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(2)「サービス視点を持つ小売業 / Retail as a Service / RaaS 」(2022年) 分配の先にある価値


◼️製造業と流通業

流通業の最終的な目的は製造業によって生産された製品を消費者に引き渡すことにある。つまり流通業(Distribution Industry)は製品のDistribution をおもな目的とする産業である。それぞれの店舗においてはマーチャンダイジングという行為が加えられて「業態」、たとえばコンビニエンスストア、スーパーマーケット、ディスカウントストア、ドラッグストア、専門店、百貨店などが創り出される。こうした業態においえ新しい価値が付加されることもあるが、それは必ずしも有形(Tangible)であるとは限らず、無形(Intangible)である場合もある。

製造業によって生産された製品を消費者の手元に分配する(Distribute)という意味において、アマゾンのような企業は最も効率的合理的な仕組みを構築しており、その仕組みの大部分をテクノロジーに担わせることで分配に必要となるコストを下げることができ、その結果として低価格化が実現されている。製品の分配という作業に関しては、究極の仕組みを構築している企業の一つであることは間違いない。

消費者はただ単に生存を目的として製品を購入しているのではない。消費者行動論的視点から見た場合、消費者は社会的な存在である一人の人間として製品やサービスを選択し、購入し、消費している。また消費行為によって自らが何者なのかを表現し、消費行為によってアイデンティティを形成しているのである。また製品そのものがアイデンティティの重要な要素となることもあるが、製品に付随する付加価値が、消費者のアイデンティティ構築に大きな役割を担うこともある。高度に情報化された社会においては、すでに純粋にニーズを充足するだけの製品では、消費者が満足できるレベルで自己表現することが困難になっている。製品がもともと持つ機能的価値以上に、各業態によって付け加えられる付加価値が重視されるケースも少なくない。

製造業(Manufacturing Industry/MI)はモノの生産と再生産を行う産業である。そして流通業(Distribution Industry/DI)はモノの分配を行うことで製品と消費者をつなぐ産業である。流通業が単に製造業者によって生産された製品を消費者に分配するという行為だけを行う産業であるとしたら、消費者が受け取る製品には生産工場から出荷されるまでに工場内で生み出された価値以上の価値は存在しない。

もちろん分配のためには、消費者のニーズに合わせて、必要な製品を、必要な量だけ、必要な時に分配するという、流通業として担うべき作業が様々な仕組みを用いて行われている。それでも、消費者の手元に分配された製品そのものの価値は、生産工場出荷時点と比較して、増減しているわけではない。それに対してある種のサービス業は、製品に何かしらのサービス価値を付加することで「商品」に変化させ、消費者に提供することで消費者により大きな価値を与えている。

しかし現在アマゾンが行なっている行為はまさに製品の合理的かつ効率的な分配である。アマゾンはテクノロジーを駆使し高度に合理化効率化された分配行為(Distribution)を行う製品分配企業なのである。生産工場から出荷された製品はアマゾンのテクノロジーによって極めて合理的かつ効率的に消費者の元に分配される。分配に関わるコストはテクノロジーによってごく低く抑えられ、規模のメリットはアマゾンに一層大きな価格競争力をもたらせる。

こうしてアマゾンは小売の輪理論の先端部分に確固たる地位を築くことができる。小売の輪理論によれば、こうした先行企業もやがては台頭してくる新興企業によって置き換えられることになっている。しかし先進のテクノロジーによってナチュラルモノポリー企業となったアマゾンを、テクノロジーにおいてさらに上回る企業はおそらく生まれてこない。奇跡的に出現したとしてもアマゾンの買収対象として内部に取り込まれ消化されていくだけだ。つまりこれまで小売の輪をドライブさせるエネルギーとなってきた「価格の低減」は、それ以上輪を回転させられなくなる可能性が強まっている。

◼️マーチャンダイジング不要な時代へ

消費者が店舗に出向いて商品を購入する場合、商品選択と決済を店舗で行うことになる。アマゾンの場合、この一連の行為はワンクリックで完了する。製品の分配という小売業の主要な機能について考えた時、経済性と利便性においてアマゾンに勝るものは、少なくても現時点で存在しないだろう。しかし小売業の価値は製品の分配に止まるものではない。デジタルデバイスのみを接点として消費者に接するeコマース企業に提供することのできない価値を、リアルな店舗において提供する企業が登場すれば、顧客は工場出荷時点で製品が備えていた価値以上の価値を最終的に受け取ることになる。

