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ベトナム紀行「行かずに死ねるか」(4)

簡単に死なせないー後期高齢者と旅するベトナム4日間

後期高齢者3人と奥さんの付き添いで旅行したベトナム。高齢者たちの反応から察するに、旅行の評価を天気で表現すると「雨」だろう。ただ、ずっと不満気だったわけではない。時には笑い、時には満足気な表情を浮かべる瞬間もあった。それを3人が思い出せば、評価が「曇り」程度には上振れするかもしれない。楽しかった記憶を思い出すには時間がかかりそうなので、一緒に行った高齢者たちは簡単に死んでもらっては困る。どうか長生きしてもらいたい。

※関連リンク(ベトナム紀行シリーズ):「『行かずに死ねるか』(1)後期高齢者と旅する4日間」、「『行かずに死ねるか』(2)自己中率60%の集団」、「『行かずに死ねるか』(3)8割「雨」評価

少女のように

一般に満足したことよりも、むしろ不満だったことが印象に残るという。だから、たとえ一瞬でも、楽しい時間を生み出しただけで目標を達したと考えたい。奥さんが頑張って練った旅行プランのおかげだ。ちょっと詰め込み過ぎの感があったことは、この際指摘しないことにする。

現地の旅行代理店「シン・カフェ」の日帰りツアーでは、高齢者3人いずれも長時間のバス移動にもかかわらず、大いにはしゃぎ、メコン川の流れを楽しんでいた。「ちゃんと写真撮ってくれた?」と、義母さんが記念撮影を催促する一幕もあったほど。

義母さんはアオザイではないけれど、イージーオーダーでベトナム生地の薄手のシャツを購入。当初は「気に入っていない」と嘯いていたものの、数日後、それがホテルに届いた時には少女のような喜声をあげていた。試着し、何度も鏡の前で確認したようだ。

ホテル・マジェスティックで

ワガママ・ツートップの一角を占める義母さんの知り合いのご主人も、ホーチミンで昔の知人と会食する悲願を叶えた。ぼったくりで有名なベンタイン市場では、売り子をからかいながら得意気に値切り技術を披露するなど、なかなか楽しんでいたように見える。

ああ、そうそう。このご主人は旅行中に誕生日を迎えたので、ホーチミン指折りの「ホテル・マジェスティック・サイゴン」の展望バーで"プチ誕生日会"を開いてあげたっけ。そういえば「本当に嬉しい」と、照れ臭そうにお礼を言った表情はなかなかキュートだったような。

高齢者3人のうちでは最も穏やかなそのご主人の奥さんも、最終日のネイルサロンで若干興奮気味だったとか。ホテルの不手際、交通マヒによる影響は、大きな不安・不満を掻き立てた事実は否めないけれど、こうして挙げると、皆んな結構楽しんでないか!?

赤瀬川原平著『老人力』によると、「老人は都合の悪いことは忘れる」という。それは事実に近そうだ。そこからすれば、一緒にベトナムに訪れた高齢者たちが「これまでで最悪の旅行」(義母さん)、「こんな酷い旅行は経験がない」(義母さんの知り合いのご主人)という暴言を吐いた手前、今更引き返せず、楽しかった旅行中の記憶を抹消してしまう恐れがある。

どうせなら、心ない言葉をほざいたことを忘れてくれないだろうか。ついでに楽しかった記憶で悪い印象を上書きしてもらえれば最高だ。塗り固められた悪い印象を拭い去るには、どうしても時間がかかる。だから、一緒にベトナムに行った3人の高齢者たちに向け、敢えて言いたい。「楽しかった旅行の記憶をきちんと思い出してから死んでくれ」。

ああ、本人たちを前にしては絶対に言えない。(終わり)

(写真〈上から順に〉:ベンタイン市場のエントランス=りす、日帰りツアーで水上マーケットを見学=りす、夜景を眺めながら"プチ誕生日会"=りす)

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