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とりとめ



 次に何喋ろう、と思ってる。次に何喋るかは、そのときそのときその相手との距離を測って話すことが勝手に出てくるならそれで良いけれど、彼はそうでないのでこう考える、盲目の人が電車で握り拳を作っていた、向かいのサラリーマンのエラから髭が三本飛び出ていた、酔った女性が鼻だけ赤くなかった、花を見てかがんだ二人のおばあがたいそう可愛らしかった。頭にこれらを立てておいて、方向目がけて出せるようにする、言葉を選んで諦めないで。
 電車に乗っていたんだった、サラリーマン風は乗客を押し退ける所作が慣れている、スマートホンにかじりつく。最近何かの映像で、僕たちはお風呂はたまにで良いです、お風呂に入る時間がもったいない、それならスマートホンを見ていたいと若者が言っていたのを思い出して、やっぱりそうなのかと思った。リュックを背負って白杖を持って、座席から天井に伸びたポールを握り拳で立って押している目の不自由な人がいた。彼は座っていた。座っているところから少し離れて立っている目の不自由な人は、年老いているけど頑とした体つきで、でも人がそこを通るたびに体が揺れていた。座っている方がいいだろうと彼は判断したし、彼はつい最近白杖の人の誘導を習ったところだった。立って、満席の座席の端から端まで移動して、向かいに立つその人に「座りますか」と聞いた。その人は「どこですか」と聞いた。彼は頭が真っ白になった。
 この場合、九時の方向に席が空いています。向かいです。少し離れていますので、ぼくの身体のどこかを掴んでください。誘導します。と言えばスムーズだったけど落ち着いた今だから思いつく。彼は「えーと。えーとですね。ちょっと離れています」と言ってその人の腰を触って方向を変えようとして「こっちです」と言った、その人は肘を張り、頭を下げ、白杖で地面をさすった、身体に力が入ったことが彼にも伝わった、「すいません、こっちです」と彼は言いながらしまったと思った、急に身体を触ったり、引っ張ったりは絶対にしてはいけないことだった、もう次の駅に着く、それまでに座ってもらわないと、「こっちです。もうすぐ、右ななめ先にもう座れます」引っ張ってはいけないと頭ではわかっているけど彼には手を引くことしかできなかった、「そこです、そこですリュック持ちましょうか」リュックを持つその人の手は余計に力が入って決して離さないような力だった、またしまったと思った、その人は肘を張り、周囲をしっかり認識したようになってやっと座った、座ったところで次の駅にちょうどついた。彼は「不案内ですみません。ぼくは降ります」と言って逃げるように扉から出た、その人は何も言わなかった、汗が止まらなかったけど、それはその人の汗も一緒だろうと思った。良かれと思って、という言葉の魔法の中にいるように思った。
 スマートホンの中、パズドラ! ウィナー! そういうこっちゃないだろう。そういうこっちゃないが、パズドラ! ウィナー! でしか解消できない色々はあるだろう。しまったしまったしまった、何もしなければ良かった、だからそういうこっちゃないだろうよ。そういうこっちゃないけど、次はもっと上手くやろう、この場合の次、も上手くやる、も、絶対ある。と彼は分散しながら駐輪場で何度も五十円玉を落として入れて、落として入れた。うどんを食べに行こう、とっても美味しい出汁のうどんがあるから、と妙齢の女性が連れ立って歩いていて、彼は完全に無理をしたように肩をいからせて、それからそのいからせを素早く身体に馴染ませて、胸を張って自転車を漕いで行った。ないよりはある方がいいなど全然違う。いいものはいいと胸を張る。

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