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臨界パワーモデル(10)

 「臨界パワー(critical power)」とは、運動において無限に保てる理論上の最大パワーです。ランニングはパワーと走速度が比例しているので、「臨界速度(critical speed=CS)」に置き換えられます。CSより下のペースであれば、理論上は永久に走り続けられます。

 CSより遅い場合、血中乳酸濃度や酸素摂取量など最初は上昇しつつも一定の値に落ち着き、定常状態になります。ところがCSを超えると、それらの値は上がり続け、疲労困憊に至って速度を保てなくなります。CSぴったりだと、血中乳酸濃度は「最大乳酸安定状態」(the maximal lactate steady state=MLSS)になっています。

 練習強度の分類は、MLSSと有酸素性作業閾値(LT)を元に、MLSS以上を「severe(シビア)」、MLSS~LTを「heavy(ヘビー)」、LT以下を「moderate(モデレート)」とする手法が学術界では定番になっています。和訳すると、「ひどい」「きつい」「おだやか」とでもなりますが、定着するでしょうか。カタカナ語そのままというのも手ですよね。

 さて前回に続き、新谷仁美選手がハーフマラソンで日本記録を樹立した試合前の練習を分析していきます。

 あらかじめ新谷選手のCSを計算しておきましょう。新谷選手の1万mと5千mの記録を元に割り出すと、1kmペースでは3:10.59秒で、400mペースでは76.2秒となります。

10月の練習内容

 10月の練習は下表のとおりです。

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 表の中のインターバル練習の日を見てみましょう。4日、21日、24日、28日、29日がそれに当たります。これらの日の疾走部の速度はCSに対してすべて大きくなっています。CSより大きい場合はセルを赤く塗ってあります。

10月中旬までペース走集中

  前回は10月4日まで終わったので、それ以降を見ていきます。5日から19日までの16日間はシビア強度の練習はやらず、ヘビー強度のペース走のみでした。シビア領域のインターバル走がないのが特記事項です。意図的にメニューをそう組んだのか、インターバル走が出来ない事情があったのか、興味深いですね。

 モデレート強度の下限はLTで、血中乳酸濃度が上がり始めるスピードです。この値は測定施設で計測するほかありません。思い切って(笑)この値をジャック・ダニエルズ氏のイージーペースと仮定すると、おおよそCSの80%くらいになります。この速度は10月5日にちょこっと出てくるだけですね。

10月下旬からインターバル練習出現

 21日のショートインターバルは、疾走部は1分以上あり、緩走部が45秒です。緩走部が45秒だと血中乳酸濃度などが回復しないので、どんどんきつくなっていきます。とは言うもののスピードがCSの104%と、最大酸素摂取量速度の目安である108%(だいたい)は超えておらず、ジワジワ追い込む感じでしょうかね。

 22日のビルドアップ走は、CSの直下で、なおかつCSを超さずにやっています。継続時間は41分で、前日の疲労がある中で遂行するのは、きついでしょう。

1000mインターバルも

 24日は市民ランナーの定番でもある1000mのインターバルです。とはいえペースはちょうどCS付近であり、緩走部も60秒なので、きちんとこなせたのではないでしょうか。市民ランナーの1000mインターバルは、最大酸素摂取量速度(5000mのベストよりやや速いくらい)でやり、200mを緩走して休んで7本くらいがスタンダードでしょうか。

 26日の20キロ走は、試合で走ることになる時間に慣れる意味かもしれません。当日はCSちょうどくらいで走るのに対し、この日は86%でした。

 28日は21日とほぼ同じ構成で、緩走部を短くしていました。前回と違うのは、翌日に1000mのインターバルを入れたところです。ペース等の設定は24日と同じです。

 31日のビルドアップ走は、22日とほぼ同じながら、若干ペースが上がっています。こうした向上が、本番に向けて体力を上げていくことの現れなのでしょうか。

 さて11月の練習がどのようなものか、楽しみですね。

 

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