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地獄のロデオ

<注意>
このお話は本当にくだらない上に、若干オシモの方にシフトしてしまっています。苦手な方は、どうか続きをご覧になりませぬよう。


 (昼休みだ。来る頃だな。)そう思っている間に窓ガラスにあいつの特徴的なシルエット。今日も来たのか。やむを得ん、付き合ってやるか。

 「トイレ行こーぜ。」

 あいつの声が響く。

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 本場のロデオを見たことがあるだろうか? Bull ridingと言う競技では、カウボーイたちは荒ぶる牛の上に乗っていられる秒数を競う。腰に巻き付けられたFlank-Strapを外そうとして、牛は飛び跳ね、アリーナ狭しと土煙をあげて暴れ回る。激しくうねる牛の背の上で、流石のボディーコントロール。カウボーイは高々と左手を挙げ、余裕のライディングをアピールする。

 8秒間。それが、「ライディングが成功した」と認められるのに必要な時間。恐らく体感時間は、ずっと、ずっと、長い。一歩間違えば大怪我、最悪待っているのは死。まさに命知らずの所業といえる。だが、それ故に観客は熱狂する。

 男子校のトイレで行われる「地獄のロデオ」。本場に勝るとも劣らぬスリルと熱狂がそこにある。

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 男子校でトイレに行くのは一つの賭けだ。決して落ち着いて用を足せるなどと思わない方がいい。特に大きい方を催した場合は要注意。男子トイレの個室のドアが閉まっている事を見つけるなり大声をあげる奴がいる。

 「クッセー。誰だよ!」。
 ほっといてやれよ。ひどい奴だな。誰であるかを知ったとして、それが君になんのプラスになるんだ?君のはフローラルの香りだとでも言いたいのか?人の用便を笑うな。

 ご安心あれ。そう言う無粋な事を言う奴はいつか必ず報いを受ける。僕は確かに見たことある。真っ赤な顔した先生が個室から出てくるのを。小一時間の説教をくらえ。

 大きい方は要注意。では、小用ならいいかと言うと、決してそうではない。不用意に小用をするとはじまる「地獄のロデオ」。

 本場のロデオと違うのは、「カウボーイ」が事前に競技開始を知らされていない点だ。それどころか、自分が「カウボーイ」であることすら知らない。とにかく、小便器の前に立ち、用を足し始めると突然競技が始まるのだ。隠れていた「仕掛け人」が不意に現れ、「カウボーイ」の後ろに立つ。それに気づいた時にはもう遅い。すでに放水が始まっているからだ。

 「仕掛け人」は用を足している「カウボーイ」を突然後ろから激しく揺らす。事ここに及ぶと、「カウボーイ」には二つの選択肢がある。直ちに放水を止めるか、もしくは継続するかである。放水を止めるのは意外と生理的に困難だ。しかも、観客ががっかりする。それ故多くの「カウボーイ」は、地獄の入り口が見えていようとも、勇敢に競技へと突入する。

 放水の継続と言う選択をした場合、揺れる体に付属した、これもぶらぶらと揺れる突起物からの放水を、全て小便器内に命中されると言う繊細な操縦技術が必要となる。後ろから揺らされる「カウボーイ」の腰は、右に左に柳のようにしなる。圧倒的ボディーコントロール。

 江戸時代の水芸のように、ほと走る水流が弧を描き、美しい飛沫をあげ、魔法のように小便器に吸い込まれる。流石に左手をあげる強者は見た事ないが、”Yose!” 、“Yamero!”といった観客を煽る掛け声を出すものはいる。その危うさと表裏一体の美しさに観客は熱狂する。

 8秒間。これがおおよそ「カウボーイ」が耐えなければならない時間。体感時間はずっと、ずっと、長い。ライディングに失敗しても死んだりはしないが、精神的なダメージはその一歩手前までいく。「便器のまわりのお掃除」と言うペナルティーが加わるばかりか、無様なライディングを披露した場合には、後々語り草になってしまう。

 8秒間を見事に乗り切った時、ナイスロデオを決めた「カウボーイ」は賞賛に包まれる。彼は伝説となり、そのアクロバティックなライディングの様子は興奮に頬染めた観客により、何度もリプレイされる。ビデオがあるわけない(犯罪である)ので、イチローの打撃フォームのように形態模写されるのだ。これ以上ないほど馬鹿馬鹿しい光景である。

 一歩間違うと「いじめ」と見紛うこの競技、「カウボーイ」役は慎重に選ばれる。「洒落のわかる奴」でなければ「カウボーイ」にはなれない。

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 と、言うわけで、今日も僕はタナクラのトイレに付き合うのだ。一言で言えば、ボディーガードである。

 タナクラは薄い茶色をした悪戯っぽい瞳を持った男だった。中途半端なリーゼントに薄めに整えられた眉、ズボンは定められたものよりも太く、詰襟は着崩して、いわゆる「ヤンキー」の体裁を保っているが、その実気は小さい。半面大柄で、足も大きく、その足がとてつもなく臭い。彼の人となりには関係ないが、書かざるを得ないくらい臭い。

 気が小さい証拠に、彼は自分が突如「カウボーイ」にさせられることをこの上なく恐れていた。そのことを考えるとおちおち用を足していられないらしい。それ故はるばる違うクラスの僕のところまで日参し、ボディーガードに連れて行くのだ。彼にしてみれば、信用できる友達、自分をワナに陥れることもなければ、万が一そう言う奴が出てきた時には止めてくれる友達、と言うことか。小学校からの腐れ縁だから、仕方ない。

 寒い日も、暑い日も、僕が元気な日も、落ち込んでいる日も、裸足に革靴(故に足が臭い)、だらしない服装のタナクラは長い廊下をガニ股でブラブラとやってくる。鬱陶しいけれど、あいつがこない日は「どうしたのかな」とまで思う。別に深い話をするわけではない。校庭にある遠いトイレまで行って、彼が大きいのや小さいのをする間、入り口で腕組みしてしかめ面で立っているだけだ。「いいのが出た」とか「お腹下してた」とか、どう考えてもいらない情報が、ボディーガードの報酬だ。

 だがなんだろう、排泄に付き合う、と言うのはなんだかお互いにとても気を許していることの現れではある。タナクラは、僕がいない時に他人をボディーガードに指名することは決してなかった。トイレのみで繋がった奇妙な友情。今にしてみれば、ヤンキーにも優等生にもなりきれなかったタナクラは、寂しかったのかな、と思ったりする。そう言う素振りを見せる男ではなかったが。

 よく考えれば、彼がカウボーイにさせられる危険はほとんどなかったのだ。なんせ少なくとも僕は、タナクラ以外に「『地獄のロデオ』の仕掛け人」をみた事ないんだから。

 そんなにも信頼している友達の僕を何故揺らす? お前は?

(了)

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