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ぷつんと切れてこの世を去ってしまった。真っ直ぐ過ぎる男の残した言葉。

張り過ぎた糸は余りにも簡単に切れてしまう
あの出来事をキッカケに僕は嫌と言うほど思い知らされる事になる…。


曲も中盤に差し掛かり、高難易度のリードパート
ここからが難しい…。
刻み続けていたリフパートから、ピックを少し短く持ち
弦に滑らかに当てないといけない。
少しでもピックの速度を落とせば三連付の音が濁ってしまうからだ。

「よし!イメージ通り。後はベンドからの上昇パート」

6弦、5弦の12fと15フレットのベンド。
ギュイーンと激しい音が不協和音になった。
弦は弾け飛び耳障りの悪いノイズが部屋を支配した。

「くっそー!!ここで高切れかよ!?」

がっかりしながら弦に目をやると所々錆が来ていた。
日頃のメンテ不足だ…。

「あーあ、何で僕はいつもこうやってミスを繰り返すんだろう」

大量にストックした弦のプラスチックケースを開けて
お気に入りのERNIE BALLスーパースリンキーを取り出す

何気に弦交換は好きだし、このピンク色のパッケージは何だか非常にそそる。ワクワクしながら弦交換をしている時
遠い昔の事を思い出していた。


アイツは間違いを犯した事はない。
常に高い目標を持ち、誰よりも責任感を持ち物事に取り組む優秀な男。


誰よりも優秀で、誰よりも秩序を守り
学業にもスポーツにも真剣に取り組み、仕事もそつなくこなしたスーパーマンの様な人間。
僕とはとてもじゃないけど似ても似つかない人間で
彼の評判を聞けば、誰でも自分などちっぽけな人間なんだと思い知らされる。そんなパーフェクトな男の話。


僕はいつものように校庭の桜木の側に座っていた。
将来の事など考える余地もない。
少年に毛が生えた程度の年齢の僕は、せいぜい今晩の夕飯のおかず位しか頭にないのだろう。


「あーあ部活面倒くさいなぁ。帰宅部にでもなろうか」


「またそこで辛気臭い顔をしてるのか?」
「全く今からでも生きる目標がなければ腐ってしまうぞ」

ポンポンと僕の肩を叩き、笑顔を見せるクラスメイト、通称逸材だ。彼は所謂パーフェクトな男を地で行く様な人間で一つも隙がないそんなやつだ。指定されたジャージに身を包んでいるのだが何処か真新しく見える。
シワ一つつかずキッチリと着こなされたジャージは何処か気品を感じずにいられない。


「夢ったって僕たちはまだ中学生じゃん。」
「夢もクソもあったりしないよ」

そんな顔を見て呆れたのか、大きな口を開けて笑っている


「馬鹿いうなよ、お前はつい最近入学してきた様な気分にならないか?人生は長いようで短いんだ」
「ボケっとしている暇などないんだ。まぁお前はどうせ今晩の夕飯の心配で頭がいっぱいだろうけど」


ギクリとした。彼はいつも僕の心を読めているかの様な顔をして見つめて来る時がある。
この前もそうだ、僕が物思いにふけって窓を眺めていると


「恋する乙女は綺麗だと言うけど、恋する男子は何故こんなにも苦しそうなのでしょうかー?」


なんて茶化された。僕が急に顔を赤くしたものだから、またいつものように大口を開けて笑った。
学業もスポーツもこなす完璧人間でありながら、社交的で親しみやすい性格からか非常に人気が高い男だ。
そんな男がゲラゲラと笑う姿は非常に魅力的に見えるらしい、完璧な人間が見せるギャップなのだろう?


「まぁどんな人生であれ、お前の進みたい道に進めばいいよ」


最後にはこうである。初めから説教などしなければよいのにと思うけど、そんな優しさに僕は惹かれたのだと思う。


「じゃあさ自分は何になりたいのさ?」
「夢があるんだろう?」


待ってましたとばかりに腰を浮かせて、僕の前に座り直す

「俺はいい大学へ入って、いい会社に入る」
「そんで誰よりも稼いで、人のためになる様な人生を送りたいんだ」


一見大人っぽい発言に見えるが、少しあどけなさも残る夢に感じた。素敵ではあるけど、世の中そう上手くはいくのだろうか?と考えてしまう。


「だからこそ今が大事なんだ。自分を律し、自分を高める」
「妥協なんて許されない。俺は一気に目標へと進むために努力をしているんだから」


授業のチャイムが鳴る。昼休みは終わりを迎えた。
しまったという表情で彼は走り去っていく
早く走れ!!遅刻するぞと走る彼の背中が何処か遠くへ行ってしまう様な気がして背中に冷たいものを感じた…。


それからどれだけ彼と会っていないだろうか?
長い期間が空いて入ってくるのは風の噂。
地元では少し有名で、彼の夢の大半は叶えてしまったという。中学生時代から一切ブレずに目標へと突き進む。
その性格が功を成したのか、比較的に若いうちから結婚をし、家庭を持ち事業を起こしたとのこと


