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米航空界の悩み:昇進拒否志向で機長も成り手が不足している

日本の企業では最近、せっかく昇進の機会を与えても「偉くなりたくない」、「仕事が大変になりそう」、「責任を負うのはいやだ」などの理由で、若い人が昇進したがらず現状維持を望む向きが増えていることが問題視されているが、なんとアメリカの航空パイロットの世界でも同じような傾向が起きていて、有能な機長の不足に悩む航空業界に波紋を広げている。

米デジタル・メディア“エアカーゴウイーク”の8月17日版でエドワード・ハーディ記者がレポートしたところによると、アメリカン航空のパイロット組合に所属するパイロットのうち、7000人以上が機長職へ昇格することを辞退、あるいは望まない一方で、ユナイテッド航空では過去1年間に978名の機長欠員のうち、その半分ですら補充するのに苦労している現実があるのだとか。

航空会社の機長といえば長い間、社会の中で尊敬と憧れの対象となる職業のひとつだった。しかし、上記の2つのエピソードは、機長の役職をめぐる周辺に明らかに大きな変化が生じていることを示している。その背景にはどんな事情があるのだろうか。

その背景について、ある航空コンサルタント会社の首脳は、「機長になれば名誉ある称号のほかに報酬も魅力的なレベルになるが、半面で年功序列のラインから外れるし、就業規則によって休日中に任務を受け入れることが強制される場合もある。飛行計画は会社側によって恣意的に変更または延長される可能性もついてまわる」と、機長になると同時に直面する責任や不確実な生活を覚悟しなければならず、こうした制約が機長予備軍たる若いパイロットに忌避される一因と指摘した。

同時に、このコンサルタントは、「現代の若いパイロットは、自分のスケジュールに不確実性が生じること、すなわち自分のワークライフ・バランスが崩れることをなにより嫌う」と、最近の若者たちに共通する人生観が、現在の生活を乱してまで昇格することを望まない結論を選択するのだと言う。

しかし、この傾向は航空会社にとって由々しき問題だ。IATA(国際航空運送協会)の最新データを見ても、航空交通量の増加は著しく、2023年5月の有償旅客キロ数は前年比39%も増加した。世界全体のエア・トラフィックも、19年5月のコロナ前レベルの96%にまで急回復している。
このような急回復が、航空業界の最も差し迫った課題のひとつである「機長不足」をさらに深刻化させているのは言うまでもない。
実際、一部の地域航空会社はすでにパイロットの人員配置の制約から運航スケジュールを最大20%削減しており、大手航空会社でも繁忙期の機長やりくりは綱渡りの状況だという。

ICAO(国際民間航空機関)の予測によれば、今後も拡大する航空機運航を維持するには26年までに35万人を超えるパイロットが必要という。
このため、米航空業界としては、機長を目指す野心的な若いパイロットに新たな扉を開きつつある。たとえば、デルタ航空ではB757やB767などの航空機で、勤続4ヵ月半しか経っていないパイロットにも機長になる機会を与えようという、これまでの業界の常識からは考えられない措置も導入しているところ。

デルタ航空ではことし3月、親子の機長・副機長がひとつの便に乗務したことも

航空業界としては今後、若い機長予備軍に魅力ある機長像を提示していくべきだろう。まず、現代の若い人々の性向に合わせて、機長昇格時の焦点をワークライフ・バランスに移すことが重要だ。 そのため、ユナイテッド航空のパイロット組合は最近の契約再交渉に当たって、パイロットが休日に任務を受け入れることを強制されないようにするための措置や、突然の勤務に対するインセンティブの導入やスケジューリングシステムの改善など、79項目の生活の質の向上を掲げている。

機長のワークライフ・バランスとメンタルヘルスの改善にもっと重点を置くことで、航空会社は機長の役割を再活性化でき、かつ若いパイロットたちにも機長職への魅力を感じてもらうことができそうだ。どんなに技術が発展しても、まだまだ当分の間は、飛行機を安全に飛ばす肝心要の存在こそ優秀な機長なのである。

2023年8月18日掲載

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