発達障害の話をしよう。でも飽きちゃったよって話。
過去記事でぼくは”発達障害の話はどうやっても面白くならない”と書いたことを今、起きてスグに思い出して「いやいや、そんなことねぇぞ」と思い直した。何でなのかはぼくの脳みそに聞いて欲しい。いや無理か。無理だから文章にしているわけだね、てへぺろ。(ふっる!
ぼくがおかしいんじゃない。周りがおかしいんだ!の思想の成れの果て
仕事に疲れて人間関係に疲れてくると、かなりの確率でこういう考えを持つ人がいるらしい。「私は正常だ。みんなの頭がおかしいんだ」と。
なんとなく正解な場面も場合もあると思うんだけど、この考え方の先にはちょっと怖い想像をぼくはしてしまったわけだ。
周囲の人間関係がおかしくなり始めると他人を責めて自分を正当化しようとすることって、どうも正常っぽいし自己防衛能力的なものだと思っていて。もちろんぼくは脳科学や精神科のプロフェッショナルドクターではないので感覚のお話なんだけれど。
その自己防衛能力がどんどん高まっていって「この世界はおかしい。そんな世界を変えてやろう」という志が生まれておかしな新興宗教を創設したり、入信したりするんじゃないかっていうのがぼくの妄想的考えだ。
平成の世を震撼させたオウム真理教の教祖や幹部連中、特に幹部たちは高学歴な人たちだった。子供の頃から勉強ができていい大学に入ったものの、大人になるにつれて社会の不条理や人間関係のめんどくささにヘキヘキして入信してしまったんじゃないかと想像している。
と発言しているけど、ぼくはオウム真理教について書かれている文献や考察を一度も読んだことが無いのであくまでも想像、妄想の話だ。「ちげーし!アホちゃうか?これ読めや!」と言われても構わないんだけど、そこまで興味がないのが本音です。
でもいまだに元々支部があった場所、某幹部が報道陣の前で刺されてしまった場所を通ることがあって、必ずあの場面を思い出します。子供ながらにあの映像は衝撃的だったんだよなぁ。
人の悩みのほとんどは人間関係が大きく絡んでいるっぽくて、多くの人たちもそう言っている。そんな人間関係から逃げたくて、逃げた先に”孤独”があると深みにハマって抜け出せない底なし沼に引きずり込まれちゃうんだと思うんだけど。
それを助けられるのも、不思議なもので人間関係なんですよね。誰かの言葉や歌、文章に救われて足かせになっていた泥沼のヌメヌメから解放されていくんです。これってある意味自治能力かもしれないんだけど。
自分が勝手にその人の言葉などに勇気をもらって勝手に癒されていく。その相手があなたを助けよう!なんて思っていなくてもです。だから人間って不思議だし素敵だしやめらんねぇ!と個人的には思っています。
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あとで凹むタイプの人間です
よく「人には2種類のタイプがいて」なんて言葉を使って何かを表現するじゃないですか。だからぼくもそれを使ってみようと思います。
他人が他人に迷惑を掛けているのにそれを咎める人か、咎めようとしない人かの2種類に分けられると考えています。
例えば横断歩道のない道を車がバンバン走っているのに渡ろうとしている人がいるとします。あなたはそこを通りかかった車のドライバーです。
さて、あなたならどうしますか?
ぼくならただ避けるだけです。え?期待通りの答えじゃないって?ぼくもそう思います。書いていて「は?ちゃうやろ!絶対にどやすでしょ!」と思ってます。でも質問には「車のドライバー」と書きました。
だからスルーします。全力でその人を轢かない運転能力を発揮して全力で回避します。もしそれがバイクや自転車、歩行者だったら話は変わってくるんです。
ぼくは普段からバイクによく乗るんですけど、車道を渡ろうとする人ってかなりの数いるんです。ぼくだって渡ります。渡りたい道路って横断歩道が遠いからみんな楽したいんです。そりゃそうだよね。
でも、渡る側の人だったら無茶苦茶注意を払って渡っています。車が完全にいなくなった状態を待って渡る。これって至極真っ当だし、ぼくはもうちょっと生きていたいので絶対にそうしています。
でも時々そうじゃない側の人がいて。ノールックで渡ろうとする人がいるんです。それも結構いる。
当たり屋ですかと!天に召されたいのかと!
ここまで書いてて二日間放置してました(そんな裏話知らんわ
もう、絶賛飽きちゃって書いていた内容もおぼろげな記憶しかないし、読み返したんですけど「はい?何言ってんのこいつ」となっているので、このまま行くと世に放たれず下書きに放置されるだけなので・・・
このまま公開しちゃいます。
なんというか、ぼくが何かやるときの衝動的行動って時には必要だし大切だなぁと思った早朝6時。
二度寝するか、働くか、の2択に迫られています。うーん、うーん・・・
今日は働こう、そうしよう!(軽さチャラさがにじみ出ている
こんな終わり方でいいのか!?いいんだよね?自分勝手エッセイなので。それではみなさん、よい1日を。
さまざまな人に出会うために旅をしようと思っています。 その活動をするために使わせていただきます。 出会った人とお話をして、noteで記事にしていきます。 どうぞよろしくお願いいたします!