繰り返しになるが、小売業界にとって製品の在庫と分配において重要とされるのはマーチャンダイジングという行為だ。工場から出荷された「製品/Product」が「商品/Merchandise」へと変わる際に小売企業において行われるのがマーチャンダイジングである。マーチャンダイジングは様々に定義されているが、一般的に小売業界では「商品政策」として次のように考えられている。リアルな店舗に収めることのできる商品の数には自ずと限界があるため、店舗のコンセプトを策定し、それに基づいてどのような価格帯の商品をどのくらい仕入れ、どのように販売するか、ということを決定する重要な作業である。マーチャンダイジングによっていわゆる業態が創られていく。

たとえば時間と利便性をコンセプトとして、品揃えの幅を可能な限り広くしつつ、同時に品揃えの深さを浅く保つことで、小さい店舗を少人数で長時間営業可能にしたのがコンビニエンスストアである。また同様に品揃えの幅を広く浅く保ちながら、業務用の大容量商品のみに限定し、かつ大量に品揃えし、フォークリフトでの補充作業が可能な通路幅を確保し、天井まで在庫可能な倉庫型の店舗において、会費を収める会員だけが利用できるようにしたのがCostcoに代表されるホールセールクラブ業態だ。このようにしてこれまで小売業は様々な業態を生み出すことで進化してきた。

小売業においてマーチャンダイジングが必要なのは、店舗がリアルな存在として物理的な限界を持つからだ。しかしアマゾンにマーチャンダイジングは不要である。消費者が必要とするものは時間と場所と価格帯の制限なしに、何でも揃っている。前述したコンビニエンスストアやホールセールクラブはマーチャンダイジングそのものの価値を今も消費者が支持している。しかしマーチャンダイジングによって他社との差別化を行ってきた多くの小売業は、消費者をわざわざ店舗に出向かせるだけの価値を失ってしまった。

◼️分配の先にある価値

インターネットでメンズアパレルを製造販売するボノボス(Bonobos.com)は、同社がガイドショップと名付けるリアル店舗を全米の主要な都市に60店近く展開している。それらの店舗は全て予約制で、専門の相談員が顧客の要望に応じて様々な人的サービスを提供する。例えばプロフェッショナルなレベルで顧客のサイズを採寸したり、コーディネートの相談に乗ってくれたり、顧客似合うスタイルを提案したりする。また結婚式向けの衣装などの相談にも応じている。店舗においてはメンズアパレルに関する豊富な知識を持つ店員が、友人に接するような態度で30分、あるいは60分もの時間をかけて親身になってアドバイスをくれるが、その全てが無料のサービスである。

そして店舗では一切商品を購入することができない。販売用の商品は一つもここには存在していない。つまり商品を押し付けられることのないアパレル専門家が自分だけのために、スーツやシャツの最適なサイズを測り、スタイルやコーディネートに関するアドバイスを与えてくれるのだ。そのために店内には全商品がそれぞれスタイルやサイズごとに一着ずつ揃っているが、その全てが試着用であり、販売用に在庫されているわけではない。試着した商品を購入したい消費者は、店舗訪問後に自分のメールアドレスに送られてくるリンクから同社のウェブサイトにアクセスして、そこに表示されている自分のサイズを参考に好みのスタイルや色柄を選び、インターネット経由で商品を発注することになる。

インターネット通販のアパレル企業にとって、顧客のサイズを知ることは大きな課題である。インターネット通販で購入されたアパレル商品が、購入後サイズ違いで返品されるケースは非常に多く、さらにメーカーごとにサイズ表示が微妙に異なる、デザインによりサイズ感が変わることも少なくない。

インターネットアパレル通販企業各社はこのサイズの問題をテクノロジーで解決しようとしてきた。しかし現状ではそうした試みはすべて失敗に終わっている。たとえばZOZOタウンが数年前に試みたZOZOスーツの失敗は、テクノロジーが人的サービスの代替可能なレベルには至っていないことを示す結果となった。AIなどの進化により、採寸制度そのものは今後改善されるかもしれないが、ボノボスがガイドショップで提供しているような、プロフェッショナルな人間だけが作り出すことのできる無形の価値を、テクノロジーによって作り出すことは難しい。

ボノボスのガイドショップで提供されているのは、プロによる採寸という行為を超えた、ファン作りに直結する人間関係の構築である。ボノボスで働いている店員は全員ファッションが大好きな人間であり、彼らがリアルな店舗をフルに活用して、自分のために色々な服を親身に選んでくれるという体験は、一人の人間をボノボスのファンにするのには十分過ぎるものだ。すでに採寸を経験している顧客であっても、同社のオンラインショッピングサイトから選んだ商品を指定のガイドショップに全て送り、店員のアドバイスを聴きながら試着して、気に入ったものだけを最終的に購入するというサービスも用意されている

→商品の先にある価値とD2C


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