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探偵討議部へようこそ 八章 第十六話

第十六話 先輩たちよ、どこへゆく?

 まるで全校朝礼の時のように並んでいる人、人、人。皆学生だ。授業に出なくてもいいのだろうか?

「アイツ、なんであんなに嬉々としてセミナーに参加してるのサ。アタイには信じられないわ。」
 隣で妙に色っぽいハスキーボイスがする。

「その口調、やめて下さいよ。」
 思わず口にすると、デストロイ先輩は「何をバカなことを言うか」と言う顔をした。

アタイの口調は、アタイが決める。アンタに指図される覚えはないわ。」
 そう言って、サラッと髪をかきあげた。無駄に色っぽい。

 僕とデストロイ先輩は、なんとかギリギリで無料セミナー受付に滑り込み、居並ぶ参加者の最後尾にいた。デストロイ先輩の着替えの時間がなければもう少し時間の余裕があったと思うのだが、、。

「アンタ、そのメガネ、割と似合ってるわよ。ちょっとだけ可愛いわね。」

「やめてくださいよ。」
 (気持ち悪い!)の一言をかろうじて飲み込んだ。

 潜入前、「ハシモー。君の存在感はほぼ皆無だから変装の必要はない、と言いたいところだが、今回に限ってはこのメガネをかけておいた方がいい。」とやたらに分厚い黒縁メガネを渡されたのだ。「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」で有名な映画解説者みたいだ。

「あの〜う、やっぱりこれ、かけてる方がむしろ目立つんじゃ・・・!? さっき頂いたモコモコのセーターだけではダメですか?」
 すると先輩は耳元に口を寄せてきた。甘い髪の匂いにちょっとドキッとしたと思ったら、囁き声で罵倒された。

「馬鹿だね。ヤツらから見たら、その死んだ目がどんだけ美味しい御馳走と映るか、アンタ、全然分かってないね。これくらい主張の強い眼鏡をかけて、やっと多少は目くらましになる程度だよ。アンタが素顔でここにいてごらん、ピラニアの群れに放り込まれた生肉みたいになっちまうよ。」
 僕の目は釣り餌から生肉に昇格したらしい。

「それに、ちょっとは変装した方が探偵気分になれるでしょ。」
 そう言っていい匂いの女の人・・・いや、デストロイ先輩は長い睫毛でウィンクをした。

 探偵討議部へは連絡してあるから、僕たちの居場所はわかっているはずだ。ただ、今からだと他のみんなの潜入は難しいかも。ここはなんとか二人で潜入を成功させ、ロダン先輩を部に連れて帰らなければ。

 問題はそのロダン先輩だ。ご本人は変装しているつもりなのかもしれないが、まさしく「ロダン先輩」としか言いようのないそのままの姿で、挙手してはアララギとかいう男と掛け合い、あまつさえ壇上に上がり、奇妙な魔術まで目の前で見てる。「感じ入った!」と言わんばかりの表情で降りてきたけど、あれは大丈夫なのだろうか。

 壇上のアララギが威厳のある声で演説する。エコーがかかっているようだ。よく聞くと、エコーには微妙な加工がなされており、壇上の男の声自体が波打っているかのように聞こえる。その声に震わされるような感覚がある。どうしても聞き入ってしまう。

「アンタ、気づいたかい?」

「はい。声にエコーがかかってますね、、。」
 デストロイ先輩は「何を当たり前のことを言うか」、と言う顔をした。

「それだけじゃないわ。アイツが喋るリズムに合わせて、会場の照明も微妙に明滅してる。光と音の波動で、聴衆を擬似催眠状態に陥れようとしているのよ。アンタ、飲まれるんじゃないわよ。今までで一番興奮したアニメのことでも考えてなさい。」

 全く、先輩は人をなんだと思っているのだろうか。一番興奮したアニメだって!?最高ランクのソムリエに「一番美味しいワイン」を聞くようなその無粋。アニメの味わいは、観覧するときのシチュエーションによって変化するのだ。アニメは生き物。なんたって、アニメーションの語源は、魂や生命を意味するラテン語の「アニマ」なのだ!

 噴飯やる方なく思っていると、確かに催眠みたいな状態から覚めた。結果的にナイス助言だ。デストロイ先輩!

 そうこうしているうちに、ロダン先輩は「5人のリーダー候補の一人」として、壇上の男に向かって、「皆で幸せになりましょう!」とかなんとか叫んでる。まあ、先輩らしいといえばらしい発言ではあるけれど。ロダン先輩は大丈夫なのだろうか。一体、どこへ行ってしまうのだろうか。

「それにしても、、。」
 隣のデストロイ先輩が呟いた。

「アララギ、と言ったかしら。アイツ、ちょっといい男ね。

「……。」
 デストロイ先輩も、一体、どこへ行ってしまうのだろうか。

 アララギの声が響く。
「さあ、皆、『この人についていきたい』と思った人の後ろに並びなさい。それが君たちの『選択』。人生とは、選択の連続なのだ。『選択』には常に十分な時間が与えられるとは限らない。よく考えて、だが3分以内に選択を終えるように。遅延は許さない。」

 まさに僕の探偵討議部入部も、一つの「選択」。選択に十分な時間は与えられなかった。成り行き、に近い形で入部したけれど、、。この選択に後悔はないのか?と、問われると、わからない。

「アンタ、何してるのよ。並ぶわよ!」
 デストロイ先輩の声で我に帰る。またアララギに飲まれるところだったか。意外といいこと言ってるよな、あの人。

 その時気づいた。ロダン先輩の後ろに長蛇の列!なんとカリスマ性のあるリーダー!!これって、大丈夫なの!?

(続く)

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