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YouTubeで西村ケントくん、の次は、CDで聴いてみた。 スティーリー・ダンのAjaを、アコースティックギター一本で演奏するということは、無酸素でエベレストに登ろうとするようなものなのだ。


先日、アコースティックギター、フィンガーピッキングのソロギターを驚異的な技術と、音楽的能力で、誰も成し遂げていない未踏の境地を一人進んでいる高校生ギタリスト、西村ケントくんについて書きました。

この前の文章は、ケントくんのYouTube映像を見ながら、僕が演奏をコピーしようとして気づいた点について書いたわけですが、今日は、CDを聴いて思ったことを書いていきます。(CD、音だけではどう弾いているのか想像もつかないので、今回はコピーしようとしたのではなく、純粋に音楽として聴くことに集中して、思ったこと。)

ケントくんは17歳にして、インディーズレーベルから、すでに三枚のCDを出しています。


デビューアルバム「First Step」は、主に、世界の有名ソロ・ギタリストのレパートリーをカバーしたもの。ロック、ポップスの名曲であっても、一旦、先駆者たちがギターソロアレンジにして演奏したものを演奏しています。それが、完全コピーしたのか、独自アレンジが加わっているのかは、僕が、元バージョンを全部は正確に知らないので、よくわかりません。プロデューサー、松岡さんのライナーノーツによると、およそ元演奏アレンジを活かしつつ、一部、アレンジを独自に加えたものらしい。
なので、このアルバムでは、演奏者としての卓越した実力は十分わかるものの、それを超えた、「様々な楽曲をソロギターに完璧に置き換える」という、ケントくんの能力特徴については、まだ未知数、途上のアルバムと言えるのでしよう。(とはいえ、世界のトップギタリストの代表曲・難曲を軽々と弾きこなしたうえに、オリジナル曲も披露しており、神童としか言いようがないのですが。)

二枚目「KENT NISHIMURA 2」において、ケントくんの独自の道が明確になります。70年代、80年代の洋楽ロック・ポップス、ジャズ・フュージョン(当時AORと呼ばれたようなもの)楽曲を、ギター一本で、多重録音など一切使わず、きわめて高い再現度で表現する。ドラム、ベースライン、キーボードのバッキングのブロックコード、ギターのコードカッティングや単音フレーズ、そして、リードボーカルやコーラス、間奏のギターソロやサックスソロなど。こう書いても、一本のギターで、多重録音もせず、どうやって表現するのか。文章を読んだだけでは、にわかに信じられないと思うのですが、それに挑戦するわけです。

ギターソロの音数の限界の中で、(あくまで六弦とボディーというギターの出せる音の中で)原曲の持つ独特の響きをどう再現するか。単に「全体として雰囲気が出るように編曲」するのではなく、各パートを厳密に分析し、その音数を微妙に絞りながらも、特徴的なフレーズをしっかりと表現する。そのために、チューニングの工夫から始まり、特徴的なフレーズについて、「響き方」まで、そのフレーズらしく聞こえるように工夫する。

 そのアプローチにおいて、現在、YouTubeにアップしているものは、どんどんと完成度が上がり、ものすごいことになっている。そこに至るスタート地点として、このセカンドアルバムは、ものすごく重要。ああ、この曲で、こんな工夫をしたことが、きっと今につながる進化のスタートなんだ。そんなことを思わせるアルバムです。

その中でも、今日、取り上げたいのは、スティーリー・ダンのAja。と聞いて、えっ、Ajaをやっているのかとか、と驚いた方は、きっと、70年代のロック・ポップス音楽を真剣に聞いた人だと思う。ウォルター・ベッカーとドナルドフェイゲンという「センスの塊」2人の「ユニット」が、超一流スタジオミュージシャン総動員(という全く新らしい形で)生み出された、時代を超えた傑作。その表題作。

原曲、ドラムスはスティーブ・ガッド。ギターはラリー・カールトン。スタジオミュージシャンとして、というより、その後の活躍を考えれば、その枠を超えて、純粋に、その楽器のアーティストとして、史上最高の腕利きが、そのキャリアでも最高のものの一つ、といわれる名演奏をした曲。

演奏者だけでなく、レコーディングエンジニアのロジャー・ニコルズが、グラミー賞の録音技術賞を受賞している。音そのもの全体としての、独特の響き・音の空間を作り出した名盤・名曲なのです。

ケントくんの演奏、美しい響きの導入部から、曲のクライマックス、スティーブ・ガッドのドラムソロをギターのドラム・ボディを叩くことで表現するパートの凄まじさに耳を奪われる。そこからまた、テーマに戻った時の、空気感、光までが変化するような展開。
Aja=日本語では彩という漢字が当てられたように、色鮮やかなに積み重ねられた原曲の各楽器の響きの多彩さを、ギターの様々な奏法、タッチで弾き分ける、その工夫と演奏力。これは、ケントくんの類まれな耳と、それをギターに置き換えるアイデア、想像力と、それをギター上で実現する演奏力、すべてが揃って初めて実現されるもの。

今回、この原稿を書くのに、スティーリー・ダンの原曲と、ケントくんの演奏を、交互に10回以上、聴いたが、なんど行ったり来たりしても、曲が進むにつれ、表情を変えていく、その響きの変化多彩さに、まさに「彩=Aja」そのものだと、いちいち驚き、感動し、納得してしまう。原曲の魅力と、ケントくんの演奏の魅力。何度繰り返し聞いても聞き飽きることが無い。

それ以外の曲や、最新サードアルバム『My Favorite Songs』についても、いずれ、次の機会に、感想・分析の文章を書こうと思いますが、今日は、おそらく、ケントくんのキャリアの初期における、決定的な挑戦であった、Ajaについて書きました。少年が、プロになる覚悟を持って、そのスタートに、世界最高峰のエベレストに挑戦したようなもの。しかも、アコギ一本で、ということは、無酸素で、単独で。そんな体験だったのではないかと思います。

 YouTubeでケントくんの演奏を映像とともに楽しむと、「聴く」だけでなく、その驚異の奏法を、眼で、映像で確認できるという楽しみがあります。それは本当に最高に楽しいのですが、CDで、音だけに向き合うと、その一音一音に、ケントくんが、どれだれの工夫と神経を注いでいるかが、純粋に「音」として伝わってきます。

YouTubeで、ケントくんの演奏に興味を持ったら、ぜひとも、CDで、ケントくんの作り出す「音楽」そのものに向き合ってみてほしいなあと思います。

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