり、意味のわからない行動を取ったりし、それで

      • 二人して

         語尾矮小型というか、語尾になるにつれて音量が小さくなっていくのは自分達に気を使ってのことかも知れない、バタやんは優しいからなあ、と彼は思った。それか全然嘘を言っているかもしれないし、自信がない事柄なのかも知れない。なんというか自己顕示というか、そんなようなときにも語尾がちっちゃくなる、例えば昔はフォグランプええのつけとったんやでわし、とか、昔はちょっと呑んだくらいが運転うまなったんやとか、小林という警察官が鬼と言われててみんな知っていた、など、でも語尾はそのたびちっちゃくな

        • 仙台四郎

           にっこり笑った仙台四郎が球の中で黄金で、動かすと粉と一緒に舞う小さいスノードームみたいなマグネットがあって、それを仙台で買った。仙台四郎はものが話せないがわかっていて、四郎が居る店は繁盛する、四郎は農家の四男で、それでも口べらしをせずに大事にした、という全体的な仙台四郎にまつわる逸話に彼はとても感動したからだった。良く見ると古い仙台の店にはだいたい仙台四郎の絵や人形が飾ってあった。あとこけしの絵とかも飾ってあった。  Hくんと鳴子温泉に電車で行って、三件目の風呂の湯気には心

          一昨年も五時も

           桃谷でも玉造でも鶴橋でも良かったけれど歩いたのは、なんか違うなあと思ったからだった。電車も自転車もなんか違うし、イヤホンでラジオからの歌もなんか違うかった、結局歩いてもなんか違うため、靴がなんか違うからじゃないだろうかと思う。中古で買った三足はどれも合わない、底が剥がれたりする。ラジオはまたもうひとつ大きくずれた歌に差し掛かって、同じ形でもうひとつ大きく彼はずれて、そのずれた形のままイプソンという喫茶店でモーニングした。  指の曲がったウエイターは接客が丁寧で、自転車が盗ら

          銭っ子ファルストーナメント

          「わたし、友達がアッパラパアなっていくの、みててん。隣で。そんときな、うちな、うちもそんなん捕まりたないからな、気狂ったふりしててん、気狂ったふりゆうても可愛いで、服で固まりつくって猫にしてそれに話しかけたりして。あまあま、とかうまうま、ゆうてんの友達もうちとおんなじでな、狂ったふりしてるもんやと思てて、ほんでうちも友達守りたいやんか、ほんでふたりしてうまうま、ゆうてそういうの、ふたりでやったらほんまになっていくやんか、ほんで実際はうちはちゃう、けどどんどんその場自体が興奮し

          銭っ子ファルストーナメント

          ねじ

           嶋丸について思い出したのはトラックの荷台に嶋の字を丸で囲んだペイントを見たからだった。引越作業員の同僚として嶋丸とは会って、会った初日に三千円を借りた。嶋丸は白髪混じりの少し長い髪をひとつくくりにして帽子の後ろの穴から出していて、コロンの良い匂いがした。普段なにをしているのかと彼は聞き、嶋丸はブラジルの店をやっていると言った、派遣社員の嶋丸はでもよく働きよく喋った。  日本人であることを誇りに思うべきだと車中で嶋丸は言った。日本ちゅのはすごいんやでえ、なんでてほれあれトーシ

          どぶみたいなプライド

           ウィーザーがトトのアフリカをカバーしていたのをラジオで聞いた。その最初のドラムスがすごいかっこよかったので、YouTubeでムービーを見た。そうすると最終的に全員がむちゃくちゃふざけていて最高にかっこよかったのでそのことを自宅に帰って彼女に言うと爆笑した後やっぱりかっこいいなぁ、ウィーザーはと言う話になって形は整った。それから彼女はトトはアメリカではダサイとされていると言うことを言った。彼はダサイのはなんとなくわかるけど悪くないのにと言って看護師の女性がトトが好きと言ってい

          どぶみたいなプライド

          鈍い待ち合わせ

           批判的な目はいやだなあ、と思う。自分に帰ってくるから。ピロティホールの談春の独演会の(文七元結だった)帰りに病み上がりのKちゃんと会って、「感染るから」とコンビニで四本、ビールを呑んだけど足りず、どうしてもお湯割りが呑みたいと言って彼とKちゃんは店に入った、鳥貴族は安くて二人で千八百円だった、「また来てくださいね」と若い女性店員が言うのを天使みたいだと思った。  翌日の仕事中も彼はずっとKちゃんとの会話を反芻しながら思っていた、批判的な目はいやだなあ。自分に帰ってくる。いつ

          かもめのジョナサン

           キモトは彼の勤務する清掃会社の事務所の二階に住んでいて、会議室の隅が寝床だった、その会社の社長の友人だから融通が効くけれど、ある意味で居心地の悪い毎日だった。おっさんなんで小指ないの、おっさん家賃ないねから奢ってくれなど五月蝿い新人も居るし、怒ってはいけないし、あれらはLの身体に2Lの服を着ているからダボダボやし。彼らの人間性みたいでちょっとなあ、と思っていた、キモトは絶対いつもLだった。  「財布なくした。おっさん知らん」と聞くその中のひとりが、真っ直ぐな目で疑ぐっている

          かもめのジョナサン

          クワズイモ

           すれ違ったひとからその人の家の匂いがする。赤ちゃんのような匂いのするおじいなど居て、ユウキさんの言ってた「人間は年がいくと幼児にどんどん戻っていく」という言葉に納得する。  夏、仕事の最中にユウキさんとは会って、そのときユウキさんは植木を手入れしたり、使わなくなったベビーカーを外に出すなどしていた、そのベビーカーや、ビデオデッキ、タンスなど、ユウキさんの息子の家から運び出す仕事でその日は一万二千円をもらった。ものすごい晴れの日で、朝はにわか雨が降った日だった。  鉄製の門扉

          時間になった

           紅雀さんは家族で初詣に行き、今年から籤が二百円になっていたことを奥さんに「どない思う」と聞かれた。 「この場合ね、女性はね、男性にどない思う、と聞かんといてほしですわ、だいたい男はなんにも思てません。せやけどどない思う、ゆて聞くもんやから、わたしもね、なんにも思てないなりにね、いやそらお寺さんも紙代や電気代や光熱費がかかってはんねやろ、ゆうたらね鬼みたいな顔してね、あんなもんなんにもかかってへんやないの! とこう言うからね、最近全部物価が上がってるからね、お寺さんもそれに合

          ジャストフレンド

           調子の悪いときに調子の良いことを言おうとすると空回りするなあ、この場合、酔って攻撃的な事を言わないようにするには黙ることだ、酔ってるのに? 酔ってるならそのかわり、なるたけ快活なことを……という思いで彼は現在タコスの生地を丸めている。タコスの生地はひとつ十五グラムで、丸めたあとはGさんが丸く平たく伸ばしてから一度焼く。「手を洗うとき、洗剤のきつい匂いがしない方がいい。でもなるたけ。生地をファブリーズはもちろん、柔軟剤の匂いがする布で包んだらその匂いがするときがある。今日はで

          ジャストフレンド