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探偵討議部へようこそ 八章 第十三話

第十三話 死んだ目をした探偵

 ロダン先輩は危険な組織、『ライフ・アンジュレーション』に潜入している。しかも、先輩の「洗脳」に対する防御力はゼロに近い。シューリンガン先輩の推理を聞いて、僕は焦った。体力、戦闘力において人外のパワーを発揮するロダン先輩であればこそ、精神攻撃で「あちら側」の人になってしまったら、手が付けられない。早く居所を見つけなければ。

 僕には「工学部の『生命倫理研究会』の付近で所在なげにしている」という任務が課せられた。今現在「セミナー」が行われている場所を探り出すためだ。

「『サークルや部活から声をかけられた実績』という意味ではリョーキちゃんの方に軍配が上がるが、、、。」
 デストロイ先輩の解説が蘇る。

「あの手の団体はハシモーの『死んだ目』の方に食いつきがいいだろう。」
 人の目のことを釣り餌みたいに言わないで欲しい。

 普段は着ないモコモコのセーターをあてがわれ、言われた通りに工学部のキャンパスをうろうろ。手頃なベンチに座り、用意してきたアニメ雑誌をめくり始める。見かけは大変寂しい人だが、内心はまるで本物の探偵になった気分だ。ドキドキする。

 だが、待てども待てども誰も声をかけてくれない。入学直後の新歓の時と同じ状態だ。周りに人っ子ひとりいやしない。僕の異能、「ステルス」のせいだろうか、、。

 ふとアニメ雑誌から目をあげ、周りを見回すと原因が分かった。明らかに挙動不審なサングラスにリーゼントの男がすぐ近くでこちらを伺っているのだ。本人は何気ない風を装って口笛を吹いているが、それがやたらに上手い。「口笛による熱唱」と言っていい。残念なことにそれが「何気なさ」の演技をキャンセルしてしまっており、実に怪しい。あんな男がウロチョロしてたら、誰も寄ってこないに決まってる。

 仕方なく立ち上がると、木陰にモタモタと身を隠したようだが、アロハシャツの裾が丸見えだ。近寄って、ささやき声で話しかけた。
「先輩、だめじゃないですか!」

「だ、ダメ!? どういうことや!?」

「しっー!声が大きいですよ。先輩にそんな格好でそこにいられちゃ、近寄るものも近寄ってはくれませんよ!本当に目立つんですから。」

「し、心配で見にきただけやのに、なんで俺にばっかりそんなに辛く当たるねん! そ、それとな。これ持ってきたんや。アルミニウムパウダー!」 (注: 第一章「ハシモー登場編」)

「……。」

「な、なんやねん。」

これ、『ねるねるねるねの2の粉』ではないでしょうね、、!? しかも、使い所がよくわかりません。」

「あ、アホなこと言うな! 同じミスを何回もする俺ではないわ!とにかく、持って行け! どっかで役に立つはずや。」

「わかりました、わかりましたからあっちへ行ってください!」
 なんとかアロハ先輩を追払い、元のベンチへと戻る。
 (所在なげ、所在なげ、、と。)

 程なく、爽やかな笑みを浮かべた男女のペアに突然話しかけられた。
 (きた!)

「君、病んでるだろう?

 聞き捨てならないことを言う。思わず聞き返してしまった。

「病んでるですって??」

 二人とも、慈愛に満ちた同情の表情を浮かべて口々に言った。

「もう、居た堪れなくなって出てきたんだ!君、薬をやっているんだろう?警察には言わないから安心していい。すぐやめるべきだ。目が死んでいるぞ!君は人生を変えなくてはいけない。そのためにいいところに連れて行ってあげるから。」

ああいう人との付き合いはやめた方がいいわ。あなたは悪い人に見えないもの。目は死んでいるけれど。ためになる話を聞きにいきましょうよ。そんなに時間は取らせないから。」
 ど、どんだけ「死んだ目」を連呼するんだ。デストロイ先輩が予言したように、大好物なのだろうか。どうやらアロハ先輩と薬のやり取りをした、と誤解されたらしい。変なところで役に立つ、アルミニウムパウダー。

 男性はイトウさん、女性はサカキさんと言うらしい。薬をやっているとまで誤解され、大変不本意ではあるが、紛れもなく今がチャンスだ!

「ぼ、僕なんかダメですよ。どんなにいいお話を聞いたって、救いようがないです。落ちるところまで落ちたらいいんです、、。」
 死んだ目、全開!もともとない目力を全力で抜く。

「ば、ばかなことを言ったらいけない。アララギさんならきっと救ってくれるさ。君はまだ若い。いくらでもやり直せる!」

「と、とりあえず話だけでも聞いてみましょうよ。今までと違った風に世界が見えるわよ。」

 イトウさんとサカキさんは僕の様子を見て一様に慌てた様子だった。この人達、実は善人なのかも、、。だが、ここでもう一押し!僕は救いを求めるように二人ににじり寄り、質問した。二人とも若干引いているが、ここは気にしない。

「あ、あの、、、。いい話ってどこで聞けるんですか?」

「今もやっているわよ。キタヤマセミナーハウス。50−60人は来てると思うわ。」

 (これが欲しかった情報だ!)
 そう思った瞬間、彼方から轟音が押し寄せてきた。構内をものすごいスピードでバイクが走ってくる。あれはDT125! どこで話を聞いてたんだ!? もしかしてこのセーター!?デストロイ先輩はすれ違いざまに僕を素早く後部座席にひっさらうと、僕に新品の紺のメットを被せた。

「よくやった、ハシモー!直接向かうぞ。こいつを使え。名探偵気取りのパイポ野郎に繋がるはずだ。」

 デストロイ先輩が携帯を放ってよこす。送信履歴の一番上には、シューリンガン先輩の名が。

 (今日の僕って、「探偵」してない!?)

 死んだ目をした探偵を乗せて、DT125は爆音を上げ、ひた走る。北へ!

(続く)

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