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タンポポ笛 (小説リアルショートストーリー)Vol2

憧れのこまちゃん。
大好きなこまちゃん。
気付かれてはいけない「好き」の気持ち。

ある日、いつもと同じように、下校する人たちに足並みそろえて、
さりげなくこまちゃんの背中を見つめながら、距離を保って歩いていた。
その日、こまちゃんは珍しく独りだった。
それだけで、あたしとこまちゃんの距離が、
いつもよりずっと近くに感じられた。
―――すこし、どきどきした。
「何かが起こればいいのに―――」
そんな、淡い期待のどきどきだった。

心を落ち着けようと、
ふぅーっと息を吐いて、空を見上げた。
9月の秋の空は高く、優しい青色をしていた。
真っ青なキャンバスのような空に、一筋の白い飛行機雲がくっきりと流れていた。珍しい。あんなに真っすぐな雲、見たことない。
あんまりキレイに一本の線が続いていたから、足を止めてしばし見とれていた。(あたしの町の空は牛ばかりがいるのどかなド田舎で、飛行機なんてそうそう見ることはなかった)

すると、不意に「ねぇ、みてみて」とそばで声がした。
「たんぽぽって、笛になるんだって知ってた?」
こまちゃんだった。すごく、びっくりした。
あたしの世界にグン、と鮮やかな色彩と音色が
一気に流れ込んできたみたいだった。

心臓がどんどんと跳ね上がるのを必死で隠そうと、
「そうなの?すごいね」と、上手に平静を振る舞った。(つもりだった)
どうか、顔が赤くなっていませんように、と強く祈りながら。

こまちゃんは一本タンポポの茎をポキリ、と折ってあたしに差し出す。
「いっこ、作ってみる?」
有無を言わせぬ自然な笑顔と一緒に。
受け取る瞬間に、少しだけ指先が触れた。
細くてしなやかなこまちゃんの指は、予想外にほんわり温かかった。

二人でタンポポ笛を作って、音が出ないことに苦戦して、
やっと音が出るようになったので、満足げに何度もタンポポ笛を吹いた。
なんとも間抜けな音だった。
でも、あたしの心にその音の振動は心地よく沁みた。
だって、こまちゃんが隣にいるんだもん。
あたしと、こまちゃんだけの空間。

一生に一度あるかないかのチャンスを神様がくれたんだ。
そう思うと、嬉しくて、嬉しくて、頬がゆるむ。
言葉を交わすことなく、ただ並んで、間抜けなタンポポ笛の音を延々と鳴らし合った。
聞きたいことや、知りたいことがきっとたくさんあったはずなのに、
こまちゃんを目の間にするとそんなこと、どうでもよくなってしまった。
息づかいがそこにあり、肩がトンと触れる距離にこまちゃんがいることがすべてだった。
どんな言葉を交わすよりも、
こまちゃんと心がぴったり通じていた気がした。

しばらくしてから、ふと飛行機雲のことを思い出して、見せてあげようと急いで空を仰いだけれど、すでに真っ直ぐな白い筋はかすれて消えていた。
「きえちゃった」
「なにが?」
空を見上げる私の視線を追って、こまちゃんが不思議そうに尋ねる。

「ひこうきぐも。きれいだったの。」
「ひこうきぐも!」
見たことない、すげー、と笑顔を咲かせてこまちゃんは小指を差し出した。「またあしたか、あさってか、いつか。みつけたら教えて。ゼッタイ。」

あしたも、あさっても・・・こまちゃんが隣にいる。
約束が続くということがたまらなく嬉しくて、ギュッと小指に力を入れる。「うん、やくそく」
「じゃあ、ちえちゃん。またあしたね。」
「またね。こまちゃん。」
あたし達はいつもの曲がり角で、その日からは「ばいばい」と向かい合って手を振ってから分かれて帰るようになった。
こまちゃんとあたしは、次の日も、その次の日も、曲がり角までゆっくりゆっくりじりじりと時間をかけて歩き、道々のタンポポを手に取ってタンポポ笛を口にしながら空を見上げた。
実のところ、タンポポ笛やひこうきぐもを口実に、ただ一緒にいる時間がほしかっただけなのは、何も言わなくてもちゃんと、わかっていた。

こまちゃんとつくり貯めたタンポポ笛は、
枯れてしおしおになるまで、机の一番上の引き出しにある小さな「宝箱」にそっと横たわっていた。


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