「アイツはブレない男だよ」
「オマケに内面も外見もいいと来た」


「そんな男が何故…。


いい噂など風に乗った埃の様に飛ばされるのだが
悪い噂はいつまでも留まり続ける。


「彼自宅で首を吊ったらしいよ…」


にわかに信じられなかった。
誰よりも努力をし、誰よりも人の心に寄り添い
学業もスポーツも真剣に取り組み、誰が見ても羨ましい人材であるはずなのに。


あの時感じた違和感がまさか…。

僕は何故か直感だけは優れていた
彼の背中が遠くなるたびに感じた、大きな違和感。
何処か遠くへ、誰も行くことがない場所へ旅立ってしまう恐怖。授業中にチラチラと目をやっていたがそんな違和感はとうに消え失せていた。
時折気がついては眉を潜めておどけた顔をしたあの顔も
僕はしっかりと思い出していた。


「アイツは完璧過ぎた」
「いや、完璧を追い求めすぎていたんだよ」


自分を律し、高い目標を持つ
その目標へとひたすら突き進む。まるで標高の高い山をノンストップで駆け抜けて行くような感じだ。
全ての物事がトントン拍子に進むが、それと同時にそのスピードに耐えられなくなる。リミッターが外れて、挙げ句には道を外して真っ逆さまに堕ちていく。

彼の人生とは何だったのだろうか?

多くのものを手にして置きながら
その全てを手放さなければいけない苦痛。
ただひたすら己の目標を達するために努力をし、人の為に世のために生きようとした純粋さ。
それが時に足枷となり、彼の足元を狂わしてしまった。


お前はそのままで良かったんだ
もう何も努力する必要はなかった。
ただあの時の様にあどけない笑顔で笑っていれば良かった
お前は人に十分過ぎる程優しいくせに、その反面自分に厳しすぎたんだよ…。

僕が惹かれたのは学力でもなければ、スポーツ万能な所でもない。クラスの中心的存在と仲良くなりたいわけでもなかった。ただ只管お前の奥底に眠る自分自身を取り戻して欲しかった。自分を押し込めて、自分を偽り続けた。
本当は辛くても、苦しくても常にパーフェクトを演じ続けた。そんな側面を見せてくれなくても良かったんだ。

友人である僕にだけは…。


彼の葬式は盛大に行われた
地元の商店街のおじさんおばさん。彼のお得意様達
多くの知らない人間たちで溢れていたが
彼の棺の側に座る人間が少ないことに驚いた。
片親で常に息子をかわいがっていた母親と祖母の姿のみだった。彼の家族はとっくに彼の元を去っていたのだろう。なんとも淋しいものだ…。

大きなパネルの写真に映るアイツは
最後にあったときよりも大分凛々しくなった。
誰が見ても男前だと思うルックスで、癖のない笑顔を見せていた。
だけど棺に収まった彼の表情はまるで生気を抜かれてしまった抜け殻の様だった。
大きなクマを浮かばせて、頬はコケて余計な贅肉は殆ど着いていなかった。


「貴方は〇〇くんかい?」

ふと目をやると涙で赤く腫れた目をした彼の母親と目があった。

「ええ、彼とは中学時代仲良くさせて頂きました。」

彼女は姿勢を正し、一度座り直した。

「あの子はいっつも貴方の話をしていたんだよ。」
「アイツが羨ましいってね」
「なんにでもなれる、何でもできるという選択肢があるからだと」

バカを言うな!!アイツにだって選択肢はあったじゃないか?
その全てを自分で放棄したんだ。

それからだろうか僕は人目をはばからず沢山泣いた。
人生でこんなに人前で泣くことなんてなかったのに。


羨ましいと見つめていた背中は
僕の背中を眺めていたのだ。
お互いが近くにいながら遠くに感じていた。
そんな事なんてあんまりだ…。


「お前はなりたい様に生きればいいんだ」
「お前はきっといい人生を歩むはずだから」


キッチリと着込んだジャージをさらにぴしっと伸ばしながら少し照れくさそうに話したアイツの言葉。
人一倍優しくて、人一倍自分に厳しい男。


張りすぎたギターの弦の様に
圧力をかけ過ぎればいつかは切れてしまう。
そして常に先を見続けていれば、小さな錆に気が付かなくなる。時に圧力を緩めて歩を止める事も必要である。
そして自分を律し壊してしまっても、誰も貴方の代わりにはなれない。どんな姿であろうとも、どんな人間であっても、そんな貴方の姿に惹かれる人間は必ずいるという事。

そんな真っ直ぐ過ぎた男の物語は
僕の生き方に大きく影響を与えた。
優しさと強さを教えてくれた。


お前は十分人の役目に立てたんだよ?

もうそれで十分じゃないか…。

まさか天国に行ってまで自分に厳しくしているんじゃないだろうな?

全く呆れた男だよ…。


そうだ今年も無事に綺麗な花が咲いたよ。
あの時は花は咲いてなかったもんな。
今年はじっくりと眺めさせて貰うとするよ…。


お前の自慢話が聞けないのは少々残念だけどね…。

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