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探偵討議部へようこそ 八章 第十五話

第十五話 ヤスノヴィージニア

「当日、僕は『ドリー・泡尾』と名乗るから、よろしくね。モリミズさんは、『ハチスカ・ヨウ』だ。お互い変装して行った方がいいね。まず、パーマを当てて。それから、その眼鏡はコンタクトに。服装も大胆に変えてみよう。」

 コマエダくんが嬉しそうに言うから、私は眼鏡を外してアイメークを施し、黒のノースリーブトップスに、白のロングスカート、白と黒のツートンカラーのハンドバックにハイヒールと言う格好でやって来た。できるだけ、スタイリッシュな「ハチスカ・ヨウ」という架空の人物になりきって、コマエダくんを驚かせたかったのだ。だのに、「うわあ、似合ってるねえ!」と言った本人のコマエダくんときたら、Tシャツの色が黄色から白に変わっただけで、特段変装している様子もない。何を考えているのだろう。探偵なのに!

 ともかく、『ドリー・泡尾』として一緒にセミナー会場の入り口を潜ったはずのコマエダくんは、セミナー開始早々に「駒鳥くん」に名前が変わってしまった。

 自由奔放に振る舞うコマエダくんにハラハラしたけれど、彼の自然体な様子は変わらない。真剣にアララギさんの話を聞いて、セミナー参加しようとしてる様子が、横にいても伝わる。彼が隣にいると、セミナーの雰囲気も、一人できた時とはずいぶん変わって感じられる。私自身が落ち着いているんだ。それにしても、「充血してますけど、大丈夫ですか」って、、、。その発言自体大丈夫なんだろうか!? コマエダくん、怒られたりはしないだろうか?彼を知ってるわたしからすれば、心配して発言しているのは明らかなのだけれど、揚げ足をとってるようにみられないだろうか?

 言われた張本人のアララギさんは、厳粛な顔立ちとなった。青と赤のオッドアイで、壇上からコマエダくんを見下ろしている。

「私の赤い目のことを言っているのか。充血しているのではない。この目こそが、私が宇宙の波動と同一化した末に得ることができた、全てを見通す目なのだ。『ヤスノヴィージニア』という。青い右目は未来を、赤い左目は過去を見通すことができる。ちなみに、この大事な目を守るため、私は目薬を欠かさない。」

 へえ、というキラキラした目でコマエダくんは、アララギさんを見上げた。

「疑っているのかね?」

「疑ってませんよー。」

「ならば証明して見せよう。ここに上がりなさい。『触媒』をここに!」

 微妙にズレた会話の後、コマエダくんを壇上に招いたアララギさんは余裕たっぷりの表情でアシスタントに命じた。アシスタントは、胸の高さくらいまであるキャンドル立てに赤い蝋燭を立ててアララギさんの目の前に設置し、それに火をつけた。会場のライトはやや落とされ、怪しい光が壇上でゆらめく様が幻想的だ。

「この蝋燭は、ロシアで作らせた特殊な素材でできている。私の『ヤスノヴィージニア』からの信号を増幅する効果があるのだ。」

 コマエダくんは、無言で頷いたが、その頭の上には「?」が見えた。

「駒鳥くん。私の左目には、君の過去が写っている。私が質問するから、君は全て『いいえ』で回答するんだ。いいね。」

「いいえ。」

「私の奇跡を見たくない、というのかね?」

「いいえ。見たいですヨゥ。先程、どんな質問にも『いいえ』で答えなさい、と言われたから、、。」

「…まあ良い。続けよう。いいか、君が嘘をついている、と『ヤスノヴィージニア』が判断した場合は一際大きな炎が上がることとしよう。まず、君は、ハーフだろう?」

「いいえ。」

 コマエダくんの答えに、アララギさんが両手を蝋燭にかざすポーズをとる。その瞬間、蝋燭から一際明るく、大きな炎が上がった。

「今のは嘘だね?『ヤスノヴィージニア』はそう言っている。」

「いいえ。」

 アララギさんが蝋燭に手をかざす。再び赤い炎が燃え上がる。

「それも嘘だ。つまり、君はハーフだね?」

「いいえ!」

「‥‥‥。」
 アララギさんの顔に、一瞬、イラッとした表情が浮かんだように見えたが気のせいだろうか。

「もう一つやってみよう。君は、最近大きな悩みを抱えているだろう?」

「いいえ。」
 アララギさんが蝋燭に手をかざす。炎は大きくなる。

「それも嘘だ。悩み、とはお金に関することだね?そうだろう?」

「いいえ。」
 炎は大きくなった。

「大丈夫だ。私のセミナーを介して、君の悩みは解決される。ここに保証しよう。」

「ありがとうございます!」

「そう、これが私の力。理解したかね?」

「いいえ!」
 コマエダくんはブンブンと頷きながらも、愚直に「いいえ」を連呼する。なんて素直な人なんだ。

 アシスタントが声を合わせる。
「ハラショー!アララギ!!」

 コマエダくんも嬉しげに拍手を送り、声をあわせた。
「ハラショー?!アララギ!」

 壇上にはなんだか和気藹々とした雰囲気が漂い始めた。

「では、駒鳥くん、元いたところに帰りなさい。」

 戻ってきたコマエダくんは息を弾ませながら、

「カッコよかったね!あの炎がブワッてなるやつ!ずっと『いいえ』で答えるの結構大変だったよ〜。だけど本当にすごかったねー!全部当たりじゃない!僕にもあんなことできるようになるのかな?ところで、『原小』ってなあに?出身校かな?

 と目をキラキラさせた。すっかりアララギさんのファンになってしまったようだ。

「コマエダくん、、。お金で悩んでいるの?」
 小声で聞いた私に、コマエダくんはウインクした。

「三日目のセミナー費のこと、ね。なんでわかったんだろ?不思議だねえ。」

 その後、真っ先に名乗りを上げたコマエダくんを含む五人のリーダー候補が選ばれ、アララギさんに向かって抱負を叫んだ。もちろんコマエダくんも大きな声で。

「みんなで幸せになりましょう!」

 アララギさんはその様子を壇上から満足げに眺めていた。

(続く)